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84話 ミレア


 ニバラスが自身の魂を砕き、最後の死霊魔法をかけて来た。

 その死霊魔法は禍々しい玉となって、エルフの結界を貫き、一人の女性に向かって襲いかかって来た。



 ――ダリアさんだ!


 ダリアさんは驚愕の表情を浮かべ、立ちすくんでいる。


 俺は一瞬、なぜダリアさんなのか混乱した。思っても見なかったことに動きが遅れる。


「だめぇえええええええええ!!」


 その時、一人の少女が叫びながら飛び出し、ダリアさんをかばう。


 ――リンだ!


 リンはダリアさんを突き飛ばす。

 その禍玉は、代わりにリンに当たる。


「いゃあああああああああああああああああああああああああ!!」


 リンの絶叫が聞こえて来る。


「リンーーーーー!!!」 


 俺はリンに向かって飛び出す。


 リンの絶叫と共に、リンの姿が薄暗く変化してくる。


「うっ、うっ、お、おにいちゃ、いやああああああああああ!!」


 リンの顔が苦悶に歪み黒くなってくる。


「リン!! ――リン!! しっかりしろ!!」


 俺は気が狂いそうになる。


「いゃああああああ! お、おにい、ちゃん、た、たすけて……うあああ!!」


 リンが! リンが! 死霊魔法に――! 

 なぜ! なぜ! こんなことに!


「うぅ、うぐっ、お、おにい、ちゃん、は、はやく、いかせて……く、くるしいよぅ……あががががああああ!!」


 俺は苦しむリンに対して何もできない。自分の無力さに、気が狂いそうになる。


 エミリーの悲痛な叫びが聞こえて来る。


「トール! 早く! リンちゃんを送ってあげて! レクイエムで! ――魂が完全に闇に囚われる前に!」


 そ、そんな、そんなこと――できるわけが――


「お、おにい、ちゃん、おねが、い、はやく――ああああああああ!!」


 リンの苦しむ姿が、俺の心を引き裂く。


「トール! 早くして! 手遅れにならないうちに!」

「トール! 大丈夫だから! 早く!」


 ミレアの声も聞こえてくる。


「お、に、い、ちゃ おね がい……」


「……リン――今、楽にして、やるからな――ごめんな――リン、ほんとにごめんな…………レクイエム!」


 リンの体に白い光が包み込まれる。リンの顔色が元に戻り、苦悶の表情も消え、安らぎの表情に変わっていく。


 そして――ゆっくりと、ゆっくりと、リンの体が白い輝きとなって霧のように消えて行こうとしている。



 ――おにいちゃん――ありがとう――

 ――また、いつか――会えると――

 ――いいね――さようなら――


 ――ありがとう――おにいちゃん――



 リンは白い霧となって消えて行った。


「リンーーーーーーー!!」


 涙がとめどもなく溢れてくる。

 リンとの、今までの、想い出が、生活が、一緒に過ごしたかけがえのない日々が、次から次へと、頭に浮かぶ。



 もう、リンは、いないんだ……リンのいない世界なんて……。

 世界が灰色に染まり、俺の心にぽっかりと穴が空いた。



 視界にエメルダさんの姿が入る。

 エメルダさんが、俺を優しく抱いてくれたのを感じた。


 なぜか不思議と心が落ち着き、あるはずの無い希望がわずかに湧いてきた気がした。


――――――――――

エメルダ Lv10

・レアスキル 天使の抱擁(ほうよう)(心を落ち着かせ希望を与える)

――――――――――  


 俺は立ち上がり、周りをゆっくり見た。皆が俺を、泣きそうな顔で心配そうに見つめていた。


 ミレアと目が合う。その目は優しく、そして確固たる自信を感じさせる目だった。


 ミレアは言う。


「トール。すべて私にまかせて。今までトールは、たくさん私たちを助けてくれた。そして、トールとリンは私の大切なお友達。今度は私がトールとリンに恩返しする番だよ」


 微笑みながら、そう言うミレア。なぜかミレアが女神のように見えてくる。

 

 俺の心は静まり返っている。そして感じる。安心。信頼。希望――。


 

「皆! まだ魔物がたくさん蘇って来てるぞ!」


「みんな円陣を組んで! おねがい! ミレアを守って!! ――遮音結界!」


 エミリーの叫ぶ声が聞こえる。


「「「「おう!」」」」


 騎士団たちや冒険者たちの勇ましい声が上がる。


 円陣の中央に静かに力強く立つ、10歳の少女。

 ハーフエルフにして可憐な美しさをもつ少女。

 少しばかり人見知りで、どこにでもいるような普通の少女。

 その少女が、今や堂々たる自信を纏い、変貌していくのが感じられる。


 俺の目はミレアに釘付けになる。


――――――――――

ミレア Lv350

 ユニークスキル:女神の大樹 Lv10

 ――エルフの秘儀

――――――――――  


 そして、ミレアは静かに詠唱を始める。



 ル・アラス・ミルレリア・ヴィ・ユグドラ

 ――私は 女神と世界樹に 願う



 ミレアの詠唱の意味が自然と伝わってくる



 エ・エルラ・ドゥル・ユグドラ

 ――かつて命は 世界樹と共にあり 


 ユグドラ・ドゥル・ミルレリア

 ――世界樹は 女神と共にあり 


 トルリヴィ・シ・エルラ 

 ――その命を 司った


 シ・アクエルラ・ルヴ・ユグドラ

 ――その命の泉は 世界樹より生じ


 ソーマ・アリア ムヴィ・アークア

 ――天を駆け 大海を潜り


 レル・ユグドラ

 ――世界樹へと戻る




 ミレアの全身から緑色の光が輝いている。

 まるで(ミル)(レリア)のように

 

