2話 ホーンラビットと戦う
これから俺は、ホーンラビットと戦う。
勝利してレベルを上げるのだ。
そして、運が良ければドロップアイテムのうさぎ肉を手に入れることが出来るかもしれないな。
そうだ、今晩の夕食はうさぎ肉だ! 肉祭りだ~! リンもきっと喜ぶだろう。
……おっと、変なテンションになってしまった。さて行くか。
「ふぅー」
大きく深呼吸して、初めて2階層へ足を踏み入れる。
ダンジョンの風景は1階層と特に変わりはない。広めの洞窟が奥へと続いている。
「しばらくは入り口付近をうろうろするかな……」
初めてなのであまり奥にはいかないほうがいいだろう。いざ危険となったら1階層に逃げ込むことも視野に入れないとな……。
「……ん?」
奥の方で何かが動いたような気がした。
「……で、出た!?」
赤い目が薄暗がりからランランと怪しく輝いてる。その目の上、額の辺りに鋭い角があった。
「ホーンラビットか!!」
俺が身構えたと同時に、ホーンラビットは真っすぐに俺に向かって駆け出してきた。
「キュウウウウウウーー!!」
叫びながら勢いよく飛び掛かって来るホーンラビット。
「ハッ!」
とっさに身をかわす。角が脇腹をわずかに掠る。
「――うわっ! 危ねぇ」
間一髪だった。
すぐに振り返り短剣をかざしてホーンラビットと対峙する。
――また飛び掛かってきた。
交わし際に短剣を横なぎする。
キィイイイイーーン!
短剣とホーンラビットの角がかち合い交差する。
短剣を持った腕に強烈な痺れが襲い、よろける。
「まじか……」
思ったよりもすばやく力強い。
――また来た。
今度は避けることも出来そうにない。
とっさに短剣を前にかざして防御姿勢を取る。
ガキィイイイイイイーン!!
短剣を持つ腕と脇腹に強烈な衝撃が来た。
「うっ……!!」
気が付くと吹き飛ばされて地面に尻もちをついていた。
脇腹に強烈な痛みを感じる。
自分の腹部を見ると、皮の鎧が破れ穴が空いていた。
猛烈な痛みで体が上手く動かない。足が震える。
まずい、まずい……
1階層に逃げ込むか?
いや、こんな状態で背を向ければ確実に後ろから突かれるだろう。
ホーンラビットは勝ち誇ったような眼をして、突進の溜めをしている。
まずい……まずい……まずい……
横腹の傷は大きいようだ。出血もしている。痛みと恐怖で体に力が入らない。
もうだめなのか……
冷や汗が流れ、意識が混濁し始める。
「キュウウウウウウウーー!」
ホーンラビットの叫び声と共に、鋭い角が目の前に迫って来る。
――とその時に、朦朧とした俺の頭の中で走馬灯のように記憶が遡って行った。
◇
人は死に直面すると、過去のことを走馬灯のように思い出すと言う。
時間にして一瞬なのか永遠なのかわからないが、いろいろな想い出や経験が、現在から過去へ向かって、次々に記憶が蘇る。
今日の朝、リンが布団にダイブしてきて起こされたこと――
昨晩のリンとの食卓――
スライムを倒し続けた日々――
1年前の冒険者になった日のこと――
両親が亡くなって、リンと二人で泣いた夜――
両親がまだ生きていた時の家族での思い出の数々――
まだ幼いころ、冒険者になるぞ! と息巻いていた自分――
――――そして、生まれる前の自分の記憶までも蘇った。
不思議な空間で、女神のような神々しく美しい女性と向き合っている俺がいた。
「あなたは残念ながら亡くなりました。これから異世界に転生することになります」
女神は、少し憂いを帯びた表情で俺に告げる。
一瞬呆けている俺に対し、続けて女神は話す。
「転生に際して、なにか希望はありますか?」
それに対して俺は答える。
「俺の好きなゲームのような異世界に転生したいです」
女神は俺の心を読むようにゆっくりと頷く。
「ふむ、ゲームですか。……あなたの好きなゲームというものは、具体的にどういうものなのでしょうか?」
