僕を変えたのはオカマだった話
いじめにより引きこもりとなってしまった男の子 矢乱海(やみだれ かい)くん が親戚の岡真雪さんをきっかけに変わっていく短編小説です。
PS.連載表記は変え方がわからないので連載になってるだけです
カーテンを閉じ切った薄暗い部屋の中で、また一日を無為に過ごしていた。モニターの明かりが彼の顔を照らすが、その表情は虚ろだ。かつて学生時代、友人と呼べる者は一人もおらず、毎日がいじめとの戦いだった。昼休みの度に物陰に隠れ、下を向いて早足で教室を出た。だが、どこに行っても彼を追う声があった。「矢乱、逃げんなよ!」という嘲笑が、今も彼の心に深く刻まれていた。
その後、外に出ることが怖くて、気づけば家にこもりきりになっていた。母は、毎朝「海、ちゃんと食べてるの?」と心配そうに問いかけてくるが、彼は無愛想に返事をするだけだった。
わかってる。こんなことをしていてもなんにもならないし、ただただ親に、周りに、心配と迷惑をかけているだけだ。わかっているからこそ、自分の心は毒が入ったようにどんどんと蝕まれ、負のループから抜け出せずにいるのだ。
そんな彼の生活に変化が訪れたのは、岡真雪が訪ねてきた日からだった。真雪は彼の母親の従妹で、彼にとっては唯一の親戚だった。だが、真雪は普通の親戚とは少し違っていた。彼女は、かつて男性だったが、今は女性として生きているらしい。オカマとして、都会の繁華街で働いている。真雪が訪れる度、彼女はいつも明るく振る舞っていたが、その裏にどんな過去があったのか、海は知らなかった。
ある日、真雪がふらりと海の部屋に現れた。「海ちゃん、今日はちょっと付き合ってくれない?」そう言って、彼女は強引に彼を部屋から連れ出した。海は渋々外に出たが、心の中では不安でいっぱいだった。外の世界が怖い。人の視線が嫌だ。誰かにまた何か言われたらどうしよう。そんな思いが彼を押しつぶそうとしていた。
だが、真雪はそんな海の気持ちを知ってか知らずか、明るい笑顔で彼を励まし続けた。「大丈夫、大丈夫。私がついてるから、安心して。」その言葉に、海は少しだけ肩の力を抜くことができた。
真雪が連れて行ったのは、小さなカフェだった。人の少ない平日の午後、静かな店内には落ち着いた音楽が流れていた。海は緊張しながらも、久しぶりの外の空気を感じ、少し心が軽くなった気がした。
「ここ、私のお気に入りの場所なの。時々一人で来て、ゆっくりコーヒーを飲むんだ。ホッとできる場所って大事よね。」真雪はそう言って、メニューを手に取りながら微笑んだ。彼女の穏やかな表情を見て、海はふと、自分もこんな風にリラックスできる場所が欲しいと思った。
しばらくして、二人はカフェを出た。真雪は海を商店街へと連れて行った。そこで彼女は、いくつかの店を見て回り、時折話しかけてくる店員に対しても笑顔を絶やさなかった。海はその様子を見ながら、自分には到底できないことだと感じた。
「真雪さんは、強いんですね。」ふと海がそう呟くと、真雪は足を止めた。「強くなんかないわよ。私も、あんたと同じで、ずっと怖かった。でもね、人は変われるのよ。変われるはずなのよ」真雪は遠くを見つめながら続けた。「いじめられていた頃は、自分が嫌でたまらなかった。こんな自分なんて、消えてしまいたいって。でも、そうやって逃げ続けてたら、本当に消えてしまいそうだったの。茫然自失というのかしらね、だから思い切って外に出て、自分を変えてみようってことにしたの。」
「それって、どうやって…?」海は半信半疑で尋ねた。
「まずは、小さなことから始めたのよ。朝、鏡の前で笑顔の練習をするとか、外に出て知らない人と挨拶するとか。少しずつだけど、続けるうちに、自分が変わっていくのが分かったわ。思えばあのときこそ私の人生における最高点だったのかしらねぇ〜」
海は黙ってその言葉を聞いていた。真雪の話は、自分とは別世界のように感じられたが、それでも彼女が苦しんだ過去を乗り越えたことに感銘を受けた。
その日の帰り道、真雪は再び海に言った。「海ちゃんも、一歩踏み出してみなさい。最初は怖いかもしれないけど、大丈夫。私がついてるから。あなたは一人じゃないのよ」
その夜、海は布団に入りながら、真雪の言葉を反芻していた。これまでずっと、過去に囚われて動けなかった自分が、少しだけ前を向こうとしている。彼は小さな希望を感じながら、静かに目を閉じた。
