23話 領主邸にて
朝が来た。今日は領主邸へ行く日だ。
ここ俺の住んでいる街は、領都フォレスタだ。古くからダンジョンが近くにあるため、ダンジョン資源により街は栄えてきた。また、領内は自然が豊かで、農業や林業なども盛んだ。領主フォレスタ男爵の治めるこの領内は、風光明媚で美しい土地なのだ。
そして、ここ領都フォレスタの中心街に領主の邸宅がある。俺も中心街には何度か行ったことがあり、領主邸を外から見たことはある。
俺は、軽く朝食を済ませた後、少し緊張しながら、待合場所であるギルドに向かう。モフも連れてきて欲しいとのことなので、モフは俺の肩に乗せたままだ。
ギルドの建物前に着いた俺は、一台の高級そうな馬車が止まっているのに気付く。
馬車の中から、いかにも執事といった感じの年配の男性が降りて来て、俺に話しかけてくる。
「トール様でございますか?」
「はい」
「私はフォレスタ家の執事クリフトと申します。本日は当家の招待を受けていただきありがとうございます。当主に代わってお礼申し上げます。早速ですが、参りましょう」
こうして俺は馬車に乗せられ、領主邸までエスコートされるのだった。
領主邸に着き、クリフトさんの案内で来賓客用と思われる高級そうな部屋に通された。部屋には誰もいない。クリフトさんは領主を呼びに行くということで一旦いなくなる。
う~ん、なんだか落ち着かないな……。
残された俺は、高級そうなソファに座ったまま、膝に乗せているモフをもふもふして、緊張をほぐす。
何気に部屋の入り口に目を向けると、なぜか扉が少し開いている。
よく見ると、扉の隙間から少女がこちらを覗いていた。
「あっ!」
その少女は声を発し扉の向こうに隠れる。
……ん? なんだろうか? かくれんぼかな?
俺はちょっと面白くなって、わざと気づかぬ振りをしながら、モフと戯れてみる。
「よ~し、よしよし~。モフはもふもふしてて気持ちいいなあ~~」
横目でもう一度扉の方を盗み見る。
すると、先ほどの少女が扉の隙間からまたこちらを覗いていた。どうやら俺たち――特にモフに興味津々のようだ。
俺は少女に向かってニッコリと笑いかけ、手招きする。
少女は恐る恐るではあるが、扉を開けて部屋に入り、そろりそろりとこちらに近づいて来た。
年齢は10歳前後だろうか。奇麗な銀色の髪に薄い青色の目をしている、美しい少女だ。
「触ってみるか?」
俺は少女に微笑んで話しかける。
少女は一瞬、ハッとした顔をしたが、ゆっくりとモフに手を伸ばし始めた。
「……うわぁ……ふわふわ……」
モフをゆっくりと撫でる少女。モフは嬉しそうに目を細めている。だんだんと少女の顔が明るくなり、笑みに変わる。
「お兄ちゃん、この猫さんのお友達?」
少女は初めて俺に話しかけて来た。
「おう、友達だな。それに家族でもあるんだぞ~」
「そうなんだ……。いいなぁ……」
「そっかー、じゃあ俺たち三人でお友達になるか?」
俺は、ちょっとしたノリで言ってみた。
「えっ!? いいの! うんっ! お友達になるっ!!」
少女は弾けるような笑顔を見せて言った。
「おう、俺の名前はトールだ、呼び捨てでいいぞー。冒険者をやってるんだぞ~」
「えっ、トール、冒険者なの!? すごいなぁ~。私の名前は、ミレアだよ」
「そっかー、ミレアかー。いい名前だな」
俺は少女をソファの隣に座らせて、モフを少女の膝の上に乗せる。少女は、モフを抱きかかえるようにして、嬉しそうにもふもふし始める。
「にゃ~ん♪」
モフも心地よさそうにして目を細めている。
「これは驚いた。ミレアがこうも懐くとは珍しい」
急に俺たちの後ろから、男性の声が聞こえてきた。
振り返ってみると、俺たちの後ろに二人の男性が立っている。一人は先ほどの執事のクリフトさん、もう一人はおそらく当主のフォレスタ男爵に違いない。
「お、お父様っ!!」
「はっ。これは大変失礼いたしました」
俺はソファから立ち上がって頭を下げる。
「ハッハッハッ! トール君といったかね。そう畏まらなくてもいい。……それにしても、もう娘と仲良くなったようで少々驚いている。ミレアは人見知りなのでな」
フォレスタ男爵は、さも愉快そうに話しかけてくる。
「改めて自己紹介しよう。私はフォレスタ家の当主、レオナール・フォン・フォレスタだ。男爵位をいただいている。そして、そこに居るミレアの父親でもある」
「は、初めてお目にかかります。トールと申します。冒険者をしております」
「うむ、トール君。君のことはギードから聞いている。なかなか面白い冒険者だとな。まあ、座り給え、ミレアもそのまま一緒でかまわないぞ」
俺とモフを抱えたミレアはソファに座りなおし、男爵も向かいに座る。すかさず、いつの間にか現れたメイドさんが、紅茶やお菓子をテーブルにそっと置いてきた。
「まずは、礼を言おう。先日の依頼の件だ。なかなか依頼を受けてくれる冒険者がいなかった中、よく依頼を果たしてくれた。本当にありがとう」
男爵は少し頭を下げ、礼を言ってくる。
「いえ、そんな……。たまたまうまくいっただけです。こちらこそ領主様直々にお礼を言われるなんて、恐縮至極に存じ奉りまする……」
……つい変な言葉が飛び出してきた。こういう時どんな言い方をすればいいのかわからないの……って、つい、前世で観た時代劇で出てくるような言葉で応えてしまったじゃないか。
「ハハハ、冒険者の言葉は私には少々難しく感じる時はあるが、まあ、言いたいことはなんとなく分かるな」
男爵は笑いながら言う。
いやいや、冒険者の言葉じゃないって……まあ、せっかくだし勘違いさせておこう。
意外と気さくな感じで会話が進み、ダンジョンでの冒険のことやギルドのこととか、最近のフォレスタ領のちょっとした事件だとか、とりとめのない話をする。モフについてもいろいろと詳しく聞かれ、俺の従魔になった経緯などを話したら、しきりに関心を示していた。
「さて、トール君、食事会の用意が出来ているようだ。実は、今日はミレアの10歳の誕生日なのでね。ぜひ一緒に食事でもしながら祝って欲しい。すでに来客も来てるようだし、トール君に紹介しよう」
片目をつぶり少し悪戯っぽく笑いながら言う男爵であった。
そうか、今日はミレアの誕生日だったのか。
その後、俺は、食事会場への案内をしてくれているメイドさんに一言断って化粧室を借りた。化粧室に入ってすぐに俺は、もふ猫のポーチをあさりながら、ミレアへのプレゼントを考える。
う~ん、何かないか。キャッツアイは奇麗なネックレスだけど、ちょっと大人向けかな……。あ、そうだ、風のリボンなんかどうだろうか。薄い緑色で蝶の形を模った可愛らしい奇麗なリボンだ。きっとミレアに似合うに違いない。よし、これに決めた!
