77話 満月の夜 ① 烽火が上がる
空には満月が輝いている。
領都は完全に魔物の大軍に包囲され、魔物が一斉に外壁に向かって押し寄せて来る。
特に俺たちのいる西側は物凄い数の魔物で埋め尽くされている。更に西、マルカ森の方からまだまだ続々とこちらにやって来るのが見える。
「トール! 先陣は、わらわに任せるのじゃ!」
イナリがそう叫び、烽火台の天辺まで駆け上がって行った。イナリの大きな尻尾が風にたなびく。
烽火台の天辺ではすでに雨よけの屋根が取り除かれていて、大きな烽火が焚火のように真っ赤に燃え上がっている。
その高い烽火台は、まるで巨大な蝋燭に火が灯されているかのような姿だ。
烽火台の天辺には、大きな焚火を焚く烽火台の番人たちが見える。
「――なっ! お、お嬢ちゃん、ここは危ない――!」
「大丈夫なのじゃー! もっと火を焚くのじゃー!」
イナリが番人たちに何か言っている。
「お、おう、狐のお嬢ちゃん。なんだか良く分からないが、焚けばいいんだな!?」
「わ、分かった! おい、みんな! フレイムドッグの魔石をたくさん火に入れろ!」
「そうなのじゃー! もっと入れるのじゃー!」
番人たちが大きな焚火の中にどんどんとフレイムドッグの魔石を入れている。
大きな烽火の焚火がますます燃え上がり、巨大な炎となって夜空に赤く輝く。
そしてなんと、イナリはその巨大な炎の中に飛び込んだ。
「きゃははは!! よいぞ、よいぞ! よいのじゃー!」
真っ赤に燃える炎の中で、イナリはまるで炎と戯れているかのように陽気にはしゃいでいる。
皆は驚愕したようにイナリの奇特な行動を見つめている。
俺の鑑定機能が自然に発動してくる。
――――――――――
イナリ Lv215
スキル:炎魔法Lv7、狐火Lv7、大狐火Lv3
レアスキル:炎吸収、火の加護、予知夢
???スキル:???
――――――――――
炎吸収! 俺はびっくりした。なんと不思議なレアスキルなんだろう。
イナリが、烽火台の天辺で燃え上がる巨大な炎の中で、ふわりと宙に浮いている。片手に扇、もう片手に杖を持ち、怪しく爛々と光るイナリの眼。
「狐火!!」
イナリが言葉を発した瞬間に、無数の狐火が烽火台の周りに立ち上がり広がっていく。辺りが更に真っ赤に明るくなる。
そして、魔物の群れに一斉に狐火が襲い掛かる。
「「「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」」」
無数の狐火が魔物の軍勢ごと大地を真っ赤に染める。
「大狐火!!」
更に巨大な狐火がいくつも宙に舞い、再び敵の大軍に襲い掛かる。
「「「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」」」
魔物の大軍が、大地を揺るがすかのような悲鳴を上げ、次々に霧となって消えて行く。
「きゃははは!! よいのじゃ! よいのじゃ! まるで魔物がゴミ屑のようなのじゃー!!」
イナリが狂喜に包まれながら、舞を舞っている。
しかし、炎の中で舞うイナリは、幻想的で、怪しげな美しさがあった。
「おおおお!! 凄いな!!」
「おお!! いけいけ! 狐のお嬢ちゃん!」
「やれやれ!! 狐の嬢ちゃん!」
「凄いな! 嬢ちゃん! よし! もっと火を焚くぞ! みんな!」
外壁に居る騎士団や冒険者たち、烽火台の番人たちから歓声が上がる。
イナリが無双し、気が付くと西側の外壁近くに迫って来ていた魔物の大軍が消え去り、後に大量の魔石とドロップアイテムが残されていた。
「トールさんっ! 私に任せるのです!」
シャンテが叫ぶ。
「蜘蛛糸の網!」
シャンテの手から凄い勢いで無数の糸が扇状に広がる。まるで漁師が大きな網を広げて魚の群れを取るかのような光景だ。
その糸の網は更に遠くまで広がり、大地に残された魔石やドロップアイテムを根こそぎ拾い上げる。
巨大な網がアイテムと一緒にこちらに戻って来る。モフが心得たとばかりに、シャンテの頭に乗り、空間魔法で次から次に収納する。
「「「おおおお!! 凄い!」」」
周りから感嘆の声が上がる。
イナリが壊滅させた広大な場所に、再び次から次へと新たな魔物がじわじわと押し寄せて来る。
「皆! 矢を射ろ!!」
外壁の騎士団や冒険者たちも一斉に弓矢で攻撃を開始する。
「「「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」」」
魔物が次々に悲鳴を上げ消えていく。
「や、やったぞ!」
