36話 女神像の微笑み
死闘の末、なんとかキングラビットを倒した。
倒した直後に急激にレベルが上昇したので、限界ギリギリだった体力がかなり戻って来た感覚があった。
体が熱い。疲労はあったがそれ以上にレベルアップの効果が凄まじい。以前より格段に強くなった気がする。一体どれくらいレベルが上がったのだろうか。
「おっと、その前に早くこのボス部屋から立ち去ろう。ここにいるとまた何か変なことが起こるかもしれないしな」
俺は、ボス部屋の床に、巨大なうさぎ肉が2つ落ちているのがまず目に入った。
「しかし、でかい肉だな……。これ1つで普通のうさぎ肉の一体いくつ分になるんだろうか……」
数人がかりで神輿のようにかかえて運ばないといけないくらいの大きさだ。極上のうさぎ肉(特大)か。びっくりするくらい大きいな……。
「モフ、これを収納できるか?」
「にゃ~ん」(――コクリ)
さすがは空間魔法の持ち主だ。俺はモフに巨大うさぎ肉を2つ回収してもらった。
魔石やレアアイテム、ユニークアイテムは俺が回収した。
ボス部屋の奥に、渦巻いている転移陣のようなものがあった。あれで、帰還できるのだろう。
俺とモフは、渦巻き型の転移陣に乗ると、一気に1階層の転移陣に飛ばされた。
ダンジョンを出ると、太陽はまだ真上に輝いていた。
戦いは2時間もかかっていないだろうが、まるで1日中戦っていたように感じた。
「そっか、まだ昼か。なんだかお腹がすいてきたな。モフ、とりあえず食事にしようか」
先ほどの激戦で、まだ気が昂っている。先ずは食べて休んで気を静めよう。
ダンジョンの入り口付近にある芝生の生えている地面に座り、リンの作ってくれた弁当を広げる。
「はあ~、美味いな~」
俺とモフは弁当を食べながら、のんびりと遠くの木々を見ていた。太陽に照らされた木々の葉が瑞々しく輝いて見える。どこかで鳥の鳴く声が、楽しげに聞こえる。
「ああ……生きていて良かった……」
自然に言葉が出て来た。
――気が付いたら俺とモフは寝ていたようだった。陽はすでに傾き、夕焼けが奇麗だった。
「とりあえず、ギルドに行くか」
俺とモフはギルドへ向かった。
◇
ギルドの扉を開け中に入ると、冒険者たちがいつもより大勢いて、俺に視線が集まる。
「トール! どうだったか?」
ギルドマスターから声がかかる。
俺は親指を立てて応える。
「無事、迷宮主を倒しましたよ」
「「おおお!!」」
「「やったな! トール!」」
周囲の冒険者たちから声がかかる。
「トールさん、おめでとうございます!」
エメルダさんも少し目をうるうるさせて祝福してくれた。
「で、アイアンゴーレムはどうだったか? 結構手こずったんじゃねえのか?」
ギルドマスターは笑いながら話かけてくる。
う~ん、どう言えばいいのだろうか……。俺は一瞬戸惑ったが、今後の新人冒険者の為にもこの情報は伝えておいた方がいいと思った。
「……実は、昨日マスターさんが言っていた、迷宮主のイレギュラーが起こりました……」
「――なっ! なんだと!! ほ、本当か!!」
周囲の冒険者から、どよめきが起こる。
「トール! な、何が出た!!」
「キングラビットが出ました」
「「キングラビット!!」」
方々から驚きの声が上がる。
「し、信じられん!! そんな魔物がよりにもよってC級で出るとは……トール、お前よく生きて帰れたな……」
「自分でも今生きているのが信じられないですよ……」
俺はキングラビットの魔石を取り出し、掲げて見せる。
「――なっ! でかい!」
再び周囲の冒険者たちが騒ぎ始め、魔石を見ようと近づいてくる。
拳大ほどもある大きな魔石だ。黄色の輝きにはオーラが溢れ出しているようだ。
「エメルダ! トールの冒険者カードを解析してくれ!」
魔石を真剣に睨みながら、ギルドマスターは叫んだ。
俺は自分の冒険者カードをエメルダさんに渡すと、彼女は慌ててカウンターの裏に戻って、カードの解析を始める。
騒然として皆がカウンターに集まって来る。
「マ、マスター!! 解析出来ました! キングラビット、レベル70です!!」
周囲が再びどよめく。
「これは、後で王都の本部に報告しておかないといけないな……」
ギルダマスターは、ため息を吐きながら呟く。
「だが、まあこうしてトールは無事討伐して生きて帰れたんだ。喜ばしいことだ。トール、今日からお前はCランク冒険者だ!」
周囲から歓声と拍手が起こる。
ギルドマスターはニヤリと笑って言う。
「よし、お前ら! 今日はギルドの奢りだ! 好きなだけ飲み食いしていいぞ! パーリィーの時間だ!!」
