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126話 月の巫女と世界樹の泉 


 俺たちは、ついに世界樹の泉に到達することができた。


 そして、皆は圧倒されていた。


 巨大なドーム状の空間内は、とても言葉ではいい表せないほどの生命力に満ち溢れている。


 目の前には、緑色に輝く泉が、湖のように広がっている。

 その泉の表面は、緑色に光り、弾けるように踊っている。凄まじい生命力を感じる水だ。


 世界樹の泉の水には、不老不死の効果があり、どんな病気やケガ、呪いも治すとの伝説がある。


 今まさに目の前にある泉の水は、伝説通り。それほど、神聖で力強い命の力を感じる。


 そして、この空間の場の天井付近に、2つの巨大な穴が開いている。


 左手に一つ。右手に一つ。

 

 なんと驚くことに、左手の穴から、大勢の人たちが宙に浮きながら、次から次へと、世界樹の泉へ向かってゆっくりと降りてきていた!

 

 その大勢の人たちの体は、半ば透明になっていて、白く薄い光を放っている。全員目を閉じたまま、まるで安らかに眠っているようだ。



 俺は直観する。彼ら彼女らは、亡くなった人だ!



 大半がお年寄りだが、大人もいれば子供もいる。また、まだ幼児にも満たないだろう小さな子もいる。


 次から次へと、ゆっくりと降りて来て、光輝く世界樹の泉に近づいていく――。


 そして、泉に触れた瞬間に、眩くまでの緑色の光に包まれていく人たち!


 まるで、今まさに新たな命を得たように、生き生きとした光輝く(たま)の姿に変わっていく。


 そして、その命に満ち溢れた珠は、そのまま右手の天井の穴に向かって吸い込まれながら、新たな生として、旅立っていく――。



 その光景を目の当たりにし、俺は、驚きと共に厳かな気持ちになる。



「ああ! なんて……すごい!」

「な、なんといっていいのか……神聖な光景だ……」

「これが、転生の真の姿なのね……」

「すごいのにゃ……」


 俺たち全員が、そのあまりにも幻想的で神聖な光景に、見惚れていた。



 俺は思い出す。以前、エルフの里で温泉に入った、あの月夜の晩のことを。

 あのとき、クランハウスのバルコニーで、満天の星空を眺めながら、エミリーはこう語っていた。


『人は死ぬといずれ世界樹のもとに戻り、また世界樹から生を得て、この世界のどこかに生まれ変わる。こうして命は循環していく。エルフ族の皆はそう信じているわ』



 今、まさにその光景を目にし、俺は、それが真実だったと確信し、心が洗われたような気分になる。



 俺はエミリーを見つめる。


 ――その時だった。


 エミリーの胸元にあるユニーク首飾りが、金色に輝きだした!


「あっ!!」


「「わわっ!!」」

「にゃ!? エミリーの首飾りが光ってるにゃ!」

「ほんとなのじゃ! 首飾りが世界樹の泉を求めているのじゃー!」



 エミリーは、輝くその首飾りを首から外し、そっと両手に持ち、世界樹の泉に近づく。


 その首飾りの名は、トゥーマ・レム・ミルア――"月の巫女の魂"


 エミリーは、その"月の巫女の魂"を、煌めく世界樹の泉にそっと触れさせる――。


 その瞬間、眩くばかりの光が、エミリーの手のひらの首飾りから発する。


「「「おおおお!!」」」


 エミリーは、首飾りを泉に差し出し、後ずさる。


 首飾りは更に眩しく輝き、徐々に、徐々に、一人の女性の姿に変貌してくる。


「「「おおおお!!」」」


 驚愕の表情で、その光景を見つめる皆。



 そして、そこには、白いドレスのような服をまとった、美しい女性が立っていた。


 月の巫女だ!!



