59話 月夜の晩に ③ 首飾り
温泉を十分楽しんだ俺たちは、クランハウスの中にいた。
あれから夜が遅くなったので、エルフの里に帰るのはやめて、ここに泊まることになった。そして、温泉の隣りにある開けた場所にクランハウスを建てたのだった。
皆の裸を見てしまったことは、モフのいたずらということで、とりあえず不問ということになった。ふぅ~良かった。
まあ、リンが俺を白い目で見て、変態とか呟いていたが……。
その後、クランハウスの3階にある広いバルコニーが付いた遊戯室に皆で集まり、ゲームなどをして遊んだ。この世界のゲームはボードゲームのようなものが主流で、なぜかクランハウスにもいくつか取り揃えてあった。
ひとしきり賑やかにゲームをしていたが、夜も更け、皆眠くなってきたようで一人また一人と自分の個室に戻って行った。
俺はバルコニーに出て、独り星空を眺める。
「トール、今日はありがとね。楽しかったわ」
エミリーが後ろから話しかけてくる。
「ああ、俺のほうこそ。それにミレアやリンも楽しそうで良かったよ」
「そうね。あんなに楽しそうなミレアを見るのは、随分久しぶりな気がするわ。あの子は男爵の一人娘という立場上、なかなか年齢が近い友達が出来にくい環境にあったの。今回、リンちゃんと友達になってすごく楽しそうだったわよ」
エミリーと二人でバルコニーの手すりに肘をかけ、星空を見ながらゆっくりと話をする。
遠くにエルフの里の灯りが見える。里の向こう側に、淡い緑色に輝く森が見え、そこにはひと際高い大樹が緑色の光彩を放って立っている。
ここからかなりの距離があると思われるが、はっきりとその大樹の輪郭が見える。とてつもなく大きい樹だ。
「エミリー。あの高い樹が世界樹なのか?」
俺は聞いてみる。
「ええそうよ。あれが世界樹よ。どう? 素晴らしいでしょう?」
エミリーはどこか誇らしげに言う。
「ああ、そうだな。なんと言ったらいいのか、圧倒されるというか……命に満ち溢れている感じだな」
「そう、世界樹はこの世界の命を司っているの。エルフの古い伝承では、この世界を女神様が創られたときに、最初に創られたのがこの世界樹と言われているわ。そして女神様は、世界樹に生きとし生けるものの命を託されたの。人は死ぬといずれ世界樹のもとに戻り、また世界樹から生を得てこの世界のどこかに生まれ変わる。こうして命は循環していく。エルフ族の皆はそう信じているわ」
「そうか……きっと亡くなったロザリーさんや俺の両親も、世界樹から命を得てどこかで生まれ変わっているのかもしれないな……」
こうしてエミリーと話していると、なんだかいろいろなことが救われるような思いがする。
ふと俺は思い出す。ああ、そうだ。あの首飾りをエミリーに贈るとしよう。
俺は、トゥーマ・レム・ミルア(ユニークアクセサリー:首飾り)を取り出す。
――――――――――――
トゥーマ・レム・ミルア(ユニークアクセサリー:首飾り)
・装備時、魔力+20
・結界系の魔法Lv+1
・付与スキル 水魔法Lv3
・満月に近づくにつれ魔力回復が多くなる
・???
