109話 ダンジョンオアシス
強敵ヒュドラを倒した俺たちは、新たに開いた扉をくぐり、38階層に入る。
洞窟内をしばらく進むが、敵は出てこない。
そして、また同じように、洞窟の突き当りに、大きな扉と水晶玉の台座があった。
次のボス部屋への入り口だ。
最下層かどうかは、入ってみないと分からない。
最下層に至るまでに、こういった階層部屋がいくつか存在し、階層主がいるのかもしれない。
階層主との戦いは、かなり体力、精神力ともに消耗する。
今日はまだ昼前だが、連戦は禁物だ。
「にゃ~。ヒュドラとの戦いで疲れたにゃ~」
「わらわもなのじゃ~」
「ほんと、神経がすり減るわね……」
「私は、猛毒がきつかったな……」
皆は、ボス部屋の前の地面に座りこんで休憩している。
今日の攻略は、ここで中止にしようと思う。
ダンジョンから出る前に、ヒュドラのドロップアイテムを確認する。
~~~鑑定~~~
ヒュドラの鱗(素材)
・希少な素材
・武器・防具、魔道具、錬金など様々な用途に使える
‥‥‥‥‥‥‥‥
ヒュドラの牙(レア武器:短剣)
・攻撃力(AR)16
・装備時、全能力値+15
・攻撃時、猛毒効果
‥‥‥‥‥‥‥‥
九首の耳飾り(ユニークアクセサリー:耳)
・装備時、全能力値+30
・付与スキル:猛毒ブレス
・付与スキル:回復の光
・自然回復(大)
‥‥‥‥‥‥‥‥
女神の九首の耳飾り(ユニークアクセサリー:耳)
(同上)
・空間ソケット《1》
~~~~~~~~
おお! 九首の耳飾り! 今度はイヤリングのユニークアイテムだ。すごい性能だ。
特に2つの付与スキルが凄そうだ。
猛毒ブレスに回復の光。ヒュドラの能力をそのまま受け継いだようなアイテムだ。
そして、レアアイテムは「ヒュドラの牙」という短剣だ。短剣のレア武器は、今まで出たことあったっけ? あまり、思い出せない。
ともかく、レア武器にしては、かなりの性能だ。AR、能力値上昇も高く、特に攻撃時の猛毒効果が有能そうだ。
ヒュドラの毒の強さを思い出す。ミーアとアリシアさんは危なかったな……。
通常アイテムのヒュドラのうろこも、希少な素材とのこと。どう使えばいいか分からないが、後でゆっくり考えるとするか。
「あっ! トールさん! そのヒュドラの短剣、いいですねぇ~。良かったら私に預けてみませんかぁ~」
シャンテが黒縁の鑑定眼鏡をかけて、ドロップアイテムを見つめている。
「お。シャンテ。この短剣が欲しいのか? いいぞー。どう使うのか知らないが、シャンテに任せるな」
俺はシャンテに「ヒュドラの牙」を渡す。
シャンテはキラキラした目で、その怪しげな紫色に光る短剣――ヒュドラの牙を、嬉しそうに見つめている。
「にゃ~。その短剣、毒毒しい色だにゃ~」
「ほ、ほんとだな。なんだか恐ろしいな……」
「でも、怪しげな美しさがあるわね」
さて、ユニークイヤリング(耳飾り)の方は、誰に装備させようか。
俺は考える。そうだな……たしか、モフはフェイズモフミィに進化して、耳のアクセサリーが装備可能になったはずだ。
まだ、イヤリングを付けてないのはモフだけだ。せっかくなので、モフに装備させよう。
それに、モフは回復魔法が使えなかったので、ちょうどいい。そして、猛毒のブレス、という新たな攻撃手段を持つのもいいかもしれない。
俺はモフの猫耳に、「九首の耳飾り」を付ける。
「にゃ~ん♪」
モフは喜んでいるようだ。
さて、今日はこれでダンジョンを出るか。休むのも大事だしな。それに、ヒュドラの洞窟部屋の地面がぬかるんでたせいか、皆の足が泥だらけになっている。
帰って、風呂にでも入るか……。
俺がそんな風に思っていると、シャンテが何か言いだした。
「あれ? ここの壁……なにか変ですよぅ~」
ボス部屋から離れて、反対側辺りの壁をシャンテがしきりに気にしている。
「トールさん、壁の一部の材質が変わってるみたいですよ~」
「ん……どれどれ?……」
俺はシャンテが指し示す壁を見つめる。
自然に鑑定機能が発動してくる。
―――鑑定―――
