29話 レクイエム
今日は、男爵たちとの約束の日だ。
朝から待ち合わせ場所のギルド前に行くと、数台の馬車が止まっていた。
「トール君、おはよう。今日はよろしく頼む」
「トール、準備は出来た? 今日は頼むわよ!」
「トール殿、今日はなにとぞよろしく申す!」
男爵、エミリー、リドルフ騎士団長からほぼ同時に声がかかる。
「はい。大丈夫です。こちらこそよろしくお願いします」
男爵たちの他に、執事のクリフトさんや数名のメイドさんに、護衛役の数名の騎士たちがいる。そしてミレアもいる。ミレアに付き添うようにミーアとイナリもいた。
男爵家の要人を中心に、皆で馬車に乗って、墓所まで移動を開始する。
墓所に着いた。
墓所への入り口付近は広場のようになっていて、すでに数台の馬車があり、テントのような物を張って大勢の人が集まっていた。
「男爵様、あの人たちは?」
俺は不思議に思って聞く。
「ああ、あの者たちは、亡くなった騎士団や商隊たちの遺族の方たちだ。実は今日は、あの日からちょうど4年目になるのだ。こうして毎年この日が来ると、慰霊碑に花を捧げにやってくるのだ。何の因果か、今日というこの日に、トール君とここに来ることになるとは……不思議な巡り合わせだ」
男爵はそういって遠くを見遣る。
男爵の視線の先には、慰霊碑が立っているのが見える。
「私は少し彼らと話をしてくる。皆と待っていてくれ」
男爵はそういうと、遺族たちの集まる中へと入って行った。
護衛の騎士たちは、執事やメイドさん達と一緒に、テントをいくつか設営を始めている。きっとここで待機する為なのだろうか。
しばらくして男爵が帰ってきた。
「トール君、それではそろそろ墓所に入ることにしよう。墓所に入るのは、とりあえず、トール君と私、そしてエミリー、リドルフの4人としよう。そうだな、トール君の従魔も一緒でかまわないだろう」
「分かりました」
そうして俺はモフを肩に乗せて、4人で墓所に入って行った。
墓所に入ったところで、エミリーから、ユニークドロップの成功確率が上がったかどうか聞かれた。
俺は、実際にやってみるまではわからないと前もって断った上で、人間のアンデット限定なら必中で落とせるかもしれないと答えておいた。更に、アンデットに対して一切苦痛を与えることのない攻撃手段を手に入れたとも言ったら、皆びっくりして喜んでいた。
まあ、あとは無事成功することを祈るしかない。
墓所の奥まで進み、俺は感知スキルを発動させる。
すると、確かに亡霊のような人たちが、所々で彷徨っているのを感じる。その中にひと際強そうな男性の人影を感じた。これはおそらくダンカン騎士団長なのだろうか……。
「男爵様、恐らくダンカン騎士団長だと思われる人影を見つけました」
「そうか……。ではまず最初にダンカンからお願いする」
「トール殿、よろしくお願い申す!」
俺はその人影に近づいた。見ると、屈強な感じのする騎士の鎧をまとった男性だ。しかし、その顔は苦悶で歪んでおり目は虚ろだった。体全体も薄暗くまさにアンデットといった感じだ。
「おお、確かにダンカンだ! トール君、頼む!」
「ダンカン殿! 今からトール殿がきっと苦しみから解き放ってくれる! 今しばし辛抱してくだされ……」
俺は左手をダンカンさんに向けてスキルを唱える。
「レクイエム!」
ダンカンさんの体が薄い光に包まれる。
すると、ダンカンさんの薄暗い体が白く輝く霧のように変化する。更に、顔が苦悶から安らぎの表情に変わり、理性の片鱗が見えた。
――わ、わたしは――そ、そうか――あなたたちが――
――ありがとう――――。
――コロン
≪ユニークアイテム『ダンカンの想い出』をドロップしました≫
ダンカンさんの体が更に白く輝き、霧のように消えて行った。
「ダンカン殿おおおお!! やっと、やっと、安息の地に……旅立たれたのですな……」
リドルフ騎士団長が号泣する。
「これで……やっと……苦しみから解放されたのだな……ダンカン…」
「ダンカン……安らかに……」
男爵やエミリーの目にも涙があった。
ユニークアイテム「ダンカンの想い出」は虹色の奇麗な珠で、今にも消えそうに儚く輝いている。
~~~鑑定~~~