 その女性は、微笑みながら俺たちに話しかけてくる。


「フーリムス ル・ノメ・イ・ルーナ レム・ミルア …………サーシェ…………」


 どうやら、古代の言葉で話しているようだ。


 ミレアが、微笑みながら頷き、魔法を唱える。


「女神の大樹Lv9――言語理解。共通言語変換!」


 ミレアの手から、きらきらと輝く霧が現れ、月の巫女に降り注ぐ。


 彼女は、少し驚いた表情をみせたが、すぐに笑顔に変わる。


「初めまして、皆さま。私は、月の巫女、ルーナと申します。私にかけられた呪いを解いてくださり、大変感謝いたします」


 そう言って、月の巫女、ルーナさんは、俺たちに向かって微笑むのだった。





 ついに月の巫女と邂逅(かいこう)した俺たち。


 泉の近くの奇麗な絨毯のような芝生の上で、ルーナさんと一緒に輪になって座り込み、語り合う。


 いろいろと聞きたいことが山ほどあったのだ。


 ルーナさん自身のこと。古代のこと。魔王のこと。

 また、A級ダンジョンの迷宮主、古代竜アルタインが、消える間際に語りかけてきた "深遠の迷宮" について。

 そして、精霊神とその伝説。更に"魔神"の存在について――。


 俺たちは興奮しながら、月の巫女、ルーナさんに聞くことにする。

 真っ先にエミリーが、いろいろと質問を始めた。


 ルーナさんは、エミリーの質問に対して、丁寧に応えてくれる。



 微笑みながら語るルーナさんは、意外に気さくな感じの女性だった。




「なるほど……やはりルーナさんは、月を治める精霊神に仕えていた巫女だったのですね。それで、魔王が月を乗っ取って、精霊神は、魔王によりある場所に幽閉された……。そしてルーナさんは、エルフの里に逃れかくまわれているところに、魔王が襲ってきて、魔王の呪いにより蛇の姿に変えられたと……。伝説の通りだわ!」


「はい。私、水蛇に変えられて、随分と長い間、あの滝の裏の洞窟のダンジョンに、迷宮主として縛られていたのですわ。今では、あれから何年経ったのかも分からないのです。遠い昔の出来事のように思えるのですわ。……そして、皆さんが水蛇になった私を倒してくれた際に、私の魂そのものがアイテムとして変化し切り離されたことで、水蛇から首飾りに変わったのです。今まで何度も冒険者たちに倒されてきたのですが、こんなことは初めてだったので驚きましたわ……」


 ルーナさんは少し首をかしげる。

 そして再び話始める。


「そう、私は、『ラビ』…いえ、精霊神をお助けしないといけないのです。なぜなら、精霊神は、"魔神" を知る唯一の存在だからですわ。悠久の時が経ち、今このとき、魔王と共に、魔神の復活が迫って来ているのを私は感じるのですわ……。

 魔王は勇者の力で倒せる可能性がありますが、魔神は強大な力を持ち、女神ミルレリア様に匹敵する存在なのです。魔神については、精霊神はあまり多くを私に教えて下さらなかったのですが、魔神に対抗するには、どうしても精霊神の力を借りる必要があるのです」


「にゃるほど……ところで、精霊神ってどんなお方なのかにゃ? やっぱり精霊なのかにゃ?」


「ふふっ、それは、会ってからのお楽しみですわ。意外とびっくりするかもしれませんよ?」


 ルーナさんは少しいたずらっぽい表情を浮かべ、微笑みながら答える。



 ほほう。それはちょっと気になるな。

 そう言えば、エルフの図書館のブックさんから聞いた伝説では、『精霊神は一説には聖獣だったとも言われている』とされていたな。

 まあ、会ってからの楽しみとするか。

 


「ところで、伝説では、月の巫女…ルーナさんは、精霊神が幽閉されている場所を知っている、ということになっているのですけれど、その場所をご存じでしょうか?」


「はい。そこは、おそらく "深遠(しんえん)の迷宮" で間違いないと思いますわ」


 深遠(しんえん)の迷宮! 


