きらきら星
御園学園を出てから、僕はしばらく散歩をした。帰るころには、近所の家々から明かりは消えていた。
僕の家もご多分に漏れず地球にやさしい状態になっていた。
お風呂できらきら星を唄い、歯を磨き、寝床につく。部屋が狭いせいか、河内さんと川の字で並ぶような状態になってしまう。
河内さんの規則のいい寝息が聞こえてくる。寝顔もどことなく上品で、死んでいるように動かない。
初めのころからは想像もできない無防備な姿だった。
「どこに行っていたのですか?」
「……起こしちゃった?」
河内さんへ再び視線を向けると、目が少しだけ開いていた。
「ええ、気味の悪い歌で起きてしまいましたわ」
「そこは今起きたところだよって言ってほしいんだけど」
「次からはそうしますわ」
河内さんの声はいつもよりも優しくて、幼かった。
「それでどこに行ってたのですか?」
「え? 答えないとダメ?」
「わたくしに言えない場所ですか?」
「なにその浮気を問い詰める奥さんみたいなセリフ」
「この前、お昼に見たドラマでそんな場面がありましたので」
絶対に昼ドラじゃん。お嬢様に悪影響与えてるよ。
「まあ、言いたくないなら良いですよ」
「良いの?」
御園学園に行っていたことは、あまり言いたくなかった。
「あなたがそういう人間だということは、この数日でわかりましたから」
それからしばらく無言の時間が続いた。音が介在しない空間だった。でも、気まずさはなかった。この
無言の時間も悪くないと思えるようになっていた。
「色々ありましたわね」
河内さんのその呟きは、言葉以上の意味が込められているように感じた。
「色々あったね」
初めのころの河内さんは、警戒心の塊だった。何をするにしても警戒心がセットで、僕の言葉も無視をするのがデフォルトだった。それが緩和されたのは……いつだっただろうか。たぶん特別なきっかけはないのだろう。一緒にご飯を食べたり、寝たり、買い物に行ったり、ゲームセンターに行ったり、テレビを見て笑いあったり、くだらない話をしたり、そんななんて事のない日常を重ねた末の今なのだろう。
「あなたは、わたくしに嘘ばかり教えてましたね」
「……そうだっけ?」
「そうですわよ。ご飯を残すと勿体ないお化けが出るとか、更衣室に入ると誘拐されるとか、ひどい嘘ばかりでしたわ」
確かにひどい嘘だ。昔の僕は嘘つきだったんだな。まあ、今もだけど。
「でも、悪くなかったです」
「悪くなかったの?」
「わたくしの家は特殊でしてね。普通の学生が経験するような当たり前を疎かにしてきましたわ。ですが、ここ数日それを体験させてもらいました。そしてそれはきっとあなた以外では駄目だったんだと思います。軽薄で嘘つきで不気味でデリカシーがなくて、そんなあなただからこそ、わたくしは心から楽しめたんです」
河内さんと視線が合う。瞳には僕が映っていた。どこまでも綺麗な僕だった。
「だからありがとうございます」
「……もっと感謝していいよ」
「照れてるんですか?」
照れてないよ。僕はそう言って、河内さんの反対側へ体を向ける。河内さんはクスりと笑った。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
誰かにお休みを告げて寝るのも悪くないと思った。