30話 慰霊祭
男爵もエミリーも、そしてミレアも、ひとしきり涙を流した後、長年の痞えが取れた為か、少し寂しそうではあるが晴れやかな顔をしていた。
「トール君、今日は本当にありがとう。トール君のおかげで、やっと長年の心の苦しみが取れたような気がするよ」
「私からもお礼を言うわ。最後に姉さんの安らかな顔を見れて本当に良かったわ」
「うん、ミレアもお母さまに会えてよかった。ありがとね、トール!」
ミレアも最後に母親と会えて、安らかな母親の姿を目にし見送ることが出来たのだ。俺もほっとしている。
ミレアはまだ10歳の子供なのだ。4年前は6歳だったのだ。そんな幼いときに母親を亡くしたのだ。俺は、今の健気なミレアを見ていると、強い娘だなと思った。
俺たちが広場に戻って来たときには、すでに日が暮れかかっていた。
慰霊に来た騎士団の遺族たちはまだ、テントに残って、俺たちの帰りを待っていたようだ。
「さて、遺族たちに、この"想い出の珠"をお渡ししよう」
リドルフ騎士団長の鞄の中には解放された騎士団全員分の珠が入っている。
男爵と俺たちは、遺族たちの集まっているテントに歩いていった。
遺族たちの前に立ち、男爵は声を大にして言った。
「皆、待たせてすまなかった。今日この日、やっと我らの誇りだった騎士団全員の魂は救われた!! もう苦しむことのない安息の地に旅立たれたのだ!!」
「ほ、本当ですか!! 男爵様!?」
「や、やっと、救われたのですね!?」
「お、おおおお!!」」
遺族たちから、次々に声が上がる。
「安心してほしい。すべてはこちらにいるトール君のお陰だ。彼によって、騎士たち皆が苦しむことなく安らかに逝くことが出来たのだ!」
「おお、ありがとう! 本当に、ありがとう……」
遺族たちの方から、声が上がる。
「これから皆に、その証である彼らの形見をお渡ししようと思う」
男爵はそう告げると、"想い出の珠"を一人一人に渡していく。
遺族たちの中には親や兄弟、妻や子供といった様々な人たちがいる。
「おお!! おおおお!!」
「お父さん!! お父さんが見えるよ!!」
「あなた!! ほんとうに……お疲れさまでした……安らかに……」
想い出の珠を手に取った遺族たちから、次々に感極まった声が上がり、皆一様に泣き出している。
遺族たちの手に渡った"想い出の珠"はそれぞれの手の中で輝いていた。きっと遺族たちにはその心がはっきりと見えたのだろう。
そして、やがて次々に静かに消えて行く。
「兄さん……安らかに……」
「ああ……逝ってしまったのね……」
「お父さん……」
遺族たちの声が、安堵感と寂しさに変わった。
陽はすでに落ちていた。
「お腹すいたね……」
ポツリとエミリーが言う。
そういえば、朝からずっと食事をしていなかったことに気づいた。
「トール様、お疲れさまでした」
気づいたら、後ろに執事のクリフトさんが立っていた。
「どうぞこちらへ。食事を用意しております。ミレア様、エミリー様もこちらへどうぞ」
俺たちのテントはいくつも張られ、メイドさん達が作ってくれた食事がたくさん用意されていた。
「トール、お疲れだにゃ~。首尾よくいったみたいで良かったにゃ~」
「トール~。おつかれなのじゃ。こっちでゆっくり休むのじゃ」
ミーアとイナリも話しかけてくる。
「おう。なんとか無事終わったぞー。みんなありがとな」
男爵が、遺族たちに言う。
「皆も、共にこちらで食事をしよう。長い時間待たせてしまい、さぞ疲れたことだろう」
遺族の方たちも、次々にこちらのテントに集まって来る。
陽が暮れ、すでに暗くなった広場には篝火が灯されている。慰霊碑が篝火に照らされて柔らかい光を放っている。
大勢の遺族たちと共に、食事をする。少しだが酒も振る舞われた。
俺は遺族の方たちから、何度もお礼を言われた。
そして、大人たちは皆、ゆっくりと語り合いながら、静かにお酒を飲んでいる。
この四年間の長き悲しみから解放された魂たちに、思いを寄せているのだろう――。
◇
自宅に帰って来た。
「お兄ちゃん、お帰りー」
「おう、リン。だだいまぁー」
リンは帰って来た俺を見るなり、なぜかニマーっと微笑んだ。
「お兄ちゃん、お疲れさまでした」
「お、おう、疲れたなー。って、どうしたんだ、いきなり?」
「うん、なんか今日のお兄ちゃん、何かをやり遂げたようないい顔してるよ」
「お、分かるのか?」
「ふふ~ん、何年お兄ちゃんの妹をやってると思ってるの? このリンちゃんには隠し事は通じないよ~」
リンは笑う。
「まあ、いいことはあったかもしれないなー。とりあえずは、一安心したってところかな」
「そっかあ~」
そして、リンはお酒とおつまみを出して、テーブルに並べる。
やっぱり、ここは居心地がいいな。今日は騎士団たちを解放出来てほっとした半面、なんというか寂しさというか少し物憂げな気分だった。
こうしてリンと居ると、少しは気分が晴れてくる気がした。
「そういえば、お兄ちゃん、この前言ってたスマーフォだっけ? あれ私も欲しいなあ~。持ってないといざという時、お兄ちゃんに連絡取れないでしょ?」
「あーそうだな。今度、ミーアかイナリに聞いてみるか。王都から取り寄せられるかもしれないから――ん?……」
俺の持っているスマーフォがピコピコと音を鳴らしている。
「誰からだろう? ええと、このボタンを、ぽちっと……」
『うにゃあああ!! トールかにゃ!? ミーアだにゃ~ 助けてにゃ~!!』
『あはははー、ミーアの耳としっぽは極楽だわ!!』
『ち、ちょっと、エミリー飲みすぎなのじゃ!』
『あはははー、イナリの尾っぽだってふかふかで気持ちいいわよ~』
『ひゃあ! 尾っぽはダメなのじゃあああ!!」
『ハッハッハッ!! トール君! ハッハッハッ!』
『トール殿おおおおお!! うおおおおおん……団員たちを救ってくれてこのリドルフ感涙しております!』
『ハッハッハッ!! トール君! 実に愉快だ!』
『トール! お父様とエミリー姉ちゃんとリドルフがおかしいの!』
『モフ君! 私にももふもふさせておくれ!』
『ぎにゃにゃにゃあああああ!!』
『――あ、トール様、執事のクリフトです。お、お見苦しいところを聞かせてしまい――申し訳ありません。す、すぐにお切りします。あ、それからモフ殿は後日そちらにお送りしますので、では失礼し――』
(プチッ)
「…………」
「…………」
「お兄ちゃん、今のは……」
「お、おう、聞かなかったことにしよう……」
「う、うん……」
そういえば、何か忘れてたと思ったらモフだった。あれからモフはミレアが抱えたままだったな。
こうして夜は更けていくのであった。