61話 世界樹
ミレアが首飾りに刻まれている神代文字の一つを発音しようとした瞬間、エミリーとブックさんがそれを止めた。
「ミレア、ごめんね。びっくりさせちゃったわね」
エミリーはミレアの口に当てていた手をそっと引く。
「うん、大丈夫。エミリーお姉ちゃん」
ミーアが言う。
「にゃ~、どういうことなのかにゃ?」
ミーアの気の抜けた声で、一瞬皆の間に有った緊張感がほぐれる。さすがミーアだ。
「少し私から説明しよう。先ほど魔王の話をしたと思うが、遥か昔、魔王を退けた我々エルフの勇者や戦士たちは、エルフの秘儀の力によって助力を得たようだ。そしてその秘儀はある呪文をもって成されるのだ。その呪文は神代の言葉で詠唱される。魔王は、そのエルフの神代語に多大な忌避感を持っている。それがゆえに、その言葉を発するものがいないか常に監視しているようなのだ」
エミリーが話す。
「そう……。ロザリー姉さんもよくそのことを言っていたわ。エルフの神代語はおいそれと口にしてはいけない、魔王の監視の耳がどこにあるか分からないと……。まあ、私たち普通のエルフは、元々、神代の言葉は分からないし読めないので特に問題はないけれどね。ただ、それを知る者――秘儀を継承したエルフはそのことを肝に銘じていたらしいわ」
エミリーは続けて話す。
「そういえば、ロザリー姉さん自身、あまりエルフの里に留まろうとしなかったわね。よく旅に出ていたわ。エルフの里は特に魔王に監視されてると思うの。多分、姉さんは自分の持つ力が魔王を引き寄せると感じていたのかもしれないわね……まあ、そのおかげでフォレスタの街で男爵と知り合い、こうしてミレアが生まれることになって、喜ばしいことだけれどね」
エミリーはそう言ってミレアを見つめ微笑む。
「さて、エミリー、この首飾りの文字を写させてくれないかい? 時間がかかるかもしれないけど出来る限り解読してみるよ」
「分かったわ。ありがとう、ブックさん。お願いするわね」
こうしてブックさんは、首飾りに刻まれている文字を何度も見ながら丁寧に書写する。
その後、文字を写し終わったブックさんは、言う。
「エミリー、一応念のため、この首飾りを測定器にかけてみてもいいかい?」
「ええ、お願いするわ」
ブックさんは、部屋の隅の方の書棚から何やら大きな金属性の丸い輪っかみたいな物を取り出し、持って来た。
テーブルの上にその丸い輪っかのようなものを置く。輪っかには金属性の板が付けられている。ステータスボードに似ている。
その中心に首飾りを置く。
「これは、年代を測る魔道具で、物の大体の古さを測るものなんだよ」
ブックさんは説明しながら、その魔道具に付属している金属板に触れる。
すると、輪っかと金属板が薄く光始めた。そしてやがてその光は真っ赤になっていった。
「おお! やはりこの首飾りは、かなり古い物だよ! 測定不能だ……。間違いなく神代の物だよ……」
ブックさんは、ふうとため息を付く。
「月の巫女は、この文字を通じて何かを伝えたいような……そんな意思を感じるわ……」
「わらわも、そんな気がするのじゃ……」
エミリーとイナリが呟くように言った。
その後、俺たちはブックさんと別れて図書館を後にした。
昼時だったので、近くにある飲食店に入り皆で食事をする。
エミリーが言う。
「今日はまだ時間があるので、午後からは、世界樹のある場所に案内するわ。せっかくエルフの里に来たのだから、これはぜひ観に行かないとね」
「「おおお!!」」
皆もすごく乗り気だ。俺も世界樹を近くでぜひ観たかった。リンもうずうずしているようだ。
◇
エルフの里から出て、エミリーの先導でしばらく森の小道を歩いていく。世界樹に近づくたびに段々と周囲の樹々が一層鮮やかに感じられてくる。
そして、樹々に遮られた視界を抜けると、広く開けた場所に出た。
そこには、見上げるほどに高く大きな樹が屹立していた。
世界樹だ。
信じられないくらいの幹の太さ。そして枝は無数の葉を茂らせ、空を覆うかのように広がっている。陽の光が遮られているにも関わらず、見上げる木の枝の葉からは淡い緑色の光が眩しく輝いていて明るい。
そして圧倒されるような凄まじい生命力を感じる。大樹から力強くも心地よい気が降り注いで来るのを肌で感じる。
周りの空気も新鮮で生命力に満ち、息をするたびにこちらまでも力が湧いてくる気がする。
「にゃ~気分がいいにゃ~」
「心が洗われるようなのじゃ~」
「何とも言えぬ生命力だ。体中に力が溢れて来るな」
「すごく清々しいですねー」
皆は世界樹を仰ぎ、体全体で世界樹から溢れ出る神聖な気を浴びている。
俺も目をつぶり大きく胸を開き、体を世界樹に預ける。最高の森林浴だ。
しばらく皆で心地よさに浸っていると、世界樹の枝の一部が光り出した。そしてその枝は鮮やかな緑色の光を纏って、ゆっくりと俺の方に向かって降りて来る。
かなり大きな枝だ。その大きな枝からはいくつもの小枝が分かれており、それぞれに瑞々しい葉が沢山付いている。
「おおお!!」
目の前に浮かんだ世界樹の枝はゆっくりと俺の胸に向かって落ちて来る。俺は慌ててその大きな世界樹の枝を両手で抱えるようにして受け取る。
皆も驚きの表情でその光景を見つめている。
エミリーが微笑みながら言う。
「トール、世界樹からの贈り物よ」
俺の腕の中にある世界樹の枝から凄い生命力が伝わってくる。
俺の意思とは別に女神のドロップの鑑定機能が自然に発動してくる。まるで女神様と世界樹が俺に伝えてくるかのようだ。
~~~鑑定~~~
世界樹の枝(ユニーク素材)
・究極の錬金素材
・様々な効果が秘められた素材
・枝は特に魔法杖などに適している
・葉は特にポーションなどに適している
~~~~~~~~
「おおお!! 世界樹の枝! ユニーク素材だ!」
俺は感じた。きっと、これを使って人の為、仲間の為に役立つものをつくれとのメッセージに違いない。
俺は女神様と世界樹に感謝する。
そっと空間魔法に世界樹の枝を収めて、世界樹を見つめながら心の中で再びお礼を言う。
するとまた世界樹の枝から光が発し、今度はリンの方へ向かって緑色の光に包まれた何かがゆっくりと降りて来た。
リンは目を見開いて驚いている様子だ。
「こ、これは!?」
エミリーが驚いた表情で言う。
「世界樹の実だわ!」
よく見ると確かに実のようだ。丸い大きな実から力強い生命力を感じ、静かな輝きを放っている。
リンの手元にゆっくりと降りていく世界樹の実。リンはその実を両手でそっと受け取った。
「ありがとう……世界樹……」
リンは感激しながら呟く。
世界樹が風と共に大きく優しく揺れる。
キラキラと輝く霧のような雫が、ここにいる8人全員に降り注ぐ。
「世界樹の祝福だわ……」
エミリーの声が感激したように震えている。
こうして俺たちはこの日、世界樹から贈り物と祝福を受けたのだった。