104話 黒いモフミィ
――ネームドモンスター『モルフェン』
モフミィの上位種であるダークモフミィの固有種だった。
モフミィは元々あまり攻撃的ではなく、どちらかというといつも逃げてばかりで、こちらが追いかける側の魔物だった。以前、モフミィ狩りをしていた時のことを俺は思い出す。
しかし、このダークモフミィの『モルフェン』は明らかに攻撃的な印象だ。
急にモルフェンが動いた。素早い動きだ。
一瞬のうちにこちらに到達した。
キィイイイイン!
いきなり前衛にいる俺に爪で攻撃してきた。剣でその爪攻撃をはじく。
「皆! 一斉攻撃だ!」
皆が一斉に動き始める。
ミーアとアリシアさんが、剣を持ち突撃する。
他の後衛組は風魔法、土魔法、狐火などで一斉に魔法攻撃をする。
シャンテは糸を放つ。
――しかし、モルフェンはすでにそこにいなかった。
すべての俺たちの攻撃をかわし、気付けば、俺たちの背後にいた。
「――いっ!」
エミリーが、モルフェンの爪で背中を斬り付けられたのが見えた。
倒れるエミリー。
すかさずリンが駈け寄り、盾でエミリーをかばう。
同時にミレアがエミリーに回復魔法をかける。
エミリーを含め、俺たち全員は防御力(DR)の高いユニーク防具を身に着けている。敵からの攻撃ダメージもいくらかは減少しているはずだ。
シャンテが、紫電の糸をモルフェンに放つ。
――しかし、その攻撃は避けられ、すでにモルフェンはそこにはいなかった。
「――にゃっ!!」
俺のすぐ近くでミーアが倒れた。モルフェンの爪がミーアの背中に当たったのが、一瞬だけ見えた。
すかさず俺は回復魔法をミーアにかけ、モルフェンに向かって剣を繰り出す。
しかし、敵は俺の剣撃を交わし、すでに遠くの低木の上にいた。
一体何が起こったのか分からないほどの素早さだ。
「盾を持ってるものは盾を持て! 円陣だ!」
俺は叫ぶ。
「「「おう!」」」
モフが俺に何かを語りかけて来た。モフと俺との念話みたいなものだ。
なに!? "瞬間転移" だと!?
モフから伝わってきた情報は「瞬間転移」とのことだった。俺は驚愕する。
モルフェンの動きが見えなかったのはそういうことか。非常に厄介な相手だ。
モフは敵と同系統の魔物の為か、モルフェンのことがなんとなく分かるみたいだ。
低木の上でこちらの隙をうかがっているモルフェン。
もう一度鑑定で敵をよく見る。
―――鑑定―――
『モルフェン』 固有種
Lv680
種族:ダークモフミィ
・闇魔法Lv9
・空間魔法Lv9
・猫爪Lv7
・魔力向上Lv5
・感知Lv6
――――――――
空間魔法レベル9! これが瞬間転移できる能力なのか!? 俺は驚愕する。
俺たちが使う空間魔法レベル6の「転移〈大〉」は、あくまでも遠くに転移することが出来るもので、光に包まれてから転移するまで、数秒間の時間を要する。
瞬間転移ではないのだ。だから基本的に戦闘では使えない。
更に、モフから情報が伝わって来る。モフが伝えようとしていることは「瞬間転移」は魔力を多く消耗するので、そう頻繁には使えないとのこと。ただし敵の魔力量は多いとのことだ。
なるほど。しかし、厄介な能力だ。
「エミリー! 防御結界だ!」
「わ、分かったわ!」
俺たちは一塊となり狭い防御結界に一旦こもる。
モルフェンが動いた。
一直線に駆けて来る。そして、黒い闇の風がこちらに向かって放たれたのが見えた。
「――緑風の舞い!」
ミレアが叫ぶ。
緑色に輝く風が舞い、闇の風が遮られる。周囲の空気がビリビリと震える。
双方の闇の風と緑の風がぶつかり合い、霧散する。
更に敵が、無数の黒い玉を浮かべる。その黒い玉は、一斉にこちらに向かい襲い掛かって来る。
大量のブラックボールだ!
モフが踊り出す。
俺たちの前に光の壁ができ、更に敵と同数のライトボールが浮かび上がる。
ブラックボールは、光の壁にぶつかり、大きく揺れ減速する。
無数のライトボールはモルフェンに向かう。
「皆! 今だ!」
皆が結界の中から、一斉攻撃を始める」
イナリの狐火が無数に浮かぶ。モルフェンを囲むように。
シャンテが大きく網の糸を放つ。
他の皆も、広範囲魔法を使う。
ミーアは予備の武器を投擲する。
アリシアさんは剣先から斬撃の出る遠距離スキルで攻撃する。
モルフェンが瞬間転移で消える。皆の攻撃はすべて外れる。
一旦、遠くに逃げたようだ。
遠くの低木の上にモルフィンが見えた。そして不思議な踊りを踊っていた。
と同時に空から何かが飛来してくるのを感じた。
瞬時に上を見上げると、黒い炎に包まれた無数の隕石が落下してきていた!