それから数週間が過ぎた。真雪は毎日のように海を外に連れ出し、彼を励まし続けた。海はまだ外に出ることが怖かったが、少しずつその恐怖が和らいでいくのを感じた。そして、ある日、真雪が提案した。「今日は、海ちゃんが行きたい場所に行ってみようか。」
海は驚いた。これまで彼が行きたい場所など考えたこともなかった。だが、ふと頭に浮かんだのは、かつて通っていた学校の校庭だった。あの場所には辛い思い出しかないが、それでももう一度向き合ってみたいと思ったのだ。
真雪と共に学校の校庭に立った時、海の胸に重い感情が湧き上がってきた。そこには、かつての自分が感じた苦しみが今も残っているように思えた。しかし、真雪がそっと肩に手を置いてくれたことで、海はその重さを少しだけ和らげることができた。
「ここで何があったかは聞かないけど、もう逃げなくていいのよ。自分を許してあげなさい。」真雪の言葉に、海は深く頷いた。
それから、海の中で何かが変わった。彼はまだ完全には癒されていないが、それでも前に進む力を感じ始めていた。真雪の支えがあったからこそ、彼は過去を乗り越えることができたのだ。
ある日、海は真雪にこう言った。「真雪さん、ありがとう。僕、これから少しずつだけど、変わっていきたい。」
真雪は満足そうに微笑んだ。「その言葉を聞けて、嬉しいわ。さあ、これからが本番よ。私たちで、新しい世界を一緒に見に行きましょう。」
海は一人で学校の廊下を歩いていた。昔と変わらない景色が広がっているが、彼の中では何かが変わっていた。以前はこの場所が恐怖の象徴でしかなかったが、今ではただの記憶として見ることができる。教室に入ると、かつての自分が座っていた机が目に入った。机の隅には、今も小さな傷が残っている。それは、いじめから逃れるために机を引きずった時にできた傷だった。あのときは自分の惨めさや、相手への怒り、見て見ぬふりを平然とやってのける周りという環境に対する軽蔑やらのストレス等に駆られていた。
海は指でその傷をなぞりながら、ボソリと「あのときの自分って、周りを散々に言うくせに自分主義で、やられたら深く傷ついて、ひどく惨めだったな(笑)」と思い出に浸った。
しかし、今の彼は違う。真雪との時間が、彼に新たな視点を与えてくれたのだ。
「ここで辛い思いをしたけど、その分、強くなれたんだ。」海は静かに呟いた。教室の窓から差し込む光が、彼の足元を照らしている。それは、かつての暗闇の中から抜け出し、ようやく自分を見つけた証のように感じられた。
海は教室を後にすると、校庭へと向かった。空は雲ひとつなく澄み渡り、心地よい風が吹いていた。彼は深呼吸をし、空を見上げた。そして、静かにこう誓った。「もう過去に囚われない。これからは、自分の足でしっかりと歩いていくんだ。」
新たな決意を胸に、海はゆっくりと学校を後にした。
海が学校に再び通い始めた頃、かつてのいじめっ子たちと顔を合わせることになった。胸がざわつき、過去の恐怖が一瞬よみがえったが、彼は真雪の言葉を思い出していた。「自分を大事にしなさい。」そう自分に言い聞かせ、逃げずに立ち向かう決意を固めた。
ある日、廊下で彼を嘲笑するような声が聞こえた。かつてのいじめの中心人物だった男が、海を見下すように話しかけてきた。「おい、矢乱。また来やがったのか?」その言葉に、海は一瞬だけ怯んだが、すぐに背筋を伸ばした。
「何を言われようが、俺はもう逃げない。」海は静かに、しかし力強くそう告げた。その目に怯えはなく、真雪と過ごした時間が彼を支えていた。
いじめっ子たちは彼の変化に戸惑い、軽く罵って去っていった。海はその場に立ち尽くし、心の中で勝利を感じた。これで終わりではないが、確かな一歩を踏み出したことを感じていた。
その後、海はクラスメイトと少しずつ会話を交わすようになった。最初は短い会話だったが、次第に笑顔が増え、自然と友達ができていった。ある日、放課後にクラスメイトと一緒に勉強会を開くことになり、そこで初めて「また明日な」と言い合うことができた。海は、自分がここにいても良いんだと実感した。
それから数か月が経ち、海は以前のような暗い影を感じさせなくなっていた。彼はかつての自分と今の自分を比べ、ここまで変われたのは真雪のおかげだと強く思った。感謝の気持ちが溢れ出し、海は思い立って、真雪の働く店へ足を運んだ。
