85話 日常の日々
あの満月の夜から10日ほど経った。
俺たちは魔物たちから街を守り、それを指揮した高位魔族、死霊術師のニバラスとの戦いに勝利し、今では、ほぼ日常を取り戻した。
領都に避難してきたフォレスタの領民たちも、男爵の多大な支援によって徐々にそれぞれの村に帰り、荒らされた村の復興が順調に進んでいる。
魔物の大軍を倒して得た大量のドロップアイテムや魔石が街を潤したのだ。
俺たちのパーティーが領都の各所で倒した魔物からドロップしたユニークアイテムの一部が、街中に流れ、一時男爵の頭を悩ましたが、もう手遅れだった。
シャンテやリン、モフが、ドロップしたユニークアイテムをその都度回収していたようだが、漏れはいくらでもあった。
あとは拾った人の良心に任せるしかないと、俺と男爵たちは諦めたのだった。
一応、男爵が、商業ギルドや騎士団、冒険者ギルドに働きかけて、あまり他の領内に広めないよう要請した。あまりこのことが知れ渡ると、他の領主や王家などからいらぬ軋轢がかかるかもしれない恐れがあったからだ。それほど、ユニークアイテムは特殊で希少な物なのだ。
特に俺たちが倒したフェンリルの大軍から落としたユニークアイテム「フェンリルのマント」や、ダークラビットからドロップした「ダークソード」(新しいユニーク剣)などのユニークアイテムが少なからず、街中に流通し、群青色のマントと黒い剣の冒険者を街で見かけることが多くなった。
~~~鑑定~~~
ダークソード(ユニーク武器:剣)
・攻撃力(AR)14
・装備時、全能力値+8
・攻撃時、追加闇攻撃(中)
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また、キラーゴブリンからのユニークアイテムなどもあった。シャンテやモフたちがある程度回収していたので、俺たちの分は余裕で確保できているが、こちらも拾った冒険者たちなどがそのまま使用してたり、売ったりして市場に流れているようだ。
~~~鑑定~~~
黒光のショルダーガード(ユニーク防具:肩)
・防御力(DR)8
・装備時、体力+10、筋力+10、敏捷+10
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こちらのショルダーガードは以前のC級のゴブリンのものと比べると、かなり性能がいいので有難いことだ。
ちなみにこれらの「女神のユニークアイテム」は、しっかりとシャンテやモフたちが回収してくれていた。まあ、俺しか装備出来ないので、仮に市場に流れたとしても無用の長物になるだろう。
こうして、少なからずユニークアイテムが街中に流れた訳だが、まあ、しかし悪いことではないと思う。
街の冒険者たちや騎士団員たちは今回、一致団結して戦ったのだ。彼らのこの街への想いは強い。きっと、出回ったユニークアイテムを、この街の発展のために使ってくれることだろう。そして、ダンジョン攻略もはかどり、彼らの得るダンジョン資源が、これからも街を潤してくれることを期待したい。
まあ一つ忌々しき問題があったのだが……。あの、オークのユニークアイテムが幾分か、街に流通してしまったのだ。しかもハイオークのユニークアイテムまで……。あの "禁断の魔薬" の上位版だったとは……。恐ろしい……。
はあ、頭が痛くなるな。まあ、この件はあまり考えないようにしよう。俺は現実逃避する。
さて、ニバラスが死に際に言った言葉や、天から聞こえて来た声など、いろいろと気になることもあるが、今はあまり考えたくない気分だ。
リンがミレアの秘儀により、生き返り、無事こうして今まで通り楽しく生活できているのだ。リンが生きていさえすれば俺は幸せなのだ。
リンは今日も元気だ。
あの忌まわしき死霊魔法の記憶も、世界樹の加護によって完全に取り払われたかのように、すっきりとした顔をしている。
2週間に渡る、街の攻防の準備と戦いのあとで、俺はこうしてささやかな日常の日々が再び戻ってきたことに満足していた。
俺は、自宅の庭で暖かい太陽を浴びながら、庭の植物のお世話をしているリンを見ながら自然と頬が緩む。
「お兄ちゃん、すごいよ! 見てこれ!」
リンが楽しそうに話しかけてくる。
「おおー、すごいな。もうこんなに育ったのかー」
以前リンが植えていた、世界樹の実から出て来た種が、小さな苗木くらいの大きさに育っていた。
