138話 行方不明の少女と指輪のオークション
昨日のオークションでゲルダ商会一味によって買い占められた商品は、ブランダさんの計らいにより、ポルポワール商会の一般店舗で、格安販売された。
元々、これらの商品のほとんどは、俺たちがダンジョンから仕入れたもので、一般的な販売価格の半額でブランダさんに買い取ってもらった物だ。
したがって、少々格安で売ったとしても、ブランダさんには十分な利益が出るので問題ないのだ。
こうして、昨日オークションで買えなかった客も、安く買うことができ、皆大喜びだったようだ。
これで、ポルポワール商会の人気は、ますますうなぎ上りとなるな。いいことだ。
そして、次回のオークションについてだが、ブランダさんと皆で相談し、低級レベルのユニークアイテム(装備品)を実験的に1点だけオークションに出すことに決めたのだった。
そのユニークアイテムは「黒炎の指輪」。
領都のC級ダンジョン10階層に出現するリトルリッチのユニークアイテムだ。
赤黒い髑髏のような不気味な指輪だが、マニア心をくすぐるような魅力を持つ指輪だ。
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黒炎の指輪(ユニークアクセサリー:指輪)
・装備時、魔力+10
・付与スキル 火魔法Lv2、闇魔法Lv2
・魔力回復(小)
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そして念のため、リンの持つ『聖杖イーディカ』のスキル「聖光のアイテム」を、その指輪に事前に付与しておいたのだった。
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スキル:聖光のアイテム
・任意のアイテムに「聖光」を付与させる。
・「聖光」を付与された装備アイテムは、悪人や犯罪者は、装備出来なくなる。
(消耗品などのアイテムにおいては使用効果が出なくなる)
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さて、どうなるだろうか。
◇
今夜もポルポワール邸では、皆で豪華な晩餐会だ。
美味しい夕食を満喫し、皆は幸せそうだ。
「皆様、デザートをお持ちしました」
メイドさんたちが、食後のデザートを持ってくる。
「にゃ~! デザートが来たにゃ~!」
「「やったー!」」
「おお、苺のショートケーキもあるぞっ!」
メインディッシュをすべて平らげた皆だったが、デザートは別腹らしい。
みるみるうちにデザートが無くなって行く。すごい食欲だ。
デザートをあらかた食べ終え、幸せそうな顔でゆっくりと紅茶を飲む皆。
ブランダさん夫妻は、そんな皆を微笑みながら見つめている。
「ああ…デザートと言えば、ターニャの作るデザートは本当に美味しかったな……」
「そうね……。あの子はすごく料理上手だったわね。特にデザートにかけては料理長をも凌ぐほどの腕前だったわね……」
「ほんと、ターニャちゃんの作るスイーツは美味しかったのですぅ……」
ブランダ夫妻とシャンテが、少ししんみりとした表情で言う。
ん……なんだか寂しそうな感じだな。どうしたのだろう……。
「ああ、すまない、ついターニャのことを想い出してしまったのだ……」
ブランダさんの話によると、ターニャさんはポルポワール家に仕えるメイドさんで、年齢はシャンテと同じ16歳の可愛い少女とのこと。
そして、半年ほど前のこと、一時休暇で実家に帰る途中で、馬車ごと行方不明になったらしい。
騎士団に捜索依頼をしたが、未だに消息不明で、ひよっとすると盗賊団などにより人攫いにあったのかもしれないとのことだった。
「にゃ~、可哀想だにゃ~……」
「ぶ、無事だといいけど……」
「きっと大丈夫なのじゃ……無事を祈るのじゃ」
ターニャさん……なんとか無事でいてくれることを俺も心の中で祈った。
◇
朝が来た。
今日はオークションが開催される日だ。
先日と同じように、ブランダさんと一緒に皆でオークション会場にやって来た。
会場内は前回に引き続き活気に満ちていた。
参加者全員の期待の籠った視線が壇上に注がれている。
早速オークションが始まり、熱狂の中で、次から次へと落札されている。
「にゃ! またこの前の怪しい団体がいるにゃ!」
「むむ、またいるのじゃー」
「ほんと、懲りない連中ね……」
前回のオークションのときにいたゲルダ商会の面々がまたしても会場内にいた。
ただし、今のところ積極的に競りに参加している訳では無く、様子見をしているようだ。
やがて、今回のオークションの目玉である俺たちの出品する『黒炎の指輪』の紹介が始まった。
壇上の進行役の男性の声が会場内に響きわたる。
「さてさて、次の商品は大変珍しい指輪です! なんと! 火魔法と闇魔法の2種類の属性が付与されている貴重な指輪です! それぞれの魔法レベルは2。また、装備時に魔力が10も上昇する、大変素晴らしい指輪です! そして、皆さん、よくよくご覧ください! この指輪の形状! 髑髏の形が怪しくもなんと魅力的なことでしょうか!!」