俺は勢い込んで話す。
「剣と魔法が支配するファンタジーゲームです! ダンジョンとかあって、魔物を倒し、レアなアイテムや素材が得られ、広大な世界を冒険する、ワクワク感のあるゲームです!」
「そ、そうですか……。そういった感じの異世界に覚えがあります。では、そこに転生させましょうか?」
「本当ですか!! ぜひそこでお願いします! ありがとうございます。女神様!」
若干、俺の勢いに引き気味の女神様だった。
「わ、分かりました。……そ、そうですね、転生後には女神の加護を一つ与えましょう。どのような加護を望みますか?」
「えっ! 加護を頂けるのですか!! やったー! それでは、レアなアイテムや素材などが得られる加護が欲しいです!」
俺はそう答えた。
「……ふむ、解りました。で、では転生させます。記憶が無くなり生まれ変わります。いつか記憶が蘇ることもあるかもしれません。……では、あなたの新たな人生に祝福を……」
――そうして記憶が再び遡る。
俺は仕事の帰り、疲れているが、速足で歩いて帰宅していた。
そう、確かあの頃、ブラック企業で働いていたな。仕事は忙しく、ストレスとなって日々積み重なる。そして、毎夜疲れて帰宅する。
しかし、辛い社会生活ではあったが、俺にはゲームがあった。ゲームをしているときは嫌なことも忘れられ、楽しく過ごすことが出来た。
ダンジョンなどで魔物を倒して、レアアイテムや素材などを手に入れ、広大な世界を冒険する。俺はそういったファンタジーゲームを好んでプレイしていた。
ただそれだけで夢中になっていた日々。
ひどい時は、休日は朝から深夜まで、まだ見ぬレアアイテムを求めて、モンスターを狩りまくっていたものだ。食事も忘れて、ぶっ倒れたときもあったけど、楽しかったな……。
そう、あれはたしかクリスマスイブの夜だった。
急いで帰宅し、値引き品のチキンを食べ、ビールを飲みながら、パソコンの電源を立ち上げ、うきうきとゲームを始めた。イブに独りでゲーム……最高じゃないか!
酒も入って少し酔っていたように思う。
あの日、ゲームの中で、巨大なうさぎの魔物と戦った。
なんとか魔物を倒した後に、虹色に輝くアイテムをドロップした。虹色のアイテムは激レアアイテムで、入手はとても困難なものだ。
俺は奇声を上げて、狂喜乱舞した。
その直後、極度の疲れとあまりに興奮しすぎたせいか、目の前が真っ暗になり――
――そして、俺は亡くなった。
俺は前世の記憶を取り戻した。
そして、死後、女神様の導きにより、この世界に転生したことをはっきりと思い出した。
「そうだ! たしかにそうだった!」
俺は、なんだかすごい懐かしさを覚えて、興奮した。
――と同時に痛みがぶり返し、俺は現実に戻された。
そして今、俺の目の前にはホーンラビットの角が迫って来ていた。
「くっ! こんなところで死んでたまるか!」
俺は奮起した。
そうだ! 肉だ! うさぎ肉だ! リンに食べさせてやるんだ!!
「お前の肉を寄こせえええええー!!」
俺は無意識に絶叫していた。
両手で強く短剣を握りしめ、無我夢中で前に突き出した。
その瞬間だった。
≪ユニークスキル『女神のドロップ』を獲得しました≫
――天から声が聴こえてくる。
「グキイイイイイイーーン!」
強く握りしめた手のひらに衝撃が走った。――と同時に確かな手ごたえを感じた。
「あ……」
角をギリギリに避けてホーンラビットの眉間に俺の短剣が奥深く突き刺さっていた。
「ギャギヤアアアアアアア!!」
断末魔のような悲鳴を上げるホーンラビット。
≪レベルが4に上がりました≫
徐々に霧のように消えていくホーンラビット。
消えたホーンラビットの中心から、金色に輝く何かが落ちてくる。
コロン。
≪レアアイテム、『極上のうさぎ肉』をドロップしました≫
「や、やった……」