ダンカンの想い出 (ユニークアイテム)
・家族への想いが込められた珠
・家族が触れると想いが伝わりやがて消えて行く。
~~~~~~~~
俺はその珠をそっと拾って男爵に渡す。
「トール君、本当にありがとう。この珠は後ほど、遺族の方にお渡ししようと思う……」
「それにしても、一発で成功するなんて驚きだわ。トール、やったわね!」
エミリーが少し興奮気味で言う。
「ああ、俺もほっとしている」
成功する自信はあったが、不安もあった。だが、これで今日中に全員の人を解放することが出来そうだ。
男爵が懐からアンデッドとなった人たちの名簿を取り出した。名簿を皆で確認すると、28名の騎士たちの名前とロザリーさんの名前があった。あの事件では、一般人にも被害が出たが、死霊魔法に罹ったのは最後に戦った騎士たちだけだったので、一般人の名前は無い。
「これから一人一人、順に解放していこう」
こうして俺たちは、一人、また一人と、同じように解放していった。それぞれのユニークアイテムである"想い出の珠"は、リドルフさんが持つ鞄に収めていった。
俺は魔力量が半分ほどになった時に一度マナポーションを飲んだので、魔力切れを起こすことは無かった。
そして、最後にロザリーさんだけが残った。
遠くの方に、かなりの魔力を持つ女性のような人影を感じる。
「トール君、ミレアを連れて来たいのだが……いいだろうか? 最後に一度だけ母親に会わせてあげたいのだ……」
男爵が言う。
「……分かりました」
「皆はここで待ってて。私がミレアを連れてくるわ」
エミリーが言う。
しばらくすると、エミリーがミレアを連れて来た。
「お父様……。お母様に会えるのね!……」
少し嬉しそうだが、不安そうに言うミレア。母親であるロザリーさんの事情は大体聞いているのだろう。
「そうだ、ミレア……最後にロザリーにお別れを言おう……」
「……うん、わかった……」
俺はロザリーさんのいるところに皆を連れていく。
遠くにロザリーさんの影が見えたときに、エミリーがそっとミレアの目を手でふさいだ。きっと苦しむロザリーさんの姿を一瞬とも見せたくないのだろう。ゆっくりとミレアの手を引いて歩く。
ロザリーさんの前に来た。
「トール、いいわよ」
俺はロザリーさんに向けてレクイエムを放つ。
「レクイエム!」
エミリーが、ミレアの目をふさいでいた手を放す。
ロザリーさんは薄い光に包まれて体が白く美しく輝いている。すでに穏やかで安らかな表情になっている。
「――お、お母様!!」
ミレアがロザリーに向けて手を伸ばす。
――み、ミレア――なの?――それに、あなた、エミリーも――
――ごめんね――こんなことに、なって――
――ありがとう――あなた――エミリー
――そして、ミレア――愛してるわ
ロザリーさんの体が更に白く輝く。まるで天使のように美しかった。
――コロン
≪ユニークアイテム『ロザリーの想い出』をドロップしました≫
そして、ゆっくり、ゆっくりと霧のように消えて行った。
「お母さまああああ!!」
「ロザリー!!」
「お姉様!!」
ミレアが号泣する。男爵とエミリーの目にも涙が溢れている。
男爵が、虹色の奇麗な珠――「ロザリーの想い出」をそっと拾う。すると、珠は霧のように白く輝いて男爵を包む。
「ああ……ロザリー……。お前と過ごした日々が、見える……。ありがとう、ロザリー……」
珠の輝きが消える。そして、男爵はエミリーにその珠を渡す。
受け取ったエミリーも、きっと珠からの想いや心を感じているのだろう、再びポロポロと涙を流し始めた。
そして、ミレアにそっと手渡す。
「ああ……お母様……うっ……うっ……」
ミレアの目にも涙が溢れんばかりに溜まっている。
ロザリーの想い出の珠は、今までにないくらい一段と輝き始めた。その輝きは薄い緑色の霧となってミレアを優しく包む。
そして――更に、更に、眩しいばかりに光り始め、その輝きはミレアの中に入っていった。
「ああ……お母様! こ、これは……」
ミレアが淡い緑色の光を纏って輝いていた。
そして、徐々に、その光も収まっていった。
その姿を見ていたエミリーの目が驚愕したように見開いている。
「秘儀が……エルフの秘儀が……継承されたのだわ……」