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エピローグ

 さて、このまま終わるのも味気ないので後日譚を語るとしよう。尤も謎らしい謎は残っていないし、事件に関する事柄は既に語り終えているので、今回は河内近衛という人物について語るとしよう。


 まず河内近衛さんだが、死んだ。自殺したそうだ。なんでも美術室で胸にナイフを一刺しして絶命していたそうだ。ひどい話だ。一体なぜそんなに命を粗末にできるのか。


 まあ、原因の一端は、いや切れ端ぐらいは僕にもあるのかもしれない。


 あの時。

 つまり僕が美術室を去る時だ。あの時に僕は二つの事を河内近衛さんに伝えた。

 一つは、犯罪者であることの意味だ。

 河内近衛さんは自らが犯罪者であることを自覚していた。

 でも、本当の意味では理解していなかったのだろう。

 だから僕は教えてあげたのだ。

 犯罪者になれば、未来永劫犯罪者として見られることを。

 犯罪者とは犯罪の有無ではなく、犯罪者だから罪を犯しているという目で見られるのだ。つまるところ犯罪を犯しているかどうかは関係ない。犯罪者と名付けられたその時点で、個人としての生は消え失せるのだ。


 そしてそれは河内近衛という人物には耐えられない事実だったのだろう。

 彼女曰く、河内愛理は河内近衛の生まれ変わりであり、河内近衛は河内愛理の生まれ変わり。だからこそ、どちらかが死んでも永遠であり、生まれ変わる。トンデモ理論だが、彼女はこの話を本当に信じていたのだ。

 でも、これがかなうことはないのだ。

 だって河内近衛は犯罪者なのだから。

 あの日、河内愛理を殺した瞬間に、河内近衛という個人も同時に死んだのだ。そして河内愛理は二度目の死を、それも永遠の死を与えられた。

 彼女はそれに気づき、本当の意味で犯罪者であることの意味を理解したのだろう。


 もう一つは、美術室の謎の声だ。


 まあ、こちらに関しては事実と断定できるほどの証拠はなく、あくまでも僕の推論だが。

 僕が河内近衛さんと初めて会ったとき、彼女は口元に異様なほどの血をつけていた。それこそザクロでも丸かじりしたかのようだった。当初は人を殺したときに、あるいはその現場に居合わせた時に何かしらの事情があって付いたのだろうと思った。

 

 だけど、事件をいくら調べても、そんな状況はないのだ。凶器もナイフで、背後からの一突きによって死に至った。口に大量の血痕が付着するはずがないのだ。


 そんな中で齎されたのが、死体の腹部が裂かれていたという情報だ。

腹部が裂かれていた。つまり余計な傷があったわけだ。だから僕は当初、安易にも腹部の傷が原因で口に血痕が付いたと思った。


 でも、それでは色々とおかしいのだ。腹部は殺害後に裂かれた。ならば、殺害とは別の意味があったということになる。そしてそれは腹部でなければならない理由があったということ。しかし、腹部でならない理由と口に血痕が付着していた理由が繋がらないのだ。

 仮に人肉を食したい、思い人を食べたいという倒錯した癖があったとしよう。でも、それもやはり腹部ではなければいけない理由にはならない。腹部を裂いたならば、腹部でなければならない理由は必ずあるはずなのだ。それも生きている間ではなく、死体でなければならない理由が。

 

 結局、僕は答えを見つけられなかった。腹部と口の血痕。その二つを結びつけるための糸が見つからなかったのだ。

 

 だからズルをした。二つでは足りないなら、三つ。探偵ならば一飛びで辿り着ける正解に、橋をかけてゆっくりと渡った。


 お腹が裂かれた死体。

 口に付着した大量の血痕。

 そして謎の泣き声。

 一見無関係に思える事柄だが、この三つをつなげると不思議とすっきりしたのだ。


 赤ん坊。

 それこそが答えだった。

 河内愛理さんは、身籠っていたのだ。恋人との子を。

 そしてそれを河内近衛さんは知ってしまった。

 それも殺害後に。

 河内愛理さんの死体から。


 えんえんえんえんえん。

 そんな風に泣き叫ぶ赤ん坊の声を。


 さて、河内近衛さんはどうしただろうか。

 考えるまでもない。

 殺したのだ。

 そして食べた。

 赤ん坊を口にほうばり、むしゃむしゃと平らげたのだ。

 だから河内近衛さんの口元には血がついていた。

 だから河内愛理さんの死体の腹部は裂かれていた。

 だから気配のない泣き声を聞いた。


 赤ん坊はお腹の中にいた。当然見つかるわけがないし、食べてしまったのだから美術室内にもいない。

ある意味で密室の完成ということになる。


 僕はそれを伝えたのだ。

 そして彼女は思い出した。

 ただそれだけのことだ。

 

 まあ、本当に食べたかどうかは推測の域しか出ないけど。

 どこかの地域では、子供を食べるとその魂が宿るという伝聞があるそうだ。

 彼女もそれにあやかったのかもしれない。

 河内愛理の子供を食べて、その魂を宿し立ったのかもしれない。

 

 ただそれは三度目の殺人であった。

 彼女は唯一、河内愛理の魂を宿している人間をまたしても殺したわけだ。

 愛する人を三度殺す。

 それを理解した時に、彼女はどんな気持ちだっただろうか。

 いや、もしかしたらただ子供が嫌いで殺したのかもしれない。

 あるいは泣き声が嫌だったのか、醜かったのか。

 

 自問自答を繰り広げながら、僕は自室に視線を向けた。

 見慣れた光景だ。

 室内には、河内近衛さんの痕跡がなかった。

 河内愛理さんの痕跡もない。

 だとするなら、一体彼女は誰だったのだろうか。

 僕は誰と過ごしたのだろうか。

 河内近衛さんでもなければ、河内愛理さんでもない。

 殺人鬼。その名前がぴったりなのだろう。

 でも、僕はここで過ごしていた間、彼女を河内愛理としてみていた。

 この空間にいる間だけは、彼女は河内愛理として扱っていたのだ。

 そうなると彼女は、殺人鬼ではなかったことになる。

 しかしそれはありえない。

 殺人鬼はどんな言葉よりも強いのだから。

 それなら……過ごした。ではなく、飼っていた。

 僕は殺人鬼を飼っていたのだ。

 犬や猫に名前を付けるように、僕は殺人鬼に河内愛理と名付けていたのだ。

 うん。しっくりとくる。

 これなら河内近衛さんののどに詰まっていた、赤ん坊の骨もとれたことだろう。

 

 僕はすがすがしい気分に身を任せるように両手を合わせる。


「いただきます」

 

 やっぱりご飯は一人に限るな。


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