45話 建築職人と烽火台
急な出来事だったが、高い台から落下した男を無事助けることが出来た。
そして、その男は建築ギルドの棟梁で、バッカスというドワーフ族の男だった。
その後、俺たちは賑やかに、話をする。
話に聞くところ、どうやらやはり烽火台の修理をしていたようだ。思ったより烽火台が劣化していて修理に手間取っているとのことだった。また、烽火台の上部や基礎部分なども修繕が必要で、その為の特殊な土などの、材料が足りないとのことだった。
俺は考える。
梯子や仮設の踏み台だと、やっぱり危なっかしいな。空間魔法で空間の箱を長く伸ばして踏み台に出来るかもしれないな。
そして、土などの材料は、昨日クレイゴーレムから大量に手に入れた素材を使えないだろうか? そして、俺は土の腕輪を手に入れたので土魔法Lv3が使える。この魔法も、もしかすると役に立つかもしれないな。
――――――――――
土嚢(素材)
・土の入った袋
・建築材料に用いられる
‥‥‥‥‥‥‥‥
強化土(レア素材)
・魔力が込められている上質な土
・建築材料に用いられる
・特に外壁などに有効
‥‥‥‥‥‥‥‥
土の腕輪(ユニークアクセサリー:腕)
・装備時、体力+10、筋力+10、魔力+10
・付与スキル 土魔法Lv3
――――――――――
ちょっと、試してみるか……。なんとかいけそうな気もする。
「なるほど……。それでは俺も協力しますよ」
「おお! なにか出来るのか!?」
男たちは期待の目で俺を見る。
俺はまず、空間魔法から大量の土嚢と強化土を取り出して地面に置いた。
「おおおお!! なんだこの土嚢の量は!!」
「おお!! これは強化土じゃねえか! それもこんなにたくさん!」
「すげーな! 兄ちゃん! これ使っていいのか!?」
「どうぞ、沢山あるので好きに使ってください」
「おお!! 助かるぜ! ありがとな!」
そして俺は更に、空間の箱を階段状に作る。足場にするつもりだ。透明なので色を付けて見やすくしてみよう。
余っていたスライムゼリー(大)を水魔法で水に溶かして、透明の空間箱に吹き付ける。すると、空間の壁に水色の色がついて、目に見えるようになった。スライムゼリーは接着力もあるので、滑ることはないだろう。
「おおお!! これはすごい!!」
「これなら安全に作業が出来るぜ!!」
男たちから歓声の声が上がった。
こうして作業は順調に進んでいく。
やはり空間魔法の箱で作った足場は安全で使いやすいようだった。
基礎部分などの修繕のときは、俺は土魔法を使って、彼らの指示の元、材料を固めたりした。土魔法は、意外と土木作業にも使えた。
この烽火台は特殊な造りになっているとのことで、上部の物見台の部分にも耐火性の強化土を敷き詰めている。そこで直接大きな焚火をするらしい。夜間などに、煙だけではなく炎がはっきり見えるようにする為らしい。灯台のような造りに見える。
俺は彼らの指示の元、物見台の木造の部分などにも、スライムゼリーと強化土を幾重にも塗り固めて耐火性を補強した。
やがて日が暮れかかって来た。
「よし! 今日はこれくらいにしよう! お前ら飯だ!」
「はぁー疲れたー」
「腹減ったなぁー」
どうやら皆、夢中になっていて昼の食事をとってなかったらしい。
烽火台の隣りは樹が切り倒されており、小さな広場になっている。
皆は、そこら中にある木の切り株などに腰掛け、一休憩している。
広場の一角に古びた山小屋があった。
その小屋の中から数人の男たちが出て来た。
「おつかれさん。だいぶ捗ったようだな」
男たちは、手に大きな鍋やお椀などを持っている。お酒もあるようだ。
そして薪を抱えた男が、広場の中央辺りで火を熾し始める。
「おう、ほぼ修理は終わったぞ。後は明日ちょいと仕上げをすればお終いだ」
バッカスさんは汗を拭きながら、清々しい顔をして言う。
作業に携わった男たちも皆、一仕事終えた後の爽快な顔をしていた。
「トール、彼らは、この烽火台の番人たちだ。所属は一応騎士団らしいが、まあ昔からこの街を丘の上から見守っているやつらだ」
その番人の一人が俺に近づいて来て言う。日焼けした顔に逞しい体つきをしている。
「君がトール君か。私はここの番人をしているゴーダという者だ。先ほどからいろいろと手伝ってくれたみたいで、ありがとう」
「いえいえ、烽火台の番人さんですか。いつもお疲れ様です」
こうして番人さんたち、建築ギルドの人たち、俺とモフで、広場に炊かれた焚火を囲んで食事をする。