俺は化粧室から出て、再びメイドさんに案内されて、食事会場に向かった。
会場に通された俺は、テーブルに並ぶ豪華な料理の数々に少々圧倒された。
今日はミレアの誕生日ということもあり、華やかな雰囲気だ。身内での食事会ということらしいので、人数は少ないようだけど。
そういえば、ミレアの母親である男爵夫人の姿が見えないな。まあ、後で紹介してくれるのかな。
ミレアがモフを抱えて会場内のソファに座っているのが見えた。
ミレアの周りには3人の若い女性が集まっており、ミレアと談笑している。3人ともなかなかの美少女だ。年齢は俺と同い年か少し下くらいだろうか。
なぜだかその3人美少女のうち2人は、猫耳のようなものや尻尾などを付けている。もう1人は、猫耳ではないが長い耳を付けている。
ほほーう、コスプレか……。なかなか面白い趣向だな。前世でのコスプレパーティーを思い出すな。俺もなにかやったほうがいいのかな? 以前ハロウィン祭りのときに着たような衣装や仮面でも身に着けるか?
などとミレアの周りにいるコスプレ美少女たちを観ながら考えていると、ミレアが俺に気が付いたようだ。
「トール! こっちこっち!」
ミレアは弾んだ声で俺を呼ぶ。
周りのコスプレ少女たちも振り返り、俺を見る。
「おー、ミレア、誕生日おめでとうー!」
俺は手を挙げながらミレアに応える。
長い耳のコスプレ少女が、少しびっくりしたような様子で俺を見つめてくる。
……うん、あれはエルフのコスプレだな。しかし良くできてるな、まるで本物みたいだ。俺は前世にやったゲームやアニメなどで良く出てくる定番のエルフの姿を思い出す。
「あなたがトールなの? 人見知りのミレアに友達が出来たって聞いたけど、まさか本当だったとは……驚きだわ……」
エルフ少女が俺に向かって話す。
「おう、ミレアとモフと俺の三人は友達同士だぞー。なー、ミレア」
「うん、トールとモフちゃんとはお友達っ!!」
3人のコスプレ少女は信じられないといった顔で固まっている。
「トール君、ここにいたのか。早速だが彼女たちを紹介しよう」
後ろから男爵の声が聞こえた。
「トール君。こちらの女性たち三人は、私が懇意にしている冒険者のメンバーだ。右から順に、エルフ族のエミリー、猫獣人族のミーア、狐獣人族のイナリだ。最近フォレスタの街に活動場所を変えたばかりなので、トール君さえ良ければ、この街のことをいろいろと教えてあげて欲しい」
…………。
…………。
「コスプレじゃなかったんかーーい!!!」
俺は盛大に突っ込んでしまった。
「ん? こすぷ……?」
「あ、いえ、なんでもないです。すいません、急に声を張り上げたりして……。取り乱しました」
まさか、本物だったなんてびっくりだよ。
こうして俺は男爵から3人の女性冒険者を紹介されたのだった。……エルフのエミリー、猫獣人のミーア、狐獣人のイナリ、そして3人とも年齢は17歳だそうな。
それから、ミレアの誕生日を祝って、食事会が始まる。
俺は今まで食べたことのない美味しい料理に感激する。モフも食事に招かれ美味しそうに食べている。
食事が概ね終わったころ、男爵がミレアに誕生日のプレゼントとして「もふ猫のフード」を渡すと、ミレアは大喜びしていた。
美少女3人組もそれぞれ、ミレアにプレゼントをしていて騒いでいた。
俺も、風のリボンをプレゼントすると、早速その美しい銀色の髪にリボンを付けて大喜びしていた。……うん、似合ってるな。
そんなこんなで、昼の食事会が終わり一休憩した後、俺は美少女3人組と一緒に、ミレアの案内で、領主邸の庭園を見せてもらうことになった。
庭園に向かおうとした時に、俺は男爵からそっと呼び止められた。今までとは少し違う生真面目な顔をして、庭園を観た後でいいので、後で相談したいことがある、とこっそりと俺に言ってきたのだった。
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