まだ木と呼べるほど大きくはないが、瑞々しくその葉はキラキラと輝いている。
「……ん? あれ?」
リンが不思議そうにつぶやく。そして、自分のステータスを開き始めているようだ。
「――あっ! ……こ、これは! お、お兄ちゃん! これ見て!」
リンが自分のステータスを見せてくる。どれどれ……。
――――――――――
リン Lv350
・スキル:――(略)
・生産性スキル:――(略)
・ユニークスキル:女神の栽培 Lv1
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「おおお!! ユニークスキルが生えてる!」
かつてエルフの里で洗礼を受けた時に、リンは複数の初期スキルが与えられた。その時にステータスに表記があるものの、「???」となってて、見えないスキルがあったのを覚えている。
その見えないスキルがついに見えてきた。つまり習得したのだった。
――ユニークスキル:女神の栽培
どういう効果があるのか分からないが、なんとなくリンらしいスキルだと思う。
たしかあの満月の日、ミレアも隠されたスキルが見え、それがユニークスキルだと分かったときと同様に、リンもついにその隠されたスキルが開花したのだ。
俺は思う。やはり見えなかったスキルはユニークスキルだったのか。
俺のユニークスキルは、女神のドロップ。
ミレアのユニークスキルは、女神の大樹。
リンのユニークスキルは、女神の栽培。
こうして見ると、ユニークスキルとは、女神の加護のことのように思えてくる。まあ、相変わらずネーミングセンスがそのまんまだけどな……。
「リン、SPでスキルレベルを上げられるか?」
「ん…ちょっと待ってて…………あ、あれ? SPは使えないみたい……」
なるほど、リンのユニークスキルは、SPが使えないのか。ということは、生産性スキルのようにスキルを使用することにより熟練度を得てレベルが上がる性質のものなのかもしれない。
「えいっ!」
リンの手のひらからキラキラと輝く緑色の霧のような奇麗な水が出てきて、苗木にやさしく降り注ぐ。どうやらリンはそのユニークスキルを使ったようだ。
特に苗木に大きな変化はないようだが、ほんの少しだけ苗木が喜んだ気がした。
◇
リンと昼食を終え一休みした後、俺とリンは、パン屋のダリアさんの家に転移する。ここ最近、日課になっているのだ。
後で本人から聞いたところ、やはり、ダリアさんは妊娠していたのだった。そしてどうやら双子を身ごもっているとのことだ。
あの日、ニバラスが言ったことが本当なら、ダリアさんは、古の勇者と聖女を体内に宿していることになる。
そもそも、古の勇者と聖女が何を意味するものか、わかりかねる部分もあったが、とんでもなく重要な存在だということは何となく分かる。この件は、いずれエルフの長老や図書館のブックさんあたりに詳しく聞いてみるつもりだ。
そのことが分かってから、ポゴタさんを含めダリアさんと相談し、男爵家ではメイドのメイラさんと幾人かの騎士をダリアさんの護衛につけた。
もちろん本人の生活を配慮して、パン屋の建物の近くにクランハウスを建て、そこでそっと見守ることになっている。
俺とリンもパンを買うついでと言ってはなんだが、定期的に異変等はないか様子を見に行くのだった。
「あら、リンちゃんとトールさん、いらっしゃい。いつもありがとうね」
ダリアさんの元気な声と笑顔が眩しい。
「ダリアさんもお元気そうでよかったよ。いつものミートサンドと、それと今日はこのフルーツサンドもお願いね!」
ダリアさんと話をするリン。
ダリアさんはあの夜、一時的にショックを受けていたようだったが、今ではもうすっかり元気になっている。これから生まれるであろう子供たちへの期待と喜びに満ちている。
ポゴタさんも、なんだが少し恥ずかしそうに頭を掻きながらカウンターから出て来る。
こうしていつものようにしばらく4人で楽しく雑談を交わし、俺たちは店を出る。
店の前の小川を挟んで向かい側にクランハウスが見える。
そこから、メイラさんが俺たちに向かって軽く手を振る。俺たちもそれに応え手を振ってから、転移し自宅に戻った。
自宅でモフとくつろいでいると、俺のスマーフォが鳴ったので、つないでみる。
『あ、トール? エミリーよ。実は、ミレアが例の首飾りの文字をあっさりと解読したのよ』
エミリーから意外な言葉が飛び出してきた。