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ともやんが泊まりに来た。

関西方面への出張の時はいつも、ホテルを取らずにウチに泊まりにくる。会社への届け出をどうしているのかは知らない。


ともやんとは、かれこれ二十五年の付き合いになる。小学生の頃からだから、幼馴染と言っていい。

三十路も半ばを過ぎ、これほど深くて長い付き合いの友達は、お互いに居ない。三十代と言えば、たいていは結婚して、友達より家族優先になる年代だからだ。


小中高と一緒だったが、高校を卒業した後、ともやんは大阪の大学へ行った。俺は地元の神戸で就職した。

大阪の狭い学生アパートに泊まりに行って、徹夜でゲームをする事もあった。初めて酒を飲んで、煙草を吸ったのもその時だ。

ともやんが神戸に帰省した時は、自分の実家より俺の家にいる時間の方が長くなった。


元々そういう付き合い方だったのだ。

小学生の時点で、ともやんが一度帰ってランドセルを置き、コントローラーとお菓子を持ってくる間に、俺がテレビとゲームハードを接続しておく流れが確立していたのだから。

当時は弟と相部屋だったが、年齢的にも力関係でも、子供部屋のテレビの権利は兄キの物と決まっていた。

塾やプール、習字なんかの無い日は毎日遊んだ。土曜日の昼はうちの家族と一緒に焼きそばを食べるのもお決まりだった。


俺もともやんも、テレビゲームが大好きだった。

野球やサッカーも、実際にやるより画面越しの方が楽しかった。ベスト16と言われるより6発売と言われる方がピンと来るし、アトランタと言われるより赤緑と言われる方が、いつの事か分かる。

アクション、アドベンチャー、ロールプレイング、格闘、レース、シューティング、パズル……何でもやった。

他の友達とソフトを持ち寄ったり、それぞれの家にわらわら集まったり、あの頃は無限に時間があったし、同い年の男子は全員友達だった。


友達同士で対戦したり、交代したり、協力したりする中で、一人用(ワンプレイヤー)モードでも二人用(ツープレイヤー)モードでも、ともやんとやるのが一番やりやすかった。難しい謎解きでも、手強いボスでも、ともやんと俺ならクリアできた。


大学を出たら戻ってくると思っていたら、就職後のともやんの配属先は東京になった。物理的に、少し疎遠になった時期だ。

もちろん遊びには行った。夜行バスに乗るのは、新しい冒険を始める主人公の気分だった。

東京というダンジョンでは、さぞ美味い店に行けると期待したのに、連れて行かれたのはチェーン店のお好み焼き屋だった。

「東京の粉もん高いねん! 贅沢品や!」

と、ともやんは嘆いていた。

そして運ばれて来た豚玉を見ると、ケロッと表情を変えた。

「まなぶとやないとこんなん食われへんからなぁ」

心から嬉しそうに言ったので、普段は寂しさに耐えているのが伝わってきた。

それも、もう十年前の話だ。


そうこうする内に、まず俺のネーちゃんが結婚して家を出た。直後にオカンが病気で亡くなり、さらに弟も就職のタイミングで実家を離れた。父親は俺が中学を卒業する時にすでに他界していたので、俺は一人になった。

一応、長男として、この家を守っている形だ。俺の生まれる前、昭和後半に建てられた、木造の一軒家は、阪神淡路を持ちこたえたものの、最近の経年劣化が否めない。

家族五人で暮らしていた家を一人で管理するのは、少し骨が折れる。だが、引き払うのが忍びないと言うよりは、諸々の手続きや引っ越しの手間を考えると腰が重く、そのまま暮らしている。どうせ、俺の終の住処になるのだろうから。


今となっては空いている部屋もあるが、ともやんは相変わらず、俺の部屋に泊まる。

色んな物が手の届く範囲に出しっぱなしになって、足の踏み場もほとんどない、この部屋に。


万年床の横にお客さん用の布団をぴったり並べて、その上に座って何かをするのも、昔から変わらない。その何かがゲームか、テレビか、漫画なのも。

強いて言えば、ゲームのハードウェアが時々、据置型から携帯型、もしくはスマートフォンに変わるくらいで、座る場所も同じだ。

時間が止まったような部屋の中では、大人になったともやんより、少し前に買い換えたテレビの方が新しく見える。壁紙は昔から黄ばんでいたのか、煙草のヤニでそうなったのかは憶えていない。


十一月の寒空の下、洗濯物を干して部屋に戻ると、ともやんはパンツ一丁で、布団の上に寝転がって、俺が買っておいた漫画を読んでいた。俺もまだ読んでいないのに。

破られてくしゃくしゃにされた透明セロハンが床に落ちて、エアコンの暖かい風にそよいでいる。

「くつろぎすぎやろ。毎度の事やけど」

思わず言ったが、ともやんは、

「おう、ご苦労さん」

と言うだけだ。


むしろ、うちの家族がいなくなった分、ともやんは年々気を遣わなくなってきている。

来る時は日程の連絡こそあるものの、もうインターホンなんか押さない。郵便受けと玄関扉の隙間に隠してある鍵で勝手に上がり、玄関で靴と一緒に靴下も脱いでしまう。冷蔵庫も勝手に開けるし、風呂にも勝手に入って、パンツ一丁で出てくる。

