人類みなきょうだい
翌日、僕は放課後になるとともにバスに乗った。見慣れた景色が次第に色あせていった。車窓から潰れかけの商店街の淡い光が入り込み、車室が暗澹とし始めたころにバスは目的地を告げた。
バスを降りる。森の中にあるようなバス停だった。
それから五分ほど舗装された道を登ると、景色は一変した。森の中に真っ白な城が現れた。その周囲には、教会や寮、講堂などの建物が点在していた。
昨日は夜だったため、わからなかったが、こうしていざ目の前にすると趣のある建物だった。所々色あせたり蔦が絡まったりしているが、それも歴史の一部だと思えてしまう魅力があった。
昨日同様に校門前には警備員が駐在していた。敷地周りにも鉄製の金網が敷かれている徹底ぶりだ。
敷地周りを散策する。代り映えのない景色が続いた。しばらくすると人の声が聞こえてきた。楽しさの中に品を感じさせる声だった。その声に導かれるように歩くと、グラウンドが見えてきた。グラウンドではうら若き乙女たちが元気溌剌に走っていた。素晴らしい光景だ。
うん。やっぱり若者はこうでないといけないな。
そんな風にウザいOBのようにしたり顔で見ていると、一人の女生徒と目が合った。女生徒は、不思議そうに首をかしげていた。僕もそれに倣い頭を殴打されたように首を傾げた。
「……」
客観的に見て、今の僕はやばかった。完全に変質者なのだ。女子高生を観察する女子高生。文字にすれば普通だが、僕が女子高生である事実を知らない第三者からすれば、ただの変質者にしか映らないだろう。しかもその女子高生は、おそらく金持ち。ただでさえ不気味がられる僕なのだから、誘拐犯と思われる危険もある。
逃げよう。早々に退散を決めたが、どうやら遅かったようだ。なぜだか女生徒はこちらへ向かって歩いてくる。まるでランウェイでも歩くかのように背筋をピンと伸ばして。
距離は徐々に縮まり、女生徒は僕の目の前で立ち止まった。柔らかな雰囲気を食べたような女生徒だった。きっとマシュマロが好きに違いない。
「変質者さんでしょうか?」
いきなりなご挨拶だった。
「違います。僕は無罪です。家族がいるんです。許してください」
女生徒ことマシュマロ少女は首をかしげる。
やりづらい。河内さんもそうだが、どうにもお嬢様というのは、綺麗すぎるのだ。こちらの冗談さえも、真剣に受け取られてしまう。これなら殴ってくれたほうがましだ。いや、むしろ殴ってほしいぐらいだ。
「なんでもない。女子高生が変質者なわけがないだろ」
「……女子高生なのですか?」
「そうだよ。女子高生の中の女子高生。略して女生だよ」
「なるほど。確かに女子高生が変質者なわけがないですね」
何この子。純粋すぎてお姉さん心配になってきちゃう。心配だから全財産預けてくれないかな。
「何してるのよ」
別の女生徒が現れた。こちらはツンツンとした雰囲気を放っていた。きっとクレープが好きに違いない。
「女生さんです」
マシュマロ少女は旧知の知人かのように僕を紹介する。そんな紹介では、当然納得いくわけがなく、クレープ少女は吊り上がった眼を細める。そして品定めするかのように、僕を見てから、呆れたように息を吐いた。
「……こんな胡散臭い不審者と話しちゃだめでしょ」
ひどい言われようだ。まあ、間違ってないけど。
「……不審者なのですか?」
「私日本人。不審者じゃないよ。良い人ね」
「女生さんはそう言っていますが?」
マシュマロ少女の穢れを知らないような言葉に、クレープ少女は頭痛をこらえるように頭を抱えた。
「あんたね……どこからどうみても怪しいでしょ。見てみなさいこいつの目。濁りに濁ってるでしょ。魚が死んでから半年過ぎた目をしてるじゃない。どんな風に生きればそうなるのよ。絶対にかかわっちゃいけない人種よ」
それはもう腐ってる通り越して、土に返ってるんじゃないかな。
「確かに濁ってはいますけど、私は曇り空も好きですよ?」
「それは、あんたが世間知らずだからそう思うのよ。世間ではこういう目をしたやつとは、関わらないっていうのが常識なの。いい。わかったなら行くわよ」
そう言って、クレープ少女はマシュマロ少女の手を引いて去ろうとする。そんな二人を僕は呼び止める。
「聞きたいことがあるんだ」
「なによ。あんたも通報しないであげてるんだから、さっさとどっか行きなさいよ」
キッとクレープ少女が睨みつけ、一度止めた足を動かそうとする。
「河内さんについて聞きたいんだ」
「……河内?」
立ち止まって振り返ったクレープ少女は敵意で満ちていた。まるで親の仇のような視線で僕を睨みつけ、『河内』という単語そのものを嫌悪するかのような声色だった。マシュマロ少女も柔らかな雰囲気に少しだけ影が差しこんでいた。
「河内愛理さんについて聞きたいんだ」
何か言葉を発しなければいけないと感じた僕は、とっさに言い直した。
「……どうして知りたいのよ」
クレープ少女のまとう空気が少しだけ柔らかくなった。
「見てわかる通り、僕は河内さんの親戚でね。親から事件に関する詳しい情報を調べるように命令されたんだ。まったく。困ったものだよ」
「見てわかる通りって、全然似てないわよ。真逆じゃない」
マシュマロ少女も遠慮がちにうなずく。
「目の数とか鼻の数とか口の数とか、そっくりでしょ」
「それで似ている判定が出るなら、人類のほとんどがあんたの親戚になるわよ」
「まあ、人類みな兄弟っていうしね」
「そんな人類ならとっくに滅んでるわよ」
まったくもってひどい言われようだ。
「ということで、事件について話を聞きたいから、詳しい人を連れてきてくれない」
「勝手に話をまとめないでくれないかしら」
「お願いだよ」
僕は目をウルウルとさせながら上目遣いで懇願をする。可愛くおねだりをする小学生を意識したのだが、クレープ少女は『ひっ』と小さく悲鳴を漏らした。
「良いわよ。いいから、その気味の悪い笑みをやめて頂戴。夢に出てきそうで怖いのよ」
本当にひどい言われようだ。僕じゃなかったら泣いてるぞ。
「ただ連れてくる必要はないわよ」
いきなり梯子を外されたかと思ったが、違った。
「私たちが事件の第一発見者なのだから」