52話 エルフの里へ
朝が来た。
今日はエミリーやミレアたち一行とエルフの里に行く日だ。
あれからリンにその話をしたら、飛び上がって喜んだのだった。やはり、旅行に行きたかったらしい。それもエルフの里という珍しいところだ。
昨日は、ギルドに立ち寄り、エメルダさんたちに、旅行でしばらくこの街を留守にするという報告をした。そして、ちょっとダンジョンに潜り、エミリーたちへの贈り物のユニークアイテムをいくつか調達してきたのだった。
軽くリンと朝食をすませ、待ち合わせ場所の街の東門に行く。
すでに馬車が用意されていて、皆が賑やかに話をしている。
今回エルフの里に行くメンバーは8人だ。
ミレア、エミリー、ミーア、イナリ、俺とリン。そして、男爵が護衛に付けてくれた副騎士団長のアリシアさん。最後に、ミレアお付きの専属メイドのメイラさん。モフもいるので、正確には8人と1匹だ。
副騎士団長のアリシアさんは、若い女性の騎士だ。年齢は聞いてないが20代前半くらいに見える。キリリと引き締まった体に、鎧の上からでも分かるボン、キュッ、ボン。髪は長めのポニーテールに金髪。やや青みがかった奇麗な目。顔形も整った非常に美しい人だ。
男爵から聞いたが、剣の腕は確かで実力も折り紙付きとのことだ。基本的には、男爵家の護衛を任務の中心としているらしい。ちなみに騎士団長のリドルフさんは、広く領内の治安維持に努めているとのことだった。
メイラさんは、ミレアのお付きのメイドさんで、以前俺は、領主邸で会ったことがある。年齢は俺と同じか少し上くらいだろうか。淡い緑色のショートカットの髪。同じくやや緑がかった美しい目。アリシアさんと同様、これまた素晴らしいスタイルだ。優しい表情の中に気配りが見え隠れし、芯のある女性といった印象だ。
俺は思う。俺の周りはどうしてこうも美女ぞろいなのだ。エメルダさんやモカさん、シャンテにしろ、先日会ったメアリさんにしろ、それぞれ個性はあるが、皆、俺の理想的なタイプばかりだ。
きっと女神様が俺の願望をかなえてくださったのだろう。勝手にそう思うことにする。
改めて今日のメンバーを眺める。
これは、ハーレムなのか! いいのだろうか! 楽しくなりそうだ!
おっと、変な妄想はここまでにしよう。
大きな特別製の馬車に、力強そうな2頭の馬が繋がれている。
エミリーがその2頭の馬の首に珍しい形の手綱のような物を括り付けて何やら魔力を注いでいるようだ。馬車の御者台には誰も乗っていない。
俺は、以前耳にしたことを思い出した。自動操縦が出来る手綱の魔道具だ。
御者台で人が操らなくても、あらかじめ魔力を込め思念することによって、安全に馬を目的地まで導くことが出来る希少な魔道具らしい。
さすが男爵家、こんなものまで持っていたのか。
さて、皆が揃い、特別製の大きな馬車に賑やかに8人で乗り込む。
いざ、エルフの里へ出発だ。
◇
エルフの里は領都から北東の方角にある。途中、領内のいくつかの村や街を通り、隣りの領内を抜けそのまま北東へ進むと広い草原地帯となる。更に進むと広い森が見え、その奥にエルフの里があるとのことだった。
8人乗っても馬車の中は広く快適だ。
「はぁー風が気持ちいいわね」
「にゃ~。素晴らしい景色だにゃ~」
「妾はお腹がすいたのじゃ~」
馬車の中は賑やかで皆、楽しそうだ。初対面同士のメンバーもいるが皆すぐに打ち解けて話が弾んでいる。
人見知りのミレアも、すぐにリンと仲良くなったようで、笑顔でリンと話している。一安心だ。
「皆さん、これをどうぞ」
リンがもふ猫のポーチから、大量に買い占めた「ポゴリア」のお店のミートサンドを沢山取り出す。そして、リン特製の果実水も取り出して、皆に配る。
「にゃ~。リンちゃん、ありがとにゃ~」
「こ、これはお肉のパンかの!? リン殿、ありがとうなのじゃ~」
「リンさん、お心遣いありがとうございます」
馬車の中は笑いと楽しさに包まれたまま、エルフの里へとのんびりと向かう。
領内の途中で、いくつかの村や街を通り過ぎる。どこの村も皆表情が良く、楽しく暮らしているようだ。
やはり、男爵の統治が良いのだろう。俺はこの地に生まれてきたことを感謝する。
こうして俺たちは、数日かけて村や街に泊まりながら、移動していった。
◇