「「「オオオオオオオオオオオオ!!」」」
「「「キャアアアアアアアアアア!!」」」
ギルド内の至るところから大歓声が上がる。
ギルドの職員さんたちがバタバタとテーブルやイスを配置し始める。
俺は嬉しくなって言った。
「それなら、これは俺からの奢りだ! 極上のうさぎ肉だ」
モフに指示する。
テーブルを合わせて広くなったところに、極上のうさぎ肉(特大)を落とす。
「うわああああ!!」
「な、な、なんという大きさ!!」
「す、すごい!!」
皆が驚愕する。
ギルドマスターは半ば呆れながら言う。
「お、おい、トール、こんなに食い切れるか!!」
俺は言う。
「余った分は換金でもして、初級冒険者たちに武器や防具を買ってやってくれ」
ギルドマスターは一瞬ポカンとした顔をしたが、ニヤリと笑って言う。
「そういうことなら、有難く受け取るぜ」
こうして、驚きと歓声の中、パーリィーは始まるのだった。
前回の宴の時より少し人数が増えているような気がした。
エールを飲みながら、俺は周りの冒険者たちから囲まれ、ボス戦について興味深げにいろいろと聞かれた。
どう答えていいか分からなかったが、皆、お酒が入っている。俺もエールを飲み、ほろ酔い気分で出来る範囲で話を作って喋ると、皆、異様に盛り上がっているようだった。
前回の宴の時と同様に、同期のガイやメイ、アスカもいて、再び語り合った。
今日はモフと一緒に死にかけたが、勝利への小さな糸を運よくたどり寄せることが出来た結果、今こうして生きている。
――勝利への小さな糸か。
俺はスマーフォを取り出し、シャンテに繋ぐ。
「おおーシャンテかー! 生きて帰れたのはシャンテのおかげだぞー! 勝利の糸をありがとなー!」
『えっ、トールさんっ!? な、なんのことですかぁ~?』
俺は一言言って、スマーフォを切る。
ふとカウンターの方を見ると、エメルダさんが男性冒険者のひとりに口説かれていた。エメルダさんは苦笑いしながら、適当にはぐらかしている様子だ。
そういえば、エメルダさんにも随分お世話になったな……。俺は冒険者になってから1年間ずっと最弱だった。毎日スライムを狩ってその魔石とアイテムを持ち込んで、エメルダさんによく買い取って貰っていたな。エメルダさんはそんな俺でも、親切に対応してくれた。
冒険者になって2か月ほど経った頃だろうか、俺が2階層のホーンラビットに挑むことを口にした時、真剣に止めてくれたのもエメルダさんだった。まだ戦闘に慣れてなかった俺が、あのとき挑戦していたら、恐らく俺は今ここにはいなかったことだろう。
ぼんやりとエメルダさんを見ていると、エメルダさんと目が合った。エメルダさんはいつもの柔らかい表情でニコッと微笑んでくれた、
ああ、本当に良かった……。そして、楽しいな……。
冒険者たちの笑顔を見ながら、俺はそう思った。
◇
宴の夜は更け、酔いつぶれる者も現れたころ、俺は独りそっと、ギルドの洗礼室に入った。
ここは俺が初めて冒険者になるときに来た場所だ。
洗礼室の中央奥に、女神像が立っている。
俺は女神像の前に立ち、物思いにふける。
女神の加護――ユニークスキル「女神のドロップ」
以前男爵が言った言葉を思い出す。
――幻のアイテム。
それは、元々あったのだ。
数多の星の中から一粒の砂を探すような存在としてあり続けていたのだ。
それを諦めずに見つけ、引き出すことが大切だったのだ。
男爵たちはその一途の望みにかけて、決して諦めなかったのだ。
だからこそ、女神の加護を持つ俺を見つけることが出来たのかもしれない。
ならば、俺は女神様の加護を人の為に使い、自分自身も決して諦めないことが大切なのだと思う。
俺は女神像を見つめる。
俺は転生するときに会った女神様が、この世界の女神様のように思えて来た。
(あなたなのですね?)
俺は女神像に心の中で問いかける。
しかし女神像からは何の返答もない。
俺は女神様には祈らない。
ただ感謝するだけだ。
そして、女神様から与えられた加護を正しいことの為、人の為に使うことを決意する。
「ありがとう、女神様」
俺は洗礼室から出て、扉をしめようとする。
視界の隅で女神像が微笑んだ気がした。
この小説を読んでいただきありがとうございます。
これにて、第1章「幻のアイテム」を終わります。
引き続き、第2章「領都の仲間たち」に移ります。
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