「いや~仕事後の一杯は格別だな!」
「この鍋も美味しいぞ!」
バッカスさんや職人さんたちはお酒を飲み、陽気に騒いでいる。
料理も、番人さんが作ってくれた鍋料理や具材が詰まった大きなパンなど、いろいろと出て来た。
俺も料理を勧められたので食べてみる。いろいろな具材の入った鍋料理が美味しい。
俺も何かないかと考える。
あ、そうだ。モフのアイテムボックスの中に食べきれないほどの極上のうさぎ肉(特大)が入ってるな。よし、切り分けて皆に食べてもらおう。
俺はモフに指示する。モフは皆が十分満足できるくらいの量の極上のうさぎ肉をアイテムボックスの中で切り分けて、取り出す。
「皆さん、俺からも肉を用意しました。皆で焼いて食べましょう。きっと美味しいですよー」
俺は極上のうさぎ肉を、空間魔法で作った透明な台の上に乗せる。そして、鉄の短剣を取り出して、1人分で十分食べ応えある量ごとに切り分けてたくさん串にさす。
「おお!! トール。その肉どこから出て来たんだ?」
「いや、それよりもすごく美味そうだぞ!」
「俺にもくれ! 塩を振りかけて焚火で焼くぞ!」
皆、賑やかだ。番人さんも職人さんたちも皆、活気がある。
肉が焼けて皆、頬張る。
「おお!! これは!? こんな美味い肉は初めてだ!」
「ほ、本当だ! なんの肉か!?」
「くぅ~! 美味すぎるぜ!!」
「酒に合うな!! 絶品だぜ!!」
まあ、極上のうさぎ肉だ。ふっふっふ、当然のことだな。俺は彼らの喜ぶ姿を見て嬉しくなる。
ひとしきり賑やかに食べた彼らだったが、あまりの美味さだろうか、満足そうに呆けていた。
俺は肉を切り分けた鉄の短剣をしまおうとする。
――その時、バッカスさんが、俺の手首を握った。そして、俺の持つ鉄の短剣をじーっと見つめる。
ん? なんだろうか?
「トール。この鉄の短剣はどこで手に入れたんだ?」
「あ、これは武具屋で買いました」
「ほほう! これは奇遇だな。まさかあの短剣をトールが買っていたとはな! トール、その短剣の束の部分の裏を見て見ろ。俺の創った刻印が入っている」
俺は短剣のその部分を見てみる。よく見ると確かに小さな刻印みたいなものが印されている。
バッカスさんは、さも愉快そうに話す。
バッカスさんの話によると、実はあの武器屋はバッカスさんの経営する武器屋だったそうだ。
普段は武器屋の奥の作業場にいて、バッカスさんと仲間の数人のドワーフさんたちで、鍛冶をしているとのことだった。建築ギルドの仕事をする傍ら、鍛冶をしているとのことで、バッカスさんの本業は、鍛冶職人だったのだ。
「最近の冒険者は、鉄製の物より鋼の物を好むからな。まあ、鋼の方が強いしそれはいいんだが、鉄には見向きもしねえ。特に鉄の短剣なんて、最近は誰も買う奴はいねえな……。誰にも買われずに店の隅で埃をかぶっている鉄の短剣を見ると、ちょっとその短剣が哀れに思えてだな……。それで、せめて俺の鍛冶スキルで少しテコ入れしたって訳だ。まあ、材質が鉄だから弱っちいのには変わりがないがな」
バッカスさんは笑いながら言う。
そうだったのか。あの時、少ない稼ぎでやっと買えた鉄の短剣にこんな由来があったとは……。
俺はあの時、この短剣で、まぐれにしろ初めてホーンラビットを倒したのだ。
あの時を想い出して、少し懐かしく感じながら、俺は鉄の短剣を見つめる。
自然に鑑定スキルが徐々に発動してくる感覚がした。
~~~鑑定~~~
バッカスの短剣(レア短剣)
・攻撃力(AR)2
・鍛冶師の魂が込められた鉄の短剣
・危機が迫った時、運が強くなる
~~~~~~~~
「そうか!! そうだったのか!」
俺はやっとあの時の謎が解けたような気がした。
――危機が迫った時、運が強くなる
あの時、初めてホーンラビットを倒せたのは、偶然ではなく、この短剣のおかげだったのか! 俺は衝撃を覚える。
俺は今日、確かにバッカスさんを助けた。しかし、その前にすでに俺は、バッカスさんに助けられていたのだ。
バッカスさんが、あの短剣に魂を吹き込むことが無ければ、俺はすでにこの世にはいなかったのかもしれない。
職人の魂の技業が俺を救ったように、俺も女神の加護の力のおかげでバッカスさんを救い、恩返しをすることが出来たのだ。
助け、助けられる。巡りめぐるこの不思議な縁に俺は心のなかで感謝する。
陽はすでに暮れ、焚き火の灯りが皆の笑顔を明るく照らしていた。