 その言葉が出たか。そこは、古代竜アルタインが語った、彼の兄弟たちが囚われているところだ。


 俺はルーナさんに聞く。


「ルーナさん、深遠の迷宮とは一体どのような迷宮なのでしょうか?」


 ルーナさんは、ゆっくりと頷き、軽く目を閉じながら話す。


「深遠の迷宮とは、"世界樹の命の循環"と対をなすものなのです。そうですね……人間は死ぬと、世界樹の命の通り道、つまり世界樹の織り成す長い洞窟のような道を通り、ここ世界樹の泉の元に戻ってくるのです。そして、泉に触れることで新たな生を得て、再び世界樹の洞窟を通り抜け、この世界のどこかに生まれ変わるのです」


 一息ついてルーナさんは更に語る。


「そして、深遠の迷宮とは、魔物の命の通り道なのです。魔物は死ぬと、深遠の迷宮に入ります。そこは、果てしなく長い洞窟になっていて、どこまでも続いていると言われています。ただし、ほとんどのダンジョンの魔物は、死後、深遠の迷宮をくぐりながら、迷宮内の奥までいくことなく、迷宮の途中にいくつも存在する枝葉の洞窟に入り、再び命を得てダンジョンに戻ってきます。ダンジョンで死んだ魔物が、時間が経つとすぐに湧いて出て来るのはこういう仕組みになっているからなのです」


 なるほど! 俺はダンジョンで倒した魔物が、時間の経過で、絶えず湧いて出て来る理由が分かった気がした。

 そうか、死後、深遠の迷宮に戻った魔物は、迷宮内で再び生を得て、すぐに枝葉の洞窟を通じてダンジョンに戻ってくるということか。


 更にルーナさんは語る。


「とはいっても、高レベルで特殊な魔物は、深遠の迷宮からすぐに出てくるのではなくて、時間をかけて深部にまで向かう傾向があるようなのです。迷宮主や階層主はまたちょっと別になるのですが、特に固有種(ネームドモンスター)は、一度深遠の迷宮に入ると、悠久の時間をかけて、果てしなく長い洞窟をどこまでも進んでいくことになるそうなのです。特に強大な力を持つ固有種(ネームドモンスター)は、復活するまでにかなりの時を要し、迷宮深部に行けば行くほど、そういった強い魔物が存在することになるのです。……まあ、今私が申し上げたことは、すべて精霊神から聞いたことの受け売りですけれど……」


 そう言ってルーナさんは苦笑する。


「つまり、深遠の迷宮は、魔物の命の転生の循環経路であって、それに対して、人間の命の転生は、世界樹の循環経路によって成される、ということなのですわ」


 ふむ、要するに、人間と魔物とでは、転生の経路が違うということか。

 俺は思う。もし仮にモフが死んだとしたら、モフは俺の従魔ではあるが、あくまでも魔物なので、きっと深遠の迷宮に入ることになるのだろう。

 そうすると、ミレアのエルフの秘儀では、モフを生き返らせることはできないことになる。ミレアのエルフの秘儀(ユグドラシル)はあくまでも世界樹の循環のもとに蘇生させる魔法だ。

 俺はつい考え込んでしまう。


 エミリーがルーナさんに問う。


「それで、その深遠の迷宮はどこにあるのでしょうか? 私たち人間でも入れるものなのでしょうか?」


「私たちが世界樹の泉の場所を隠したように、深遠の迷宮の場所も、魔王により厳重に隠されているのです。しかし、私はその隠された深遠の迷宮への扉の場所を特定できる方策を持っています……」


 ルーナさんは、自分の服や体を手で探る動作をした。そして、ハッとした表情をする。


「わ、私の大事な『鏡』が無いわ! ど、どこかに落としてしまったのかしら! アレ(・・)がないと深遠の迷宮への扉の場所を見つけることが出来なくなるわ!!」


 ルーナさんは焦り、表情が青くなっている。



 ――鏡?


 俺は何か記憶に引っかかるものを感じた。


 何か思いだせるような気がするが、思い出せない……あれはたしか……。

 俺は必死に記憶をたどる。 


 思い出した――――!!



「そうだ! 月の水蛇のドロップアイテムだ! 確かレアアイテムに『鏡』のようなものがあったはず!」


 エルフの里の滝裏の洞窟内で確認した、あのレアアイテムだ!