――――――――――――
「エミリー、これは月の水蛇のユニークアイテムなんだ。魔力と結界魔法系のスキルレベルを上げる効果が付いてる。エミリーはエルフの結界を使えるんだろう?」
俺はかつて男爵やエミリーたちと話をした「死霊魔法」について考えていた。今後、死霊魔法の使い手が現れたときに少しでも対抗出来る方法を考えていたのだった。死霊魔法はエルフの結界で防ぐことが出来るが、膨大な魔力が必要とのことを以前、エミリーから聞いている。
「トール、いいの? こんな大事な物……。エルフの結界はもちろん使えるわ。死霊術師のことを考えてくれていたのね。ありがとう、トール」
エミリーには俺の考えが分かるようだ。
「なあ、エミリー。死霊魔法に罹りにくくする方法とかはないのか? 俺は対抗するすべを今は持っていない。自分自身もそうだが、俺は皆を守る力が欲しいと思ってる……」
「トール……。そうね、敵の死霊術師の強さにも寄るけれど、やはりこちらがレベルを上げて、特にステータスの『精神』を上げる必要があるわ。相手の死霊魔法の強さ以上に『精神』が上がっていれば、なんとか防げるかもしれないわ。ただ、やはり相手次第ね。完全ではないわ」
「やはり、現状ではエルフの結界が必要なのか……」
「そうね。でも死霊術師の格によっては、私の結界でも防げないかもしれないわ。ロザリー姉さんは、エルフ族の中でも一番の結界魔法の使い手だったのよ。そして魔力も桁違いに多かったわ。マルカ森での襲撃では確かに条件が悪かったのかもしれないけれど、そんな姉さんが敗れたのよ……きっと死霊術師の中でもかなり格の高い敵だったと思うの。ひょっとすると、高位魔族の術師だったのかもしれないわ……」
「高位魔族?」
「そう、古くからエルフと世界樹を狙ってきた魔族よ。魔王の側近レベルの魔族よ」
「魔王なんているのか!?」
「ええ、魔王は遥か昔からいるわ。今は闇に潜んでいるみたいだけれど。いずれ魔王の手下である彼らが襲ってくる可能性は高いわ」
「しかし……あれから4年経つのに、彼らは姿を見せないようだが……」
「……そうね。魔族の中でも死霊術師はほんの一握りくらいしかいないの。そして、前回襲撃してきた死霊術師は恐らくロザリー姉さんとの戦いでかなり消耗したのではないかしら……。これはエルフの研究者の受け売りだけど、死霊魔法は使う側の方にもそれなりのリスクがあるみたいなの。魔力と一緒に自らの魂までも削る魔法らしいわ。今まで傷ついた魂を時間をかけて回復させていたのかもしれないわね……」
エミリーは話続ける。
「とにかく私もレベルを上げて魔力や結界スキルのレベルを高めていく必要があるわ。……トール、私、実は少し怖いの……。姉さんのように私も……」
エミリーは言葉を止めて俯く。
「エミリー……。エミリーならきっと大丈夫だ。俺たちも付いている。皆で一緒にこれから力をつけていけばいい。領都に帰ったら、早速皆でB級ダンジョンを攻略しよう。とにかくレベルを上げ、『精神』や『魔力』、そして結界スキルも高めていけばいいと思う」
「……ええ、そうよね。頑張らないといけないわよね。……トール、ありがとう」
「エミリー、その首飾りを身に付けてくれないか。きっと少しは役立つと思う」
エミリーは俺が渡した、ユニーク首飾りを手に持って見つめる。
――トゥーマ・レム・ミルア
「奇麗……。なんだか不思議な生命力を感じる首飾りね。まるで何かを語りかけているようだわ……」
「鑑定によると、トゥーマ・レム・ミルアという名のユニーク首飾りらしい」
「トゥーマ・レム・ミルア……何か心に響く名前だわ。エルフの古代語のような――あら? 宝石の台座に文字が刻まれているわ。なにか古い文字のような……? えっ! エルフの古代文字だわ! しかもかなり古い……神代文字に近いわ……。わ、私では読めないわ……」
エミリーの手が少し震えている。
「トゥーマ……心? いえ、魂? レム……月? ミルア……ミルア……神の巫女? まさか……」
「エミリー? どうしたんだ!?」
「トゥーマ・レム・ミルア……トゥーマ・レム・ミルア――月の巫女の魂……?」
エミリーは何かうわごとのように、その言葉を繰り返している。
「……トール! 月の巫女の伝説があるの! 呪いを掛けられて蛇にされた巫女の話よ!」
エミリーが興奮したように言う。
「詳しい内容は、私は知らないけれど……。明日、エルフの図書館に行って聞いてみようかしら……。そこには研究者がいるわ。トールも一緒に来てくれる?」
「お、おう、分かった。エルフの図書館だな」
エミリーは、その不思議な生命力に満ちた首飾りを、目を見開いて見つめている。
「私たちが倒した月の水蛇は、呪いにより蛇に変えられた月の巫女だったのかもしれないわ……。この首飾りは月の水蛇のユニークアイテム――つまり、月の巫女の魂そのものなのかもしれないわね……」
そういって、エミリーは大事そうにその首飾り――トゥーマ・レム・ミルア(月の巫女の魂)を自分の首にそっと掛けたのだった。