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31話 裁縫師シャンテ


 朝が来た。


 今日は12階層――最下層の迷宮主(ボスモンスター)に挑戦したいところだったが、モフがまだ帰って来てないし、いろいろと準備もあるので、明日にしようと思う。


 それに、先日シャンテに頼んだ、冒険者用の服が出来上がってるはずだ。


 今日は服屋の「もふもふく」に行ってみよう。どんな服に仕上がってるだろうか。シャンテのことだから何かサプライズみたいなものがありそうだ。ちょっとワクワクしてきた。




「もふもふく」へやって来た。


「いらっしゃいませ――あっ、トール様でございますね。先日はいろいろとお買い上げいただきありがとうございました」


「いえいえ、あの服のおかげで、無事領主邸に行けることが出来ました。それで、今日はオーダーメイドした服を受け取りに来ました。シャンテさんの所に行ってきますね」


「はい、ありがとうございます」


 俺は、シャンテの居る仕立て部屋に向かう。

 部屋の入り口から中を覗くとシャンテがいた。相変わらず熱心に作業をしてるな。


「おーい、シャンテー。服を受け取りにきたぞー」


 少し大きめの声をかける。


「あっ! トールさん、やっと来ましたねぇ~。ふっふっふ、いい出来に仕上がってますよぉ~」


 シャンテは服の入った麻袋をカウンターの上に置いて、丁寧に服を取り出した。上の服と下の服(ズボン)のセットである。


「おお!! なかなかかっこいい感じの冒険者服だな!」


 俺は素直にそう思った。紺色が基調で高級感がある。丈夫そうでいて繊細、着心地もよさそうだ。ファッションセンスが壊滅的な俺でも分かる。


「ふっふっふー。このシャンテが作ったのですよぉ~。当然ですよぉ~」


 よく見ると、上服の胸のところに丸い形の紋章が付いている。そのワンポイントの紋章が服の全体とマッチしていて、おしゃれな感じがする。


 ほほーう、これがシャンテの言ってたエムブレム刺繍ってやつか。


 その刺繍には、何かカラフルな絵が描かれている。更に目を近づけて見つめると、奇麗な女性の顔のように見えてくる……これは……。


「シャンテの似顔絵じゃねえか!!」


 俺はつい突っ込んでしまった。


「えへへ。よく気が付きましたねぇ~。素晴らしいでしょう!? 私の可愛く美しい顔のデザインですよぉ~。これは相当の値打ちものですよぉ~。もう、お宝物ですねっ! ラッキーですよねっ、トールさんっ」


「は、はあ……」


「もう~そんなにため息が出るほど、気に入ってくれたのですねっ! 良かったですね~、トールさんっ」


「お、おう、ありがとな……シャンテ」


 いや、まあこれはこれで一興。遠くから見れば気づかないくらいだから、まあいっか……。


 やや放心気味に俺は服を見つめていると、鑑定モードが徐々に発動してくる感覚を覚えた。


「ん……、ドロップアイテムじゃないと鑑定出来ないはずだが……。あ、そうかドロップアイテムで作られた物だから鑑定出来るのかもしれないな」


 俺は服を意識して鑑定してみる。


~~~鑑定~~~

シャンテの冒険服 (ユニーク防具:服)

・防御力(DR)7

・装備時、精神+10 幸運+10 

・付与スキル 操糸術Lv3 [紋章(エムブレム)効果]

・斬撃に強い耐性を持つ

・自然浄化(上) 

~~~~~~~~

 

「うおおおおおおおー!!」


 俺はこれを見て狂喜した。


 シャンテは腰に手を当てて胸を張って、さも当然とばかりに目をキラキラさせて俺を見ている。


「……おい、シャンテ。素晴らしいじゃないか! お前にこんな才能があったなんて…………俺のパートナーになってくれ!!」


 俺はシャンテの肩を両手で掴み、そう言った。


「えっ! えっ! そ、そんな。私と……結婚だなんてっ……トールさん、ま、まだ私たち知り合って間もないし、結婚だなんてっ……まだ、ちょっと早いんじゃ、ないかしら……」


 シャンテは顔を赤くして、自分の指先同士をつんつんさせながら、もじもじして言う。


 ……え? 何? この反応は……? 