魔力翡翠の扉
・ダンジョンオアシスへの扉
・隠し部屋があるようだ
――――――――
「なっ! 隠し部屋!? ダンジョンオアシス!?」
つい驚いて叫んでしまった。
「と、トール! 今、ダンジョンオアシスって言ったわね!?」
エミリーが興奮したように言う。
「お、おう。鑑定によると、この壁に、ダンジョンオアシス? への扉があるみたいだぞ?」
「ほ、本当に!? それは素敵だわ!」
「にゃ? ダンジョンオアシスって何かにゃ?」
「わらわも知らないのじゃー」
「えっとね、ダンジョンオアシスと言うのは、ごく稀にダンジョンの下階層に存在すると言われている伝説の隠し部屋よ! 以前、図書館のブックさんから聞いたことがあるわ。とても珍しい隠し部屋で、楽園のような美しい部屋だと、伝説で語られているそうよ。そして中に温泉もあるらしいわよ!」
「「「温泉!!」」」
皆の目が、喜びで輝いた。
「にゃー! 温泉はいるにゃー!」
「わらわもじゃー!」
「ミレアも!」
「いいね! 温泉!」
「お、おう……と、とりあえず扉を開くぞー!」
俺は、壁に隠れて存在する「魔力翡翠の扉」をぐっと押す。
ゴゴゴゴゴ
ゆっくりと壁が内側に開く。
そして、皆でなだれ込むように、その隠し部屋へ入る。
ゴゴゴゴゴ
後ろで壁の扉が閉まる。
そして、俺たちが見たものは――。
ドーム型の美しい部屋だった。広さはかなりあり、天井も高い。
その天井から太陽のような光が優しく降り注いでいる。
周囲の壁は、光に照らされて淡く輝いている。
周りは美しい緑の樹に覆われている。樹には、色とりどりの果実が実っている。
自然があった。空気もすごく奇麗に感じられる。
そして、部屋の中央辺りに、緑色に光る温泉があった。湯気が立ち上り幻想的な光景が浮かび上がる。
まさに癒しの楽園といった感じだ!
「わあ! 奇麗!」
「にゃー! きれいだにゃー!」
「すごいのじゃー!」
「ほんと、素晴らしいわ! これがダンジョンオアシスなのね!」
「お、温泉もあるぞっ!」
「ミレア、温泉入りたい!」
皆が口々に叫ぶ。
天井からひらひらと美しい羽衣のような布が8枚ほど落ちて来る。
「あっ、これをまとって温泉に入ればいいわ!」
皆が樹の陰で、服を脱いで、その奇麗な布をタオルのように巻き付けて、温泉に飛び込んでいく。
俺も同じようにして、温泉に入る。
そういえば、エルフの里では水着を着て入ったな。こっちの方がいい感じだ。
「にゃ~。気持ちいいにゃ~」
「暖かいのじゃ~」
「すごいわ! 泥の汚れがみるみる消えていくわ!」
「疲れが一気に取れる気がするよ!」
泥だらけだった足が奇麗になっていく。どうやらこの温泉は浄化作用もあるらしい。すごいな。
温泉に入っていると、周囲の樹に実っているたくさんの果実が、ゆっくりと宙に浮かびこちらにやってくる。
「あっ! 美味しそうな果実!」
皆がその果実を手にする。
「にゃ~、すごい冷えてて美味しいにゃ~」
「暖かい温泉に冷えた果実は最高なのじゃ~」
「おいしいね!」
「こ、こんな美味しい果実は初めてだぞっ!」
「美味しいのですぅ~」
皆、暖かい温泉に浸かりながら、瑞々しく冷えた果実を食べる。
モフもミレアに抱えられながら、幸せそうに果実をもふもふと食べている。
最高にいい気分だ!
俺たちは大自然の中の露天風呂のような、素晴らしい温泉にゆっくりと浸かり楽しむ。
すると、今度は、周りの樹々から、小さな蝶のような妖精たちが現れ、ひらひらと俺たちの周りを飛び回り始めた。
「わあ……奇麗!」
「かわいいにゃ~!」
「妖精なんて、随分久しぶりに見るわ!」
妖精たちから、キラキラとした奇麗な雫が現れ、俺たちにやさしく降りそそぐ。
――天から声が聞こえてくる。
≪パーティーメンバー全員の幸運値が100上昇しました≫
「おお! 幸運値が100も上がった!」
「「すごい!」」
「「妖精さん! ありがとう!」」
こうして俺たちは、今日この日、幸運にも伝説のダンジョンオアシスに巡り合って、素晴らしい祝福を受けたのだった。