 俺は、空間魔法のアイテムボックスをまさぐり、久しく忘れていたそのアイテムを取り出す。



~~~鑑定~~~

鏡花水月(きょうかすいげつ)(レア魔道具)

・深遠を示す鏡

~~~~~~~~


 その鏡の形状は円く、手のひらに収まるくらいのさほど大きくない金属製の鏡だ。

 唐草模様が刻まれた縁は銀色に光っている。縁に囲まれた鏡の中央部分は、まるで透明な水面のようで滑らかで美しい。見ていると吸い込まれるような不思議な感覚を覚える鏡だ。



「ああ!! トールさん! それです! その鏡が大事なのです! ああ……良かったですわ!」


 安堵する月の巫女、ルーナさん。


「この鏡こそ、唯一深遠の迷宮への扉を探り当てることのできる大切なものなのですわ」


 俺たちはホッと安心する。よし! これで大丈夫だ。


 

 俺たちは、これから深遠の迷宮に乗り込み、そこに囚われているだろう精霊神を助けに行かなければならない。また、古代竜アルタインが告げたように、魔王を倒すためには、そこに囚われている古の三竜のうちの二竜の力も借りる必要がありそうだ。確かその古代竜の名前は「デネル」と「ベーガ」と言ったっけ。


 これから俺たちは、深遠の迷宮という、新たなる旅――冒険に向かうことになるのだ。



 新たな冒険を前にし、俺たちは心を震わせながら、世界樹の泉を見つめる。


 今も亡くなった人々が、世界樹の洞窟を通ってここの泉に向かってゆっくりと向かってきては、泉に触れ、新しい命となり旅立っていく。


 皆の感嘆するようなため息が聞こえてくる。


 俺たちはその光景を、神聖な気持ちで眺め続ける。


 

 ――時を忘れるほどその光景に見惚れていた時だった。




「あっ!? お、お母さま!!」


 ミレアが驚愕の表情で、大きな声を張り上げた。


「あっ!! ろ、ロザリー姉さん!!」


 エミリーも驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。



 ミレアとエミリーの視線の先には、驚きの光景があった。


 左手の天井の穴から、穏やかな表情で目をつぶったままのロザリーさんの霊体が、世界樹の泉に向かって、ゆっくりと降りてきている!


 4年前にマルカの森で、死霊術師ニバラスによって屍にされたロザリーさん。

 その後、男爵たちと、その森へ向かい、俺が「レクイエム」で屍から本来の安らぎの死へと導いた。

 その、ロザリーさんの霊体が今、新たな(いのち)を得ようとしていた。


「あっ! ダンカン騎士団長もいるぞっ! そ、それに騎士団員たちも!!」


 現副騎士団長のアリシアさんも叫ぶ。


「ほ、ほんとだ!! ダンカンさんだ! それに大勢の騎士団員たちも!」

「ああ! みんな、世界樹の泉に来たのだわ!」


「みんな、これから転生するのにゃ! やったにゃ!」

「良かったのじゃー!!」

「「よかったね!」」

 

「お母さま……」

「ロザリー姉さん……」


 感極まった声で自分の母親の霊体に呼びかけるミレア。


 ロザリーさん、当時の騎士団長のダンカンさんを始め、マルカの森で屍から安らぎの死へと導かれた大勢の騎士団員たち。


 全員が、ゆっくりと、次々に世界樹の泉に触れ、命ある光輝く珠となって、新たな生へ向かって飛び立っていく。


「ミレア! エミリー! 良かったな!」


「うんっ! うんっ! …お母さま!」

「うん! うっ… ロザリー姉さん!」



 ミレアとエミリーの目には、涙がとめどなく流れていた。



 俺は思う。ミレアとエミリーを始め、ここにいる全員は、きっと今日この日のことを生涯忘れることはないだろう。 


 ――世界樹の泉。


 その命の根源は、生命に満ち溢れ、力強くそして優しく光り輝いていた。



これにて第3章「月の巫女と世界樹の泉」完結となります。

ここまでお読みいただき大変ありがとうございました。また、応援してくださった方々に深く感謝申し上げます。


*しばらく休載していましたが、第4章開始しました。

 第4章「失われた伝説を求めて」

 よろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
羨ましいぃ〜(´;ω;`) 言葉を交わせ無くも また姿だけでも 一目会えるなんて できるなら俺も 先に逝った昔馴染みの 仲間達に一目会いたい(´;ω;`) 名実共にリアルボッチ街道を 孤独に進むのに…
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