86話 首飾りの古代文字
エミリーから、ミレアが首飾りの文字を解読したとの連絡があった。
その首飾りは、以前エルフの里の森で滝の裏の水蛇からドロップしたユニークアイテム――「トゥーマ・レム・ミルア」のことだ。
あのニバラスとの戦いの満月の夜に、俺がその首飾りに見たものは、月の巫女の魂が封じ込められているとの鑑定結果だった。
俺はリンとモフを伴い早速、エミリーたちが滞在している領主邸へ飛ぶ。
領主邸のメイドさんに案内され、エミリーたちのいる居間へ入る。居間にはエミリーの他にいつものメンバーが全員そろっていた。
「あ、トール。来てくれたのね」
「トールにゃ~。相変わらず転移で来ると早いにゃ~」
「あ、トールとリン! それにモフまで!」
ミレアはモフを膝の上に乗せ、戯れ始める。(にゃ~ん♪)
「皆も来てたのか。それで、エミリー、首飾りの文字の意味が分かったんだって?」
「そうなの。ミレアはすでにエルフの神代文字を理解しているわ。まあ少し翻訳にたどたどしいところがあるけれど」
「で、どういう意味のことが……?」
「ミレアから聞いた内容を私なりに解釈して話すわ」
エミリーは少し考えて言う。
「内容はシンプルよ。『縁ある者たち、この首飾りに魔力を込めて』よ」
エミリーは首飾りを俺に見せながら言う。
「それでね、ミレアと私で魔力を込めてみたの。そうすると、首飾りの縁の文字のあたりが少し光って色が変わったの」
俺は、その首飾りを見る。確かに以前見たときよりも色が鮮やかに変化しているように感じた。
「トールも試しに魔力を込めて見て。あ、リンちゃんにもお願いしていいかしら」
「うん、いいよ。エミリーさん」
リンが首飾りに魔力を込める。すると更に輝きが増し明るい金色に変化する。
俺も魔力を込めてみる。
「あっ!」
「おお!」
「――なっ!」
一瞬、首飾りが眩しく光る。
そして、その後に見たものは――形状が変化した文字だった。よく見ると新たな古代文字――神代文字らしきものが再び表示されている。
「ミレア! この文字の意味が分かる?」
エミリーに話しかけられて、モフを抱えながら首飾りの文字をじっと見つめるミレア。
「えっとね……。世界樹の…泉? に私を連れて行って……と書かれているよ」
エミリーとミーア、イナリが驚いた表情をする。
「世界樹の泉! ……困ったわね……」
エミリーが思案顔で言う。
「エミリー。その "世界樹の泉" って、世界樹の近くとかにあるんじゃないのか?」
「トール、ちょっと難しい話になるけどいいかしら……。 "世界樹の泉" というのは、世界樹の大元の命のことなの。私たちがエルフの里で目にした世界樹は、現象世界に現れたものであって、その本体はもっと根源的な存在なの……」
エミリーの話によると、どうやらその"世界樹の泉"というのは、世界樹の本体で、我々の現象世界では捉えられない存在で、この世界の時空を超えた場所にあるとのことだった。そして、世界樹の泉にたどり着くためには、その場所に入るための空間の "扉" のようなものがあり、そこをくぐる必要があるらしい。ただし、その扉のある場所は、古来より隠され続けていて、一切不明とのことだった。
エミリーは話す。
「世界樹の泉は、元々エルフの古代文献に登場する伝説なのだけれどね。世界樹の泉へ行くための扉が、どこにあるのかまでは記されていないの。ただ、私が以前、図書館のブックさんに聞いた話では、神代の時代に、魔王を退けた勇者と、聖女のみが知っているらしいのよ……」
「なるほど……。エミリー、ちなみに聖女というのはエルフの秘儀を継承する女性のことなのか?」
「うーん、私が聞いた話では、秘儀で勇者を生き返らせたエルフとは別の女性らしいのよ。確か、世界樹を育て見守る女性だったと思うわ」
なるほど。俺は考える。
もしエミリーの言う伝説が本当のことなら、今現在、ダリアさんのお腹の中にいる双子が知っているということになる。気の遠くなるほどの大昔――神代から転生を繰り返し、奇跡的に今俺たちの知人であるダリアさんの子供として現代に誕生しつつある命――。その双子の子供に、未だその記憶が残っているのだろうか? 不思議な感覚だ。
まあ、ニバラスが言ったことが真実ならという条件付きではあるが……。