ここは踊場町。真雪さんが働く店は少し変わった感じで、なんというか、いわゆるニューハーフの店だ。
まぁ真雪さんの人生論を見ればそこまで驚くようなことでもないが、それでも少し一歩後ずさるような印象はあった。
店のドアを開けると、華やかな照明と賑やかな音楽が出迎えた。そこには真雪と似たように女装した男性が多くいて、少し場違いな気もしたが、それでも自分を変えてくれた真雪さんに何よりも優先して感謝を伝えるべきだと思ったからだ。
だからこそ、僕は真雪という人間はどこいいるか訪ねた。「この店に岡真雪という方がいらっしゃると聞いて来たのですが…」
僕を見る刹那店員さんたちは驚いた表情と共に切ない顔をも見せた。店員さんたちの間に漂う雰囲気と裏腹に、場違いなディスコが意気揚々と流れていた。
「雪ちゃんはね、亡くなっているの。それも十年前にね、。」
正直、発言の意味や意図は全く持って理解できなかった。というか、理解のしようがあるはずないのだ。
自己の中では確かに先月から突如として現れては僕を変えるきっかけを与えてくれていたはずだ。だが眼の前に映る雰囲気と状況は、決してドッキリやネタではないことを悟らせざるを得なかったのだ。
それでも、僅かな可能性にかけて空元気に似た意気揚々とした、、それこそかつての真雪のように
「ちょっ、何かのドッキリでしょ?真雪さんもかくれてないで早く出てきてくださいよ」
そんな可能性や発言を打ち消すように再び静寂と場違いディスコが入り交じる吐き気を催す空気が流れる。
悟った。もういないということを。「だって先月、ぼくの前に迷惑にも突然現れて…」ちゃんと呼吸できてるだろうか、喋れているだろうか、こんな自分を今真雪さんが見たらなんと思うだろうか。
言葉に出来ないほどの悲しみを直に表したような知りたくもないのに嫌々知らされる恐怖と現実。僕がこれまで逃げ続けてきた恐怖とは明らかに別物の様に感じた。
僕のためにか、時間的にか、定かではないが店のドアにクローズの看板が掲げられた。店には僕と、真雪さんとともに働いていた人らのみになり真雪さんについての話をすることになった。
店員さんの案内に導かれ、真雪さんの定位置であった椅子に海は足を運び、そっと座った。どんな人物で、どんな過去で、何を抱えて。
どれもあの人らしいなと思うところが多くありふれる中で僕の心の傷を、凍ってて食べれそうにないからとフォークで乱雑に削るほど、次の事実にひどい痛みと頭痛を覚えたのだ。
「真雪は、このお店の中でも軍を抜いて強い子だったのよ。心はもちろん、力もね。
あの子は心が強かったからこそ一人で抱え込みやすくって、それが仇となったのかしらね、、。私が最後に会った真雪の姿は吊られていたわ。」
何も言葉が出てこない。ただ静かに涙がこぼれた。強い心というのは小さな傷に気づきにくいのだ。その小さな傷は強い心をどんどんと侵食していく。そして抱え込みきれなくなった時暴発された自虐や自尊の喪失から死に至りやすいのだ。
普通なら僕のように誰かの頼りになることで心の傷は慰安していくのだが、周りの後押しやプレッシャーがその宛を出しにくいきっかけとなっていた。みんなが強いと思ってた彼女の心はじつは弱かったのかもしれない。
だが、もし彼女がそうなってなかった場合、今の自分はどうなっていただろう。もしかしたら彼女と同じ道を辿っていたかもしれない。無論、今という変化を知らぬまま。
感謝を伝えることができないまま、彼女は消えてしまった。
「現実はひどく理不尽で、思い通りになんて決してならないのよ。でもだからこそ、起こった現実を受け入れて、認めて、愛してあげるのよ。この世に、愛に勝る力なんてそんざいしないんだから!
愛is Love ! 愛、最ッ高〜!」
いつの日か、真雪さんが言ってた言葉だ。だからこそ、この理不尽な現実も、今は受け入れられずとも、少しずつ受け入れて、これからの糧にして、いづれは愛していこうと思う。
「ありがとう、真雪さん…」小さく呟いたが、もうその声は彼女には届かない。それでも海は、心の中で彼女が見守ってくれていると信じることにした。そして、彼女の分までしっかりと生きていくことを、静かに決意した。
初めて書いたので温かい目で見ていただけると幸いです。
誤字脱字や文章の違和感がありましたら言っていただけると幸いです。