俺は先ほど自分が言った言葉をもう一度頭の中で反芻する。――あ。俺、パートナーって言ったかー。何か言葉を間違えたような気がする。

 シャンテの想像している意味じゃなくて、冒険者と生産者の間のビジネス的なパートナーというつもりだったのだが……。俺が希少な糸を取って来て、それをシャンテに加工してもらうという専属契約みたいなものだ。


 ユニーク装備の他に、俺はユニーク素材を入手することもある。せっかくのユニーク素材を、俺は扱う方法を知らない。そのときに秘密を守ってくれ、加工してくれる信頼できる生産者が、今後必要になると思っていたのだ。


「シャンテ。すまん、それは誤解だ。俺の言い方が悪かった」


 こうして俺は、一から説明することとなった。



「なぁ~んだ、もぅ~トールさんってばぁ~。びっくりしちゃったじゃないですかぁ~。ま、まあ、別に嫌とかじゃ……ないけどねっ……てへへっ」


 良く分からないが、シャンテは少し安心した様子だ。ふぅ~誤解が解けて俺もほっとしたよ。それにしてもシャンテ、まだ顔が赤いな……。まあ、気にしないでおこう。


 それはそうと、俺は今日は時間があったら、ダンジョンの12階層に出てくる魔物だけでも攻略しようと思っていたので、現在の服装はダンジョン装備だ。さすがに、もふ猫のフードとリボンは外しているが……。


 実は、装備で気になるところが一箇所あるのだ。それをシャンテに聞いてみることにする。


「シャンテ、俺の装備を見てくれ。こいつをどう思う?」


「すごく……みすぼらしい、腰巻ですぅ~」


「……さすがシャンテ。その通りだ。ゴブリンの腰巻はそろそろ卒業したい……」


「ふむぅ~確かにその腰巻はちょっと……ふむふむ、では私がもっといい腰布をつくってあげますよぅ~」 


「おお! また頼む、シャンテ。実はもう一つこの前の糸があるんだ」


 シャンテの目が怪しく輝いた。


「んもう~トールさ~ん、先にそれを言ってくださいよぅ~。ふっふっふ、私にお任せなのです! その糸があるならシャンテ特製の最高にオシャレな腰マントを作ってあげますよぉ~! もちろん今度は別のエムブレム刺繍を付けてあげますよぉ~」


「おおおっ! まじか、シャンテ! ありがとな! 期待して待ってるぞ~~」


 俺はシャンテに「シルスレッダ」(ユニーク糸)を手渡す。


「それではお預かりしますね~。今回は早めに出来上がるかもですよぅ~。出来たらスマーフォしますね~。えっとトールさんの番号を……あっ、スマーフォなんて持ってる訳ないですよねぇ~。すいませんですぅ~」


「ん? シャンテ、スマーフォなら持ってるぞ……」


「えっ? あれ、あれぇ~、持ってたのですかっ! びっくりですぅ!」


 

 こうして俺たちはお互いスマーフォの認識番号を交換して、連絡が取れるようになった。


 しかし、なんでシャンテがスマーフォなんて持ってるんだろう。こっちこそびっくりしたよ。あれは王都でも持ってる人は僅かと聞いたが……。まあ、何か伝手でもあるのだろうか。 


 その後シャンテは、早速仕立て部屋に籠り、目を爛々と輝かせながら嬉々として作業を開始し始めた。


 よっぽど、裁縫が好きなんだな。それに最高の糸を目にすると、やはり職人の血が騒ぐのだろうか。次の作品にも期待出来るというものだ。俺はワクワクした。


「それにしても、このシャンテの冒険服はすごいな」


――――――――――――――――

シャンテの冒険服 (ユニーク防具:服)

・防御力(DR)7

・装備時、精神+10 幸運+10 

・付与スキル 操糸術Lv3[紋章(エムブレム)効果]

・斬撃に強い耐性を持つ

・自然浄化(上) 

――――――――――――――――


 DRが7もある服なんて、そうそうないと思う。もはや鎧レベルだな。しかも精神と幸運がそれぞれ10も上がり、いろいろな効果が付いてる。

 そしてなんといっても、付与スキル、操糸術Lv3である。糸を操るスキルなんて初めて聞いた。それに、その希少なスキルを、エムブレム刺繍として服に付与するなんて芸当にもびっくりだ。もしや、これはシャンテのユニークスキルなのではないかと、俺は勝手に想像する。

 まあ、いつか機会があったら、いろいろ聞いてみるかな~。


「さて、早速、シャンテの冒険服を着てみるか」


 俺は試着室を借りて、着替える。着替えた途端に、なんだか精神が落ち着き、直観力みたいなものが上がった気がした。きっと運も上がってることだろう。

 俺は、操糸術を意識してみる。すると、戦闘用の糸の使い方のイメージが湧いて来た。


「おおお、操糸術! ……すごいな!」


 糸を操り魔物を攻撃したり、絡めとったり、また防御やサポートにも使える技術のイメージが湧く。


 ん~ちょっと実際に試してみたいけど、戦闘用の糸ってどこに売ってるのだろうか? シャンテに聞きたいところだが、今は作業に熱中しているようなのでやめておこう。

 武器屋にでも行って聞いてくるのがいいかなー。


 そんなことを考えながら、俺はワクワクしながら「もふもふく」を出た。 

 

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