エミリーもそのことを分かっているようだ。
「それはそうと、私たちが王都で活動しているときに、いろいろな噂を聞いたわ。その世界樹の泉への扉が王都の近くに存在すると……。まあ、あくまでも噂で、根拠はないようだけれどね」
「にゃ~、トール。ミーアも王都の酒場で冒険者たちが噂をしてるのを聞いたにゃ~。みんな世界樹の泉探しをしてるみたいだったにゃ~」
「わらわも、聞いたのじゃ~。世界樹の泉に行けば、どんな万病や怪我にも効く最高の水が得られるらしいのじゃ~」
「トール、この噂が広まってから、一攫千金を狙う冒険者たちが王都に集まって、冒険者ギルドも大変だったみたいなの。荒くれものの冒険者たちも増えて、私たちも絡まれることもあって、結局ここフォレスタに活動場所を変えることにしたのよ」
「そうなのにゃ~! あのガラの悪い冒険者たちに、ミーアのしっぽを触られたのにゃあ~! ゆるさないのにゃ~!」
「わらわも尾っぽを触られたのじゃ~! 今度会ったら火だるまにしてくれるのじゃ~!」
エミリーが苦笑しながら言う。
「まあ、今の私たちはかなり強くなったので、絡まれても撃退することは簡単ね……。それで話を戻すと、その世界樹の泉への扉の場所がどこにあるか、という噂のことだけれど、いろいろな噂が飛び交ってるの。例えば、王家の城の秘密の部屋に隠されているとか、王家の古代の墓のどこかにあるとか、王都内のA級ダンジョンの中にあるとか、まあいろいろね。流言飛語といっていいのかしら、根拠は無さそうだけれど……」
エミリーは引き続き話す。
「ただ、王都内のA級ダンジョン。このダンジョンは古代からあるダンジョンで、冒険者ギルドが設立されてから、未だ踏破されていないのよ。最下層が何階層かも分からない。もしかすると、古の強い冒険者たちが、すでに踏破している可能性もあるけれど、王都の古い記録には残されていないようなの。実は私たちも、当時少し興味を引かれたので、王都の公立図書館に行って調べてみたのだけれど、やはりA級ダンジョンの下階層についての記述は一切無かったわ。まあ、共用図書館なので、本当の記録は禁書扱いにされて、表には決して出ない可能性もあるけれどね」
なるほど、王都のA級ダンジョンは、古代の時代はともかく、少なくとも現代の歴史時代ではまだ未踏なのか。俺はなんだかワクワクしてくる。冒険心をそそられる。
エミリーは続けて話す。
「だから、もしも王都周辺に扉の場所があるのなら、A級ダンジョンの下階層もしくは最下層にある可能性が比較的高いと思うの。エルフの図書館での知識によると、魔王や魔族たちは、古来よりその世界樹の本体である泉を狙っているの。それゆえに、古の勇者と聖女は決してその在り処を知られないよう、扉の場所を隠しそこに結界を張ったとも言われているわ。これもブックさんの受け売りだけれどね……。未踏破のダンジョン内――扉を隠す場所としては、あり得るのかもしれないわね」
なるほど、確かに世界樹の本体を攻撃されたら、この世界に闇が訪れることだろう。ニバラスの最後の言葉が脳裏に浮かぶ。
ニバラスは古の勇者と聖女を死霊に変えようとした。死霊になってしまえば、その後、魔王や魔族たちによって囚われ、在処を吐かせるつもりだったのだろうか。いろいろな考えが浮かぶ。
ともかく、まだ見ぬ王都のA級ダンジョンを踏破してみたい気持ちが高まって来る。
先日、男爵から聞いたが、王都の方も魔物に襲撃されたらしいが、魔物も撃退され、今は比較的安全になっているとのことだ。
「皆、王都に行ってみないか?」
俺は皆に呼びかける。
「そうね、今の私たちなら王都に行っても大丈夫だわ。それにここのB級ダンジョンではもうレベルは上がりそうにないし。A級ダンジョンに挑戦するのもいいわね」
「にゃ~! トール、A級ダンジョンに行きたいにゃ~! それにあの意地悪な冒険者たちに会ったらボコボコにしてやるにゃ~!」
「わらわもじゃ~! もっと強くなるのじゃ~」
「お兄ちゃん、私も王都に行ってみたい!」
「ミレアも!」
「私もですぅ~。A級ダンジョンで新種の糸を探すの、です!」
「ふむ、私もなんだか腕が鳴って来たぞっ!」
皆の頼もしい返事が返って来た。