24話 苦悩の騎士団長
ミレアたちと庭園を観終わった後に、俺は、執事のクリフトさんから男爵の執務室に案内された。俺だけに話があるということなので、モフはミレアに預けている。
執務室に、俺とクリフトさんが入ると、3人いた。男爵に、騎士服姿の屈強そうな男、それから、なぜかエルフ少女のエミリーがいた。
「トール君、また呼び出してすまない。先ほど話した通り、実は少し相談したいことがあるのだ」
男爵はそう言って、隣に佇む騎士服を着た男性に視線を移す。
「紹介しよう。彼はフォレスタ家の現騎士団長のリドルフだ。相談内容は彼も関わることなのでこの場に来てもらった」
「騎士団長のリドルフと申します。トール殿については当主より聞いております。よろしくお願い申します」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
なんだろうか……。かなり改まった感じの雰囲気だな。
男爵、騎士団長、エミリー、俺の4人でソファに座る。執事のクリフトさんは少し離れたところで椅子に座る。
男爵は少しばかり沈思した様子を見せた後、口を開く。
「トール君、4年前のマルカの森での事件を覚えているかな?」
――マルカの森
忘れる訳がない。あの事件に巻き込まれた結果、俺の両親は亡くなったのだ。
「……はい、覚えてます」
「ふむ、どれくらいあの事件について知っているかな?」
「森に魔物が大量に現れて、商隊の馬車が襲われたと聞きました。確か騎士団が救援に来たおかげでなんとか魔物の大軍を撃退し、商隊の馬車のほとんどが逃げることが出来ましたが、代わりに騎士団がほぼ全滅したと……。当時そのように伺いました」
「うむ。概ねその通りだ。あれは酷い事件だった。当時、事件が起こる前から、マルカの森の街道に魔物が増えて来たとの報告が上がっていた。それで、調査と街道の安全を維持する為に、私は騎士団を派遣していた。しかし、先ほどトール君が言ったとおり、無残な結果となった。確かに魔物は撃退したが、救援に駆け付けた騎士団はほぼ全滅。残念なことに一部ではあるが商隊にも被害が出た」
そうなのだ。その一部の商隊の中に俺の両親が含まれていたのだ。
厳密に言えば、俺の両親は直接魔物に殺された訳では無いらしい。俺の両親の乗っていた馬車は魔物から逃れたのだが、馬車の後輪の一つが襲撃により破損していたのであろうか、運悪く街道の崖がある通りを逃げている最中に、後輪が砕け、バランスを崩し馬車ごと崖下に落ちていったらしい。
俺は当時の目撃者に聞いた話を思い出しながら、沈思する。
「なぜ、そのように大量に魔物が発生したのでしょうか?」
俺は聞いてみる。
「ふむ、その問いについては、我々には確証がある。しかしその件については、おいおい話をしていくこととしよう。……さて、マルカの森で本当は一体何が起こったのか。それを一部始終知る者は今や一人しかいない。つまり、当時の救援に駆け付けた騎士団で唯一生き残ったのが、このリドルフだ」
男爵は言葉を切り、リドルフ騎士団長に続きを促すように視線を移す。
リドルフ騎士団長は、目をつむったまま静かに俯く。そして、ゆっくりと話し出す。
「当時私は、副騎士団長だった。そして騎士団長のダンカン様と一緒にマルカの森に赴いていた。我々が商隊より救援の知らせを受けて駆け付けた時は、すでに商隊の馬車が魔物の群れに囲まれていた。護衛の冒険者たちのおかげで被害は最小限に押さえられていたが、もはや全滅は時間の問題だった。我々は魔物の群れの街道側の一方向を集中して攻撃し、馬車の逃げ道を作った。馬車のほとんどを逃すことには成功したが、一台の馬車が逃げられず、我々騎士団と共に魔物に包囲された。……その一台の馬車の中には、ロザリー様が居られたのだ。我々は円陣を組んで必死に戦った……」
騎士団長が少し言葉を切った後に、男爵が説明する。
「トール君、ロザリーは私の妻だったのだよ。当時、とある場所に所用があり当家の馬車に乗って出発したのだが、途中で商隊と行き会い合流していたのだ」
再び騎士団長が話し出す。
「そして、形勢が不利になっているのを懸念されたロザリー様は、自ら戦いに参加されたのだ。ロザリー様の魔法は凄かった。我々はロザリー様の力を得て、魔物の大軍を徐々に押しやっていき、苦闘の末奇跡的にほぼ駆逐できたのだ。……しかし、ここで再び形勢が不利になる事態が発生した。遠くに人影のような者が見え、その方角から口笛のような不思議な響きが聞こえ、倒したはずの魔物が再び地から湧き出てきたのだ。ロザリー様はそれを見て顔色を変えられ、我々の周囲にエルフの結界を張られた。しかし、結界は次第に闇に包まれ今にも消えそうになっていた……」
騎士団長は、苦しそうに一旦言葉を切り、そして言った。
「ロザリー様は、私を逃がす為に最後の力を振り絞られて、私の身にもう一つの結界を張られたのだ……。私はロザリー様の最後の言葉を忘れることが出来ない……。『リドルフ、レオナールに伝えて、死霊魔法に気を付けて』と……」
騎士団長は言葉を切り、俯く。男爵が口を開く。
「ロザリー――私の妻はエルフ族だったのだよ。そして、ミレアはロザリーと私の娘。つまり、ミレアはハーフエルフなのだよ……。それはともかく、その後リドルフから知らせを受けた私は、残りの騎士団を引き連れて現場に向かったが、後に残された者は誰も居なく、騎士団も、魔物も、怪しい人影もなにもかも消え失せていたのだ……」
男爵は続けて言う。
「先ほどの魔物の大量発生の原因についてなのだが、リドルフの話にあった通り、その怪しい人影の者が魔物を操っていたと私は推察している。その後は、怪しい人影は確認されることなく、今のところ再び魔物が増えて来たという情報も特にないのだが、我々の騎士団は日頃から領内の変化に注意をしている。もし、トール君が冒険中に何か異変を感じることがあったなら、我々に報告をしてもらえると助かる」
「はい、もちろん協力させていただきます……」
俺は、自分の両親が亡くなった事件の背後に、怪しい影の存在があったことに、少なからずショックを受けていた。
なんだかヤバそうな話になってきたな。影で魔物を操る存在。それに、死霊魔法か……。
それはそうと、ミレアはハーフエルフだったのか……。美しい少女だとは思っていたが、それを聞いて何となく分かる気がした。耳は髪に隠れててよく見えなかったが、奇麗な銀色の髪と青い目は、エルフの特徴を表しているのかもしれないな。