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二重の密室

 事件の第一発見者。それは僕が探していた人物だった。だが、すぐに話を聞けるわけではなかった。二人は陸上部に所属しており、部活動中だったのだ。だから部活動が終わった後に再び待ち合わせることで話は進んでいたのだが、そこで僕はもう一つ頼みごとをすることにした。

 

 美術室に僕を入れてほしい。そう頼んだのだ。もう一度いろいろと話を聞いた後に見てみたいと思ったのだ。


 当然二人はあまり良い顔をしなかった。部外者を校舎内に入れるだけでも校則違反なのに、事件現場まで案内するのは法律的な問題があるからだ。ただ僕もそこは引けないところだった。何とか頼み込んで、土下座をして靴をなめようとしたところ、あちら側から案内させてほしいと言われてしまった。きっと僕の誠意が伝わったのだろう。

 

 その結果が、今現在の僕の姿だった。

 ジャンパースカートに長袖のシャツ。御園学園の制服を着ているが、絶望的に似合っていないのだ。なんだか妙齢の女性が幼稚園児の格好をしているような違和感や気味の悪さと同種のものを覚えてしまう。

 クレープ少女だけではなくマシュマロ少女までもが頬を引きつらせていたと言えば、似合わなさ具合が伝わるだろう。

 

 まあ、おかげで簡単に校舎内に入れたから良しとしよう。


「そういえば、あなたは事件に関してどの程度知ってるのよ?」

 

 美術室のある三階へ向かう階段の途中で、クレープ少女が訊いてきた。


「大まかな概要程度は知ってるよ。事件が起きたのが美術室であることや、容疑者と被害者が同級生だったこととか」

「本当に知ってるのね」

 

 どうやら疑われていたようだ。


「でも、その情報には一つ間違いがあるわ」

「間違い?」

「あいつは容疑者ではなくて、犯人よ」

 

 あいつとは、河内さんのことだろう。名前すら口にしたくないという強い意志を感じる。


「それは事件現場が密室だったから?」

「……そこまで知ってるのね」

 

 本人に聞いたとは、当然言わなかった。


「それももちろんあるわ。でも、それだけじゃないのよ。私たちは、あの日あいつしか見ていないのよ」

 

 クレープ少女とマシュマロ少女が立ち止まった。場所は美術室の前だった。だけど、二人の視線は美術室に向いてなかった。その手前にある二年一組の教室へと向いている。


「事件当日、私たちはこの教室にいたわ」

 

 そう言って、クレープ少女は二年一組の教室のドアを開けて、中へ入っていった。遅れて僕とマシュマロ少女も教室内へ入る。


 普通の教室だった。特段変わったところは見当たらない。椅子があって机があって、教卓があって黒板がある。教室という概念はどこの学校も同じなのだろう。


「課題を終わらせるために放課後残っていたのよ」

「課題を写させてほしいと頼まれたんです」

 

 マシュマロ少女が補足するように言った。ただクレープ少女は隠したかった話のようで、顔を赤くしながらマシュマロ少女のおでこを軽く小突いた。なんともほほえましい光景だった。


 クレープ少女は恥ずかしそうに咳払いをした後に話を始めた。


「課題を始めた直後だったかしら。美術室へ入っていく二人を見たのよ」


 二人とは、河内さんと近衛さんのことだろう。


「その時は、よくあることだったから特に何も思わなかったわ。放課後にあの二人が美術室にいることは珍しいことじゃなかったのだから」


 クレープ少女が少しだけ間を開けて、声を低くして話を続けた。


「当然帰りも二人はいつも一緒だったわ。……でも、あの日は違った。美術室から出てきたのはあいつだけだった。しかもどこか様子がおかしく見えたわ。それで不審に思って教室を出たら、血だらけのあいつがうつろな目で歩いているのを見たのよ」


 クレープ少女の顔色は、少しだけ青ざめていた。マシュマロ少女も眉頭に力がこもっていた。

 無理もない。聞くだけでも恐ろしい光景なのだから。それを直接目にした人間からすればトラウマにもなる。


「それだけで、どうして犯人だって断定できるの?」


 行きは二人だったのに帰りは一人。しかも残った一人は、密室で殺されていた。確かにおかしい。でも、それだけで犯人だと断定するにはおかしさが足りない。


「美術室へ出入りするには、必ずこの教室を横切る必要があるわ。だけど、あの日あの時、私が見たのは二人だけだった。あの二人以外に美術室へは出入りした人間はいないのよ」

 

 つまりは……えっと、なんだ。美術室に出入りするには、二年一組の教室を通らなければいけないわけで、事件当日は教室にクレープ少女たちがいたわけで、クレープ少女たちは河内さんと近衛さん以外に美術室へ出入りする人間を見ていないわけだ。


 なるほど、なるほど。うん。とても面倒だ。よし、一旦現実から目をそらそう。


「見てなかったってこともあるんじゃない? ほら、教室のドアって上半分がすりガラスになってるでしょ? 屈みながら通ったりすれば見えないこともあるよ」

「私たちがこの教室にいる間、ドアは全開だったわ。過去に教室を不適切に使った生徒がいて、そういう決まりになったのよ」


 つまり、クレープ少女たちに見つからないように美術室へ入ることは不可能というわけだ。とりあえずその不適切な使い方をした生徒には飛び蹴りをかましてやりたい。


「じゃあ、あれじゃない。美術室の出入り口は他にもあるんだよ」


 クレープ少女は何も答えなかった。マシュマロ少女は首をかしげている。そんな二人は顔を見合わせると頷きあって教室を出ると、美術室へ入っていった。僕も遅れてそのあとへ続いた。

 