 澄んだ声。力強い声。

 優しい声。命に響く声。




 ユグドラ・イ・アクエ

 ――世界樹は水 


 ユグドラ・イ・ウィリ

 ――世界樹は風 


 ユグドラ・イ・ガイリア

 ――世界樹は大地 


 ユグドラ・イ・フリア

 ――世界樹は炎


 ユグドラ・イ・エルラ・ユクト

 ――世界樹は 命の揺籃(ようらん)




 辺りは静寂に包まれている。

 まるで時が止まったかのように――。

 周りにいる人や、魔物たちの動きも止まっていた。


 ミレアは更に詠唱を続ける。

 

 


 ウィリ・ソルド アクエ・リリム

 ――風はそよぎ 水はせせらぎ 


 ガイリア・ユグ フリア・ヴォルク

 ――大地は揺れ 炎は燃え上がる


 ウィリ・エリラ アクエ・ミース

 ――風は笑い 水は歌い 


 ガイリア・ゾレ フリア・ナーラサ

 ――大地は喜び 炎は舞い踊り


 ユグドラ・ソーマ・アリアス

 ――世界樹は 天空を駆ける




 詠唱が重なるたびに

 周りのすべてが

 命に満ち溢れてくる。



 風が、樹々を優しく揺らしている。

 風の笑い声が、聞こえてくる。


 大地から、足元から、

 力強い喜びが、湧いてくる。


 周囲の篝火が、燃え上がり、

 舞い踊り、煌々と輝いている。


 噴水の水が、周囲の全ての水が、

 ざわざわと波立ち、歌っている。



 更に詠唱は続く。



 シ・ウィリ・イル・フサ ナラサ・エルラ

 ――その風は 息吹となり 命を躍らせる


 シ・アクエ・イル・ジルム ユク・エルラ

 ――その水は 慈しみとなり 命を包む


 シ・ガイリア・イル・キリ ユス・エルラ

 ――その大地は 支えとなり 命を繋ぐ


 シ・フリア・イル・フルラ リル・エルラ

 ――その炎は 灯火となり 命を導く




 皆の目がミレアに釘付けになっている。

 エミリー、ミーア、イナリ、騎士団長、

 アリシアさん、男爵――。

 数々の冒険者たちの動きが止まり、

 目を見開き、ミレアを見つめている。




 エルド・ドゥル・カイアリ

 ――勇気あるものよ 


 サーリス・リアド

 ――扉を開け 


 フサール・トゥーマムベ 

 ――心の闇を払い 


 エルドリア・ド・ナリイ

 ――汝自身の内より 


 ルーヴ・ルーシル

 ――光を生み出せ




 周囲にいた魔物のすべてが、

 神聖な空気を感じたのか、

 怯えたように、徐々に徐々に、

 後ろに退いて行く。




 エルダ・リオ・アラス・ティ

 ユーベルド・エルラ

 ――汝 再び 愛しき者の生を願うなら



 ドゥル・ユグドラ・ヴィ・ミーラ

 ミルレリア

 ――世界樹と女神の加護のもと 



 リシトゥーラ・シ・アンテーリ

 リィーアリア 

 ――その(いにしえ)言葉(じゅもん)を唱えよ



 レルアータ・エルラ! 

 ――命よ、循環(じゅんかん)せよ!


 ドゥル・ミルレリア・ヴィ

 ユグドラシル! 


 ――女神と世界樹の光と共に!



 詠唱が成った。


 ミレアの力強い言葉(じゅもん)と共に、

 世界が眩くばかりの新緑の光に覆われた。

 

 周囲のすべてが命に満ち溢れていた。


 その中空から、徐々に、徐々に、

 愛しき人の姿が、浮かびあがり、

 命ある光の中から、舞い戻って来る。


 リンだ!!


 リンが戻って来たのだ!!


 リンはゆっくりと目を開け大地に立つ。


 その顔には確かに命の輝きがあった。


 自然と涙がポロポロと零れ落ちてきた。


「リン!」


 俺はリンを強く抱きしめる。


「お兄ちゃん!」


 リンの声がはっきりと聞こえる。

 リンの体の温かさが伝わってくる。


 胸が詰まり、言葉にならない。


 皆がリンと俺のもとに駆け寄ってくる。

 広場にいるすべての仲間たちから、

 大歓声が上がる。

 ミレアは優しく微笑んでいる。


 俺はミレアに、仲間たちに、

 そして――すべてに感謝する。



 天から優しく神々しい声が聴こえて来る


 ――かつて、エルフの里を救った勇者は


 ――一度は魔王に敗れ去ったが


 ――世界樹の加護を受けしエルフにより


 ――再び、よみがえり――魔王を退けた


 ――しかし、伝説は


 ――再びよみがえりつつある


 ――汝、(えにし)ある者よ


 ――月の巫女に会いなさい



 ――すべての鍵は――汝自身にある



これにて第2章「領都の仲間たち」完結となります。ここまでお付き合いいただき、大変ありがとうございます。応援してくださった方々に重ねて感謝申し上げます。

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