モフから情報が伝わってくる。
――暗黒メテオ!
「皆! 上だ! エミリー! 結界を強めてくれ!」
「わ、分かったわ! 魔力を込めるわ!」
リン、ミーア、アリシアさんが盾を上に構え、他の皆を守る。
モフがエミリーの結界の上に更に光の壁を展開する。
暗黒の隕石が、光の壁、結界に衝突し、大地が震える。
凄まじい攻撃だ。
なんとかしのげたが、エミリーの結界とモフの光の壁が消えた。
モルフェンの目は、まだ隙をうかがっているように怪しく輝いている。
気が付けば、今度はアリシアさんが倒れていた。
そして、シャンテも倒れていた。
更に、俺の背に激しい痛みを感じた。
猫爪に斬られたのだ!
リンとミーアが剣と盾を、敵に向かって振り回してるのが見えた。
しかし、すでにモルフィンは消えて、遠くの低木の上にいた。
ミレアが叫ぶ。
「――世界樹の癒し!」
回復魔法の上位版、エリアヒールのような、ミレアのユニークスキルだろう。
痛みが引き、皆も回復したようだ。
俺は敵の強さに驚愕する。強い! 一流の冒険者パーティーが全滅した理由が、今ようやく肌で感じられた。
俺は考える。なんとか敵の動きに対応し、捕まえないといけない。そして敵の動きを止めないといけない。
更に俺は考える――。
そして、一つの考えが頭に浮かぶ。
俺は、装備の魔石の大半を入れ替え始める。2種類の魔石をほぼ半々に入れ替えていく。
――――――――――
・サキュバスクイーンの魔石(精神+30)
・ツインテールキャットの魔石(敏捷+30、魔力+10)
――――――――――
精神と敏捷が、どんどん上がる。
「精神」は、状態異常などにかかりにくくなる能力値ではあるが、同時に直観力も上がり、敵の動きなどに反射的に気づける力でもある。「敏捷」は、身体操作力を表し、素早く動ける能力だ。
俺は女神のアダマントシールドを左手に持ち、構える。
精神を研ぎ澄まし、じっと待つ。
次は誰に攻撃がくるのか――。
更に、精神を研ぎ澄ます。盾を持つ左手に力が籠る。
「トール! ミレアなのじゃ!」
イナリが叫ぶ。イナリの予知がそう告げているのだろう。
リンとアリシアさんが、ミレアの近くに走り、盾を構えようとする。
――その瞬間、俺は感じた。モルフェンがミレアからイナリに攻撃対象を変更したことを――。
「そこだあああああ――!!」
イナリにモルフェンの爪が届こうとした瞬間、俺はすでにシールドタックルを発動していた。
ドゴォオオオオ――ン!
吹き飛ぶモルフェン。
シールドタックルのスタンが入った!
モルフェンは驚愕の表情を見せたまま固まっていた。
「皆! 今だ! 一斉攻撃だ!」
モフが、熾天使の光柱で、モルフェンを閉じ込める。
シャンテが、ツインマリオネットでモルフェンを縛り上げ、紫電をその糸に纏わせる。
ミレアとエミリーが、ユニーク弓で強烈な風の矢を放つ。
ミーアとアリシアさんが、怒涛の剣撃を始める。
イナリの火魔法、不死鳥の炎撃が、凄い勢いで敵に衝突する。
更に、リンが追撃のシールドタックルをかまし、更にスタンが入る。
「にゃにゃにゃにゃ――!」
「ハアアアアア――!!」
「グゥググググ――!!」
スタンで痺れたモルフェンのくぐもった悲鳴が聞こえる。
更に俺たちの一斉攻撃は続く。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
そして、ついにモルフェンの断末魔の悲鳴が、辺り一面に響き渡った。
徐々に、徐々に、霧のように消えて行くモルフェン。
――天から声が聴こえて来る。
≪固有種『モルフェン』を討伐しました≫
≪パーティーメンバーのレベルが上がりました≫
≪パーティーメンバーのレベルが上がりました≫
≪パーティーメンバーのレベルが上がりました≫
≪パーティーメンバーのレベルが上がりました≫
・
・
≪パーティーメンバーのレベルが上がりました≫
いつもより多くの経験値が体に流れ込んでくる。
――繰り返す天からの声
≪パーティーメンバーのそれぞれに習得可能スキルが解放されました≫
≪パーティーメンバーのそれぞれに特別ボーナスとしてSPが与えられます≫
≪従魔、ライトモフミィがフェイズモフミィに進化しました≫
≪ユニークスキル「女神のドロップ」のレベル9が解放されました≫
――もふっ、もふっ
≪モルフェンの通常アイテム『モルフェンの毛皮』をドロップしました≫
――ふわっ
≪モルフェンのレアアイテム『モルフェンのリボン』をドロップしました≫
――コロン
≪モルフェンのユニークアイテム『モルフェンの首飾り』をドロップしました≫
「や、やった、みんな! やったぞ!!」
「にゃにゃにゃ――! やったのにゃあああ!!」
「やったのじゃあああ!!」
「「おおお――!」」
「「やった――!」」
こうして俺たちは勝利の雄たけびを上げるのだった。