自由すぎて、俺以外の他人の家でやっていないか心配になるほどだ。


テレビのリモコン、ティッシュ箱、ウェットティッシュケース、綿棒の容器、目薬、爪切り、メガネ拭き、イヤホン、市販の胃薬、病院で処方された薬の紙袋、目覚まし時計……と、床に散乱しているのを大股で避けて、ともやんの隣に行った。

二人で使う大きめの灰皿と着替えを顔の真横に置いてやり、胡座をかいて座る。

「自分、ちゃんとおばちゃんらに連絡しとぉか? たまに俺に聞いて来はるで」


ともやんには、井上(いのうえ)智也(ともや)という名前がある。その親御さん、つまり井上さんトコのおっちゃんとおばちゃんは、俺のこともよく知っている。

むしろ東京に出て行った息子より俺の方が、会社帰りにばったり顔を合わせやすい。何せ同じ区に住んでいるのだから。

井上さんトコは昔から品が良くて、定年後もよく一緒にいるところを見るに、仲も良いご夫婦だ。


「ちゃうねん。なんも連絡する事あれへんねん。便りがないのは元気な証拠、ゆうやろ」

そんなご夫婦の息子さんは起き上がって、漫画を開いた状態で床に置くと、着替えに手を伸ばす。

ともやんが俺の家にいる間に貸すTシャツとジャージは、俺と弟が高校で使っていた体操服だ。

俺はまだしも、弟は社会人になってから急に太って、たまに会っても当時の面影はないくらいになっている。当然、ジャージが入るはずもない。ともやんは今でも細いから、こうして有効活用している。


「今回かて、吉池(よしいけ)さんトコ泊まるー言うたらハイハイーて感じやで」

ともやんに井上智也という名前があるように、俺には吉池(よしいけ)(まなぶ)という名前がある。

下の名前が何であれ、フルネームを名乗ると面白くないダジャレみたいになって、子供の頃はよくイジられた名前だ。


「けどそれ、言うてへんねやろ?」

仕事で神戸に行くと言えば、親元に顔を出すよう言われるに決まっている。

最近会ったおばちゃんが俺に聞いてきたという事は、今回の出張についても、本人から連絡が行っていないという事だ。俺もそれを知っていながら「今度来はるらしいですよ」とは言えない。


「言うたら帰ってきー言われるやろ。ほんで毎回毎回ああやこや言われて……かなんわ」

『吉池』と名前の入ったジャージを着た井上さんトコの息子さんは、否定も肯定もせず、右手で左足のすねを掻きながら言った。

「そんな事やろうと思たわ」

ともやんが何を考えているのか、俺には手に取るように分かる。そしてその逆もまた然りだ。


俺は四つん這いで移動して、部屋の隅に隠しておいた段ボール箱を引きずり出した。

「今日はな、ちょっとサプライズあんねん。今度ともやん来たらやろ思て」

「なになに?」

ともやんも四つん這いになって、嬉しそうに寄ってくる。

「今もいけるか分からんけどな。もしかしたら死んどぉかもやわ」

前置きしつつ、箱を開ける。


入っているのは、子供の頃にやり込んだ、大量のゲームカセットだ。据置型のハードも何台か、勿論、コントローラーもある。

屋根裏の納戸にずっとなおされていたもので、どれも古く、今も通電するかは、試していないので分からない。

だが中を見るなり、ともやんは目を輝かせた。豚玉が運ばれてきた時と同じ顔だ。

「うーわ、マジか! ええー! バリ懐かしいんやけど!」

その顔のまま一つ一つ手に取って、眺め始める。

「これとか! うわー……もう死ぬほどやったやんなぁ」


俺はそのともやんを眺めながら説明する。

「こないだネーちゃん来ててや、何や片付けるー言うて納戸ガッサーやった時にあって」

どこの家もそうだろうが、長女というのはしっかり者だ。

俺のネーちゃんも例に漏れず、時々この家に帰ってきては、納戸や庭の物置の片付けをしていく。親の遺品整理や、家を出た自分と弟の部屋の片付けも率先してやっていたくらいなので、そういうのが好きなのだろう。


今はともやんが目を輝かせて見るこの宝物も、危うく捨てられてしまうところだった。

ネーちゃんについて来ていた小学生の甥っ子に見せてやろうとしたが、二人揃って叱られてしまった。

女の人は、早々にゲームや漫画を卒業する。子供の頃はたまに混じってきて、一緒にやっていたくらいだったのに。


ともやんが一つ手に取って言った。

「こんなん今プレミアとか付いとんちゃうん」

当時の値段からは考えられないような、本物のお宝も、確かに眠っているかも知れない。

だとしても、手放す気はなかった。

「あほ、なんぼ金積まれたかて渡してたまるか。俺らの青春」

何も考えず、そう口から出ていた。

「青春、物置で埃被っとったんやろ?」

ともやんがすかさず言ってくる。

「まあな。ビンテージ(もん)や」

「ホンマに青春送っとぉ頃、ビンテージなんて言葉使わんかったわ」

それから二人で笑った。

「もうおっさんやな」

そう言うともやんと居るのが楽しいのは、どれだけ歳を取ろうと、一番楽しかった頃の自分に戻れるからだ。

例えるなら、セーブポイントがあって、そこから何度も、同じステージをやり直して遊んでいるような。



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