やがて、エルフの森の前の草原地帯に差しかかったところで日が暮れた。
アリシアさんとメイラさんが、テントなどを馬車の隅から取り出し野営の準備を始めようとしている。
俺は、先日入手した、クランハウスの箱を思い出した。
よし、ここで使ってみよう。なんだかワクワクしてきた。
「あ、アリシアさん、メイラさん。設営は俺に任せてもらえますか」
「えっ? あ、はい……?」
皆が不思議そうな顔をしている中、俺は馬車から少し離れたところに歩いて行く。
よし、この辺りでいいかな。俺はクランハウスの箱を取り出す。
箱にはロックがかけられたボタンのようなものが付いている。俺はロックを外しボタンを押してみた。
すると、箱はゆっくりと宙に浮き、光始めた。
そしてみるみるうちに、大きな邸宅が目の前の草原に出現した。
「おおお! 凄いなこれは!」
皆の方を見ると、全員、口をポカンと開けて驚きの表情を浮かべていた。
「な、なに……トール、これは!?」
「にゃああ~! 大きな家が急に出て来たにゃ~!?」
「トール殿、こ、これは一体!?」
皆、口々に驚きの声を上げる。
「これは、クランハウスと言って、携帯できる家ですよ。大きくて住みごこちがいいらしいので、今夜はここに泊まりましょう」
「トール! すごい! やったー!」
ミレアが飛び跳ねて喜んでいる。
どよめきと喜びの中で、皆一斉に邸宅に入っていく。
「うわー! 凄い立派な部屋ね!」
「すごいにゃ~! お風呂も大きいにゃ~!」
「このベッドもふかふかでよいのじゃ~!」
クランハウスの中は、領主邸を小さくしたような立派な造りになっていた。
それぞれの個室はもちろんのこと、広間にはシャンデリアが輝き、皆が集まるリビングや食堂、魔道具式の大浴場やトイレなど、すべてが備わっていた。
その後、女性陣は皆で大浴場に入っていく。
俺も、一緒に入りたかったが、やはりそれはダメだろう。女神様の天からの声が「ダメ絶対!」と告げているような気がした。
それはともかく、大浴場の男女を分ける仕切りの向こう側で、キャッキャウフフしている女性陣の声を聴きながら、モフと一緒にのんびりと湯舟につかる俺だった。
風呂上り後に皆で食事をした。
食堂は広く、魔道具で光るシャンデリアの暖かい照明がいい雰囲気を出している。
あらかじめリンと相談して旅立つ前に作り置きしていた数々の料理を出す。もちろん極上のうさぎ肉も料理に使っている。
メイドのメイラさんも、魔法袋の中に料理を用意している。領主邸で作られた料理も格別に美味しい。
皆はそれぞれの料理を一緒に楽しみ、ご満悦だった。
食事を終え、一服した後に、俺は皆にユニークアイテムのプレゼントをすることにした。
大広間に集まってもらい、それぞれに用意した贈り物をする。
ミレアには、もふ猫のポーチ。
エミリーには、ウェントスウィース(ユニーク弓)
ミーアには、フラマニゲルス(ユニーク大剣)
イナリには、土の腕輪と黒炎の指輪(ユニーク腕輪および指輪)
アリシアさんには、アルマテトラ(ユニーク鎧)
メイラさんには、パンの製造魔具と大量のムーギーの魔石(金の小麦袋含む)
更に、全員にキャッツアイ(ユニーク首飾り)を贈る。まあ、皆同じアクセサリーなのは申し訳ないが、奇麗な宝石で、ステータス持ちには敏捷性も上がる優秀なアクセサリーだ。
いずれ、いろいろなダンジョンを制覇していく中でさまざまなアクセサリーを手に入れることもあるだろう。そのときには、改めてそれぞれの個性に合った物をプレゼントしたいと思う。
「かわいいポーチ! わっ、物がたくさん入るよ!」
「凄い! 力が溢れて弓術スキルが一つ上がったわ! それに風の力が凄いわ!」
「にゃにゃ! これは凄い大剣だにゃあ!! かっこいいにゃ~!」
「なんと! 力と魔力が溢れて来るのじゃ! 土魔法も使えるのじゃー!」
「トール殿、この鎧は凄まじいな! 体に力が漲るぞっ!」
「わわっ、こんなに美味しいパンが一瞬で出来るなんて! 便利すぎるわ!」
それぞれが、感想を口にして大はしゃぎだ。
「お兄ちゃん、なかなかやるじゃない」
リンがニマーっと笑いながら俺に言う。
俺は皆からたくさんの感謝の言葉と喜びの笑顔を貰った。
こうして俺たちはこの日、何もない草原の中で、楽しく贅沢な一夜を過ごすのだった。