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8.貴族としての義務

離れに閉じ込められてから三週間。

日に三度食事が届けられる以外は誰も来なかった。


侍女二人がこの離れを担当しているようで、交代で私に食事を運んでくる。

一人は申し訳なさそうな顔をしながら、もう一人はにらみつけるような目だった。

そこまで嫌われる理由はわからないが、何も反応を返さずに食事を受けとる。


食事も使用人が食べるよりも粗末なものだったが、

食欲もないし不満を伝えるつもりもなかったから黙って食べていた。

それがどういうわけか、十日過ぎたくらいから普通の食事が届けられるようになった。


たまたま食器を取りに来た侍女と会ってしまったので、

美味しかったわと言ったところ、驚いた顔で礼をされてしまった。

それ以来、にらまれるようなことはなく、食事を運んできてくれている。


侍女の態度と食事は改善されたけれど、それだけだ。

お父様が様子を見に来ることもないし、連絡がくることもない。


もしかしたら、このままずっと閉じ込められるのかもしれない。

お父様が離れから出すと言わない限り、このままだろうから。



その場合、ここから出ることができるのは三年後になる。

貴族なら十二歳の誕生日が過ぎたら精霊教会に行かなくてはいけない。

精霊からの祝福を受けるために精霊教会に行って祈りをささげる。

その祈りに応えてくれた精霊の多さを書類に書いて、王家に報告する。


どうしてそんな報告が必要かというと、

精霊に愛されているものを保護するのが目的なのだが、

一般的にはお見合いのために使われることが多い。


応えてくれた精霊の数によって、特級、上級、中級、下級、下級以下にわけられる。

中級以上の令嬢ともなれば高位貴族がこぞって婚約を申し込んでくると聞いた。

上級は数少なく、特級と呼ばれるものは今のところ二人しかいない。


元王女でもあるオレリー伯母様とリオ兄様がそうだ。

精霊に愛されている者の特徴は色が薄くなるのでわかりやすい。

伯母様とリオ兄様は綺麗な白銀の髪をしている。

私も白金の髪だから特級かもしれないとは噂されていた。


第二王子の婚約者に選ばれた理由もそれかもしれない。

ラザール様は赤茶色の髪に茶目。

第二妃のカリーヌ様は薄茶髪に茶目の中級なのだが、

カリーヌ様の祖母が赤茶髪で下級以下だったらしい。

そのため、曾祖母に似たラザール様は、

下級の精霊術が使えるかどうかも怪しまれていると聞いた。



精霊教会に行くのは十二歳。今から三年後。

それまでにここから逃げ出せるだろうか。

離れの中はすべて見たが、逃げ出せるような隙はどこにもなかった。


ふと、玄関の鍵が開けられた音がした。食事にしては時間が早い?

それだけでなく、数名分の足音も聞こえる。

何があったのかとのぞいてみると、書庫に本が運び込まれている。


それが終わると家令だけが残った。

家令に会うのは離れに入れられた日以来だ。

あの時より態度が柔らかくなった気がするが、何の用だろう。


「アリアンヌ様、これは王家からのお届け物です。

 王子妃教育に使用する本だそうです。

 十二歳を過ぎたら教育が始められるので、すべて覚えておくようにとのことです」


「すべて?この本の内容をすべて覚えるの?」


「はい」


かなり大量の本が運び込まれていたように見えたけれど。

三年かけて覚えておけということだろうか。


「わかりましたと伝えて」


「かしこまりました」


丁寧に頭をさげると家令は出て行った。


ここに閉じ込める以上の嫌がらせをするつもりはないようだ。

あいかわらずお湯は出ないし、石鹸も香油もないけれど。


伯爵家では使わないのが当たり前なのだろうか。

公爵家の常識しか知らない私では判断できない。

下手にお願いしたら、これだから公爵家で育ったものはと嫌味を言われるに違いない。

私を育てられないと公爵家に預けたのはお父様たちなのに。


書庫にいって確認すると、やはり大量の本と資料が置かれていた。

資料は各領地の面積や収穫量、税率などが書かれていた。


まさかこれもすべて覚えるのだろうか。

気が遠くなりそうだったが、王家から言われたのならやるしかない。

どうせ閉じ込められている間は他にやることもないのだし。


近くにあった本を何冊か持って読書室へと移動する。

読み始めた本は意外と面白くて、時間はあっという間に過ぎていく。



この日から、日中の間は食事をする時間以外は本を読むことになる。

あれだけあった本と資料だが、一通り読んでみるのに半年もかからなかった。

だが、さすがに覚えたのは三分の一もなく、最初から読み返すことにする。


ラザール様の妻にはなりたくない。

だけど、誰と結婚させられたとしても文句は言えないとわかっていたはずだ。

私は伯爵家の令嬢にすぎず、お父様が決めた婚約に従うのが当然だ。


リオ兄様と結婚できるかもしれないと思って、喜んでしまったからつらいだけ。

ちらりと左手の甲を見るけれど、そこには何もなかった。


精霊の祝福の花が消えてしまったのだから、リオ兄様はもう他の人を想っている。

学園に入ったら他家から婚約の申し込みがあると言っていた。

もうとっくに他の令嬢と婚約してしまっているかもしれない。


ずきずき痛む胸を無視するように、勉強へと意識を向ける。


したくもない王子妃教育だけど、これは貴族として生まれてきたからには義務だ。

いくらお父様とお母様に愛されていなくても、

この国の貴族として真摯に向かい合わなくてはいけない。

そう自分に言い聞かせて、集中して資料を覚えていく。


はらりと本にかかった髪がいつのまにかくすんで薄茶色に変わっていた。

これも精霊に誓ったことを破った罰だろうか。



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