58.初夜
少しして、ドアがノックされる。
入ってきたのはガウンを羽織ったリオ兄様だった。
「アリア、入るよ」
「え、ええ」
リオ兄様が部屋に入ってきたと思ったら、寝台の手前で動きが止まる。
大きく目を見開いたまま、少しも動かない。
「どうしたの?」
「え、いや……」
私を見ていたリオ兄様の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
かと思ったら、あきらかに視線を外された。
え?何があったの?
「リオ兄様?どうしてそっちを見ているの?」
「いや、その恰好は。サリーたちに用意されたんだろうけど」
「え?あぁ、この夜着はお義母様が用意してくれたものよ。
特別な日だからって」
「……なるほど」
「え?嫌だった?これが気に入らないの?」
「そ、そうじゃないよ。気に入らないわけない」
リオ兄様は私がいた寝台まで来たけれど、私に背を向けて座った。
「じゃあ、どうして?」
「いや……だって、アリアはわかってないの?
その夜着、透けて見えてるんだけど」
「え?」
言われなくても透けているのはわかってる。
着る前から透けてるってわかっていたもの。
だけど、それがどうかしたのだろうか。
「アリアの肌が見えているんだけど……」
「たしかに透けて見えているけど……。
でも、リオ兄様は私の裸なんて見慣れたんじゃないの?
何度も私の身体を洗ってくれたんでしょ?」
私が記憶があいまいだったころ、リオ兄様と湯あみまで一緒だった。
身体の全部洗ってくれていたのに、今さら?
「だ、だから、前も言ったと思うけど、
アリアの心がある時に見るのは別の話だから」
「別?」
「アリアの意識がある時にそんなのを見たら」
「見たら?」
「……見たら止められなくなるだろう」
耳まで赤くなっているリオ兄様に、背中に手をふれる。
ふれたらリオ兄様の身体が硬くなるのがわかる。
何か警戒されている?いつもならそんなことないのに。
目をそらしