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9.精霊教会

変わり映えのない日々が三年続いて、ようやく十二歳の誕生日を迎えた。

すぐにでも精霊教会に連れて行かれるのかと思ったが、

家令が外出用の服を持って来たのは一週間を過ぎてからだった。


「明日の昼に旦那様と一緒に精霊教会に行く予定になりました。

 こちらの服に着替えておいてください」


「お父様と?」


「ええ、そうです。

 精霊の祝福を受ける時には親が付き添うことになっていますから」


「そう、わかったわ」


お父様と一緒にと言われ私が驚いたのがわかったのか、

家令は申し訳なさそうな顔になる。

家令も侍女たちも私を離れに閉じ込めたいわけではない。

お父様の命令だから従うしかない。

そのことはもうあきらめているから、それほど気にしなくてもいいのに。


渡された服は水色のワンピースだった。

少し子どもっぽいデザインなのはマーガレットのお下がりだからかな。

その証拠に裾が少しほつれている。何度も洗濯したのか布が傷んでいる。

袖を通してみたら、大きさは問題なさそうだった。

どうやらマーガレットと背丈は変わらないらしい。


ただ、ワンピースからは不思議な匂いがした。

香水や香のように強い匂いではないが、ほのかに焚火のような匂いがする。

この服を燃やしたわけでもないだろうに、どうしてなんだろう。


この離れでは洗濯することができないし、今から洗ったら明日までに乾かない。

仕方なくそのままクローゼットにしまった。


次の日、食事を終えてから着替えて身支度を整える。

それほど待つことなく、家令が鍵を開けて迎えに来た。


「旦那様は馬車でお待ちです」


「わかったわ」


もうすでに待っているというのなら急がなくてはいけない。

馬車に乗ると、三年ぶりに会うお父様が席に座っていた。


特に声をかけられることもなかったので、向かい側の席に座る。

私の隣に家令も座ると馬車は走り出した。



馬車の窓から街並みが見える。

どうやら王都の中心に向かうのではなく、外れの方に向かっている。

王族や貴族がつかう精霊教会に行くのではないようだ。


着いたのは小さな教会だった。

平民が通うような教会。こんなところで精霊の祝福を?

疑問に思ったが、お父様は馬車から降りると教会の中へ入っていく。

家令の手を借りて馬車から降りると、急いでお父様の後を追う。


教会の中には誰もいなかった。

今日は貸し切りになっているらしい。


「これはこれは、伯爵様。ようこそおいでくださいました」


「ああ、これを頼む」


視線だけで私を示すと、その近くにあった椅子にどっかりと座る。

まるで興味ないようなお父様に教会の者たちが慌てている。


「あ、では、お嬢様。こちらへどうぞ」


「ええ、お願いします」


精霊教会には大木か泉のどちらかがある。

そこを住処としている精霊たちに祈るのだ。

ここは大木のようだ。

教会の奥にすすむと、見上げるような大木があった。


そこに近づいていくと、何かおかしいと感じた。

すぐそばまで来て、それが何かわかった。

精霊がいない。


「こちらで祈ってください」


何も気がついていないのか、教会の者がにこやかに言う。

祈ったら来てくれるだろうか。

そういえば、もう三年も精霊に会っていない。


どうして……?

ふと左手の甲が見えて、はっとする。


あの時、私たちは精霊に誓った。

それなのに裏切ってしまった?

だから、精霊は私に会いたくないのかもしれない。


祈っても精霊は来てくれなかった。

次第に教会の者たちの顔色が悪くなっていく。


「おい……これはどうしたらいいんだ?」


「わからん。こんなのは初めてだ」


小声で相談しているのが聞こえる。

多分、これ以上ここにいても精霊は来てくれない。

はぁぁぁと息を吐いて、教会の者たちに伝えた。


「精霊に嫌われたようです。下級以下、ですね?」


「……それでよろしいのですか?」


「これ以上祈っても、来てくれる気がしないのです」


「伯爵様には私からお伝えしても?」


「お願いします」


父親に私から伝えさせるのは気の毒だと思ったのか、親切に申し出てくれた。

それをありがたく思い、お願いすることにする。

ここでお父様が怒鳴り始めたら家令は止められるだろうか。

ずっと私に付き添ってくれているけれど、真っ青で今にも倒れそうだ。


お父様のいる場所まで戻ると、お父様が立ち上がる。

教会の者がお父様へと結果を告げる。


「お嬢様は下級以下でございました」


「そうか」


「もしかしたら、間違いということもありますので、

 後日もう一度……」


「いや、けっこうだ」


お父様は怒ることもなく、そのまま馬車へと戻っていった。

私と家令もその後について馬車へと向かう。

帰りの馬車も、誰も何も言わなかった。


役立たずとか、何かしら言われるんだと思っていたのに。

私は特級だと思われていたからラザール様の婚約者になったんじゃないだろうか。


屋敷に着いた後は、そのまま離れに戻される。

家令は礼をすると離れから出て鍵をかける。



十二歳になったら王子妃教育が始まると言われていたけれど、

これってどうなるんだろう。

もしかしたら、ラザール様の婚約者ではなくなるかもしれない?


そのこと自体はうれしかったけれど、

婚約者じゃなくなったとしたら、私はどうなるんだろう。

このまま離れで一生暮らすことになるんだろうか。


不安に思いながら眠ると、次の日には家令から王子妃教育の予定を知らされた。


「来週から?」


「ええ、そうです。朝、王宮から迎えが来ます。

 食事が済んだら用意しておいてください」


「わかったわ」


すぐには婚約者から降ろされないようだ。

少なくとも、王子妃教育が始められるということは、

その結果を見るということなのかもしれない。


次の日、王宮から迎えに来た馬車は御者しかいなかった。

女官も護衛騎士もいない。高齢の御者が一人で来たらしい。

元が何色だったのかもわからない白髪の御者は私を見て礼をする。


「これからお嬢様を送り迎えいたします」


「アリアンヌよ。よろしくね」


第二王子の婚約者としても大事にされないらしいと思いつつ、

御者にはにこやかに挨拶をする。

一人で来た御者が悪いわけではない。

女官などを手配しなかったのはカリーヌ様だろうから。


馬車に乗ると、静かにドアは閉められる。

一人で馬車に乗るのは初めてだけど、一人のほうが気が楽だと思った。




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