 美術室には、夜中とは違う趣があった。なんというか日常感にあふれているのだ。夜中が雪だとするなら夕方は曇り。そんな安心感がある。ただ共通して美術室の様相は持ち合わせてはいない。やはり見回してみても、ここが美術室であるとは一目でわからない。注意深く見ることで、ようやく美術室の片鱗が目に映るのだ。


「これでわかるでしょ?」


 クレープ少女が腕を組みながら言った。


「わからないよ。僕には何もわからない。いつだって僕は、わからないんだ」

「なんでそんな卑屈なのよ。そうじゃなくて、さっきあなたが言ったことよ。見ての通り美術室に出入り口は一つしかないわ。他から出入りはできないのよ」


 確かに美術室には僕らが入り口のドア以外に出入りできそうな場所はなかった。窓はいくつかあるが、人間が出入りできるほどの大きさはない。隠し扉なんてミステリー世界の物もなさそうだ。完全なる密室ということだ。


「言っておくけど、私たちは本当に見逃してないわよ」


 そのクレープ少女の言葉を補足するようにマシュマロ少女は続けて言った。


「あの方が美術室から出てきてからも、私たちは一度も美術室から目を離していません。先生を呼びに行く間はもちろん、ドアを壊す時も、警察が到着するまでも一度たりとも目を離していませんよ」

「なるほど」


 なるほどね。なるほど。いや、どうしたものか。


「何か気になったこととかない?」


 僕は渋い顔を作り訊いた。


「トイレなら美術室を出て廊下の突き当りを曲がるとあるわよ」

「……良いよ。ここでするから」

「トイレでしなさいよ」

「……冗談に決まってるじゃん」

「あなたが言うと、冗談に聞こえないのよ」

「で、気になったことはないの? それこそ変な声とか聞こえてきたとか」

「声? そんなの聞こえないわよ。第一美術室は防音がしっかりしてるから音なんて聞こえないわ」

「そういえば、裂けていましたね」


 マシュマロ少女が思い出したように言った。


「裂けていた?」

「はい。お腹が裂けていました」

「……あなた死体を見たの?」


 クレープ少女が驚いたように聞いた。


「警察の方が捜査? をしているときに、ちらっと見えましたよ」

「よく死体なんて見られるわね」

「死体は見たことがありませんでしたので」


 二人の会話そっちのけで、僕は顎に手を当てて、とりあえず美術室を歩く。とは言っても美術室はさほど広くないため、すぐに一周してしまう。結局僕が足を止めたのはキャンバスの前だった。昨日は暗くてよく見えなかったが、かなり芸術的な絵だった。黒髪で、どことなく影のある少女の後ろ姿を描いた絵だった。


「そういえばさ、二人は河内さんたちとは仲が良かったの?」

「最初は席が近かったので、喋ったりはしてました」


 マシュマロ少女の言葉を今度はクレープ少女が補足した。


「ほら、入学式の直後とか新学年の時とかって、席が名前順でしょ。だから私たちはいつも席が前後だったのよ。でも、御園学園では、あの二人が私たちの間に挟まっていた。それで自然と最初のほうは話す機会が多かったのよ」


 マシュマロ少女が頷く。


「尤もすぐに話さなくなったけど。あの二人の間には、他を拒むような空気があったから」

「え? クレープ少女じゃないの?」


 僕は驚いたように振り返る。


「は? クレープ少女? 誰よそれ?」

「クレープが好きそうだから」


 僕はそう言ってクレープ少女を見る。クレープ少女はうへっと顔をゆがめる。


「あんな甘ったるいもの好きなわけないでしょ。想像しただけで胸焼けしそうだわ」

「ひどい。よくも裏切ってくれたね。もう絶交だ」

「……絶交するほどの交際をした覚えはないのだけど」

「私はどんなあだ名をつけてくれてたんですか?」


 マシュマロ少女がどこか期待するようなまなざしを向けてくる。


「マシュマロが好きそうだから、マシュマロ少女」

「マシュマロ少女ですか?」


 マシュマロ少女は飴の味を堪能するように言葉を口の中で転がし、嬉しそうに破顔した。


「はい。私はマシュマロ少女です」

「違うでしょ。あなたは川津愛かわつあい。ちゃんとした名前があるじゃない」


 川津愛。全然マシュマロとは無縁な名前だった。がっかりだ。


「ちなみに私は川田真昼かわたまひるよ」

「へー」

「少しは興味持ちなさいよ」

「人の名前なんて所詮文字の羅列だからね。意味なんてないよ」

「深そうで深くない言葉ね」


 言葉なんてただの言葉なんだ。やれば誰だってできるからね。


「で、あなたの名前は?」

「名乗るほどの者じゃないよ」

「名乗りなさいよ。それとも意外と可愛らしい名前だったりするんじゃないの?」


 どこか揶揄うような笑みをクレープ少女改め川田さんは浮かべる。


「メス」

「……それは性別よ」

「じゃあ、メス豚で。出来れば乱暴に激しく呼んでくれると嬉しいな」

「ただのドMじゃない」

「ドMとはなんですか?」


 マシュマロ少女改め川津さんが首をかしげる。


「あなたは知らなくていい言葉よ」


 さて、おふざけもほどほどにそろそろ現実というやつに向き合いますかな。

 美術室へ向かうには、必ず二年一組の教室前を通る必要がある。そして事件当日は二年一組の教室に川田さんたちがいた。二年一組の教室からは廊下が丸見えで、誰かが美術室へ出入りすれば必ず気づける。事件当日に美術室へ入っていったのは河内さんと近衛さんの二人だけ。しかし美術室から出てきたのは、血だらけの河内さんだけだった。

 つまりは、ある種の密室ということになるわけだ。それも人の目による密室。


「無理です」


 ドアによる密室に加えて、人の目による密室。二重の密室なんて、僕には荷が重そうだ。


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