「「「おおおおーーー!!」」」
会場内から驚きと興奮の歓声が上がる。
様子見していたゲルダ商会の人たちの顔色が変わるのが見えた。
どうやら、本気でこの商品を落札したいという雰囲気が伝わってくる。
「さてさて、始める前に、改めて確認事項です。この会場にいらっしゃる参加者の方々は皆、こころ正しき紳士、あるいは淑女の方であると私どもは信じております。これから入札される方々に、犯罪歴のある方はいらっしゃいませんよね? もしそうであるのならば、ルール上ご退席を願います。もし、そのような方が落札したら、きっとその人には天罰がくだることになるでしょう! 私、言いましたからねっ! ちゃんと言いましたからねっ!」
「「「ワハハハハハーー!!」」」
ユーモアたっぷりの進行役の男性の言葉に、会場内から爆笑の声が上がる。
ゲルダ商会の人たちは、どこ吹く風といった感じで、小馬鹿にしたような顔でニヤニヤ笑っていた。
そして――300万ギルから競りが始まった。
「350万ギル!!」
「400万ギル!!」
「500万ギル!!」
「700万ギル!!」
・
・
「1000万ギル!!」
「「「おおおお!!!」」」
会場中が更に活気に溢れてくる。目まぐるしく買いの手が次々に上がる。
「1200万ギル!!」
「1500万ギル!!」
「2000万ギル!!」
「2500万ギル!!」
「3000万ギル!!」
「「「おおおおーー!!」」」
「と、トール君、す、すごいな!」
「そ、そうですね……」
「にゃー! すごい人気だにゃー!」
「す、凄まじいな……」
ゲルダ商会の幹部の人の手が何度も上がっているな。確か「ガルバン」という人だったっけ。
なんとしても手に入れようとする執念を感じるな……。
「5000万ギル!!」
「6000万ギル!!」
「7000万ギル!!」
「1億ギル!!」
「「「おおおおーーー!!」」」
熱狂の中、更に値が吊り上がっていく。
「1億2000万ギル!!」
「1億3000万ギル!!」
「1億5000万ギル!!」
ガルバンが大きく手を挙げて叫んだ。
「ええい! めんどくさい! 3億だ!! 3億!! これでどうだあああ!!」
「「「おおおおーーー!!」」」
参加者の全員が驚き仰天していた。
「3億出ましたあああ!! 他の方々! どうですか!? 3憶です! どうです? いらっしゃいませんか!?……」
進行役の男性の声が響き渡り、一瞬の静寂が訪れた。
さすがにそれ以上の値段での応戦は無いようだ。
カーーーーン!!
落札のハンマーが叩かれ、会場中に響き渡る。
「3億!! 落札です!! おめでとうございます!!」
「「「おおおおーーー!!」」」
「よしっ!! やったぞ!!」
ゲルダ商会のガルバンはガッツポーズを取っていた。
◇
――ゲルダ商会、会長室にて
ゲルダ商会の商会長であるゲルダは、先日とは打って変わって上機嫌だった。
「ゲルダ様、どうですか!! この指輪の素晴らしさは!! 3億という高額での落札となりましたが、それに見合う価値が大いにあると思います!! もう2度とこんな商品は出てくることは無いでしょう!!」
「よくやったガルバン!! これは売り物ではなく、私の宝物としよう! それにしても、なんと魅力的な指輪なんだ! この髑髏の形が実に良いぞ! 魔法が使えない私だが、火魔法と闇魔法が使えるようになるとは――なんと素晴らしい!!」
「そうでしょうとも、そうでしょうとも! ゲルダ様! これはゲルダ様にこそふさわしい最高の指輪です!」
「よし! 早速、装備してみるか! くっくっくっ…我ながら興奮してきたぞ! ガルバン!」
ゲルダは、その指輪「黒炎の指輪」を左手の中指にはめようとする。
――その時だった。
パチィイイイイン!!
「うわっ! 痛っ!」
ゲルダが指輪を指に嵌めようとした瞬間に、指輪から白い光が発し、弾かれたのだった。
「な、なんだ、これは!?」
再び指にはめようとするゲルダ。
しかし、またしても弾かれ、指に装備出来なかった。
「ど、どういうことだ! お、おい、ガルバン! お前、ちょっと装備してみろ!」
「あっ! は、はい! ……では、お借りして……」
パチィイイイイン!!
ガルバンもゲルダと同様に、その指輪を装備することが出来なかった。
「な、な、なぜ装備できない!! ど、どうしてだあああ!! な、何か指輪に細工でもされてるのか!? ぽ、ポルポワールの奴らの仕業なのか!? く、くそっ! こ、これでは3億の資金を投じたのが無駄になるではないかっ!」
「げ、ゲルダ様! お気をたしかに……」
(カチャ)
ドアノブが開き、一人のメイド服の少女が、恐る恐る室内に入ってくる。
「だ、旦那様……こ、紅茶をお持ちしました……ひっ!」
ゲルダの顔は怒りで真っ赤に染まっていた。
「や、奴らめ! こ、この俺を舐めくさりやがって!! ゆ、ゆるさんぞ!! く、くそどもがああああああっ!!」
室内にゲルダの怨嗟の声が、再び響き渡る。
怒りのあまり興奮しすぎたゲルダは、前回かなり薄くなった髪の毛が、更に抜け落ち、禿げあがるのだった――。