「いけるぞ!」
「おおおおお!!」
更に魔物の大軍が押し寄せて来る。まだまだ膨大な魔物の群れが、遠く街道を伝いゆっくりとこちらに行進してきているのが見える。
必死に矢を射る外壁の守り手たち。だが、今度は弓が効いていないようだ。
「おい! 敵が硬いぞ! 毒薬と幻惑のポーションを使え!」
外壁の守り手の人たちは、次々に毒や幻惑のポーションを投げつけている。
魔物の動きが止まり、毒に苦しみ、幻惑にかかり同士討ちなどを始めだした。そして次々に消えていく。
「「おおお!! やったぞ!」」
更に次の魔物の大軍が近づいてくる。少し異様な魔物の大軍だ。かなりの数だ。
良く見るとゴブリンのような姿形をしているが、その体格はかなり大きい。
―――鑑定―――
キラーゴブリン Lv100
・ゴブリンの上位種
・体力、筋力、敏捷に優れる
・物理攻撃は効きにくい
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騎士団や冒険者たちにとってはかなりの強敵だ。それがしかも大軍勢で襲って来ている。
「トール! わらわに任せるのじゃー!」
烽火台の天辺で、再びイナリが叫ぶ。
「メテオ!!」
――火魔法Lv7(メテオ)
空から炎に包まれた小隕石が次から次へと落ちて来る。空が震え、大地が激しく揺れ、炎が燃え上がる。
「「「ギャギャギャアアアアアアアアアアアア!!」」」
キラーゴブリンの大軍勢は、イナリの力によって殲滅された。
「おおお!! 狐の嬢ちゃん! やるじゃねえか!」
「おお!! 凄い攻撃だな!!」
再び、皆の歓声が上がる。
イナリはマナポーションを飲みながら一息ついている。だいぶ魔力を使ったようだ。
その時だった。更に魔物の群れが凄い勢いで遠くの方から駆けて来る。かなりの数だ。どうやら犬のような猫のような四つ足の魔物だ。
「トール君、あれは狼の魔物の群れだ! 中心にかなり強そうなのが一匹いる。気を付けろ!」
ゴーダさんが言う。
やがてその魔物の群れは、凄い勢いで外壁の方に近づいて来た。
―――鑑定―――
フェンリル Lv95+10
・狼の魔物
・冷気や闇の攻撃をしてくる
・噛みつき、爪などの攻撃も強い
・全般的に能力が高い
・弱点:特に無し
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フェンリルか! 確かB級ダンジョンの20階層に現れる狼の魔物だ。それが大挙して向かって来る。レベルが何故か+10されている。
俺はその魔物の集団の一角に強い気配を感じた。群れの中にボスがいる!?
―――鑑定―――
フェンリルコマンダー Lv260
・フェンリルの上位種
・群れを統率する
・統率された魔物の能力が上がる
・全般的に能力が高い
・弱点:特に無し
――――――――
レベル260! これは俺たちで急いで始末しなければいけない! 遅れたらここの皆が全滅する!
「皆、行くぞ!」
「にゃ! 行くにゃ!」
「分かったわ!」
「よし! トール殿!」
「転移!!」
群れのど真ん中に俺たちは転移する。
すかさずエミリーが防御結界を張る。モフも光の壁を周囲に張る。
俺とミレアが風魔法を使う。
――風魔法Lv6(ウインドハリケーン)
広範囲・高威力の風魔法だ。
ビュウウウウウウウウウウ!!
「「ウォオオオオオオオオーーン!!」」
瞬く間に周囲のフェンリルが霧と化す。
そのままフェンリルコマンダーも巻き込む。敵もしばらく耐えていたが俺たちの方がレベルが高く魔力も高い。
フェンリルコマンダーも断末魔の悲鳴を上げて、霧となって消えて行った。
外壁の方から皆の歓声が聞こえて来る。
ふぅー、間に合ってよかった。
残念ながら、ユニークアイテムは落とさなかったが、魔石などは落とした。高レベル魔石は俺にとって重要なアイテムなのでしっかりと拾う。
俺たちは転移してゴーダさんのもとに戻る。
ゴーダさんはここから反対側の東門の方をじっと見つめていた。
「トール君、また強力な魔物が現れたようだ! 東門の方だ。このままでは門や外壁が壊されそうだ!」
「分かりました。行って来ます! おーい、イナリー! 大丈夫かー!?」
俺は烽火台の上を見上げながらイナリに声をかける。
「まだ魔力は残ってるのじゃ~、トール、ここはわらわに任せて行ってきていいのじゃ~」
「分かったー。一応、モフを置いていく。イナリー、ここは任せたぞー。――転移!」
こうして俺たちはゴーダさんの指示する東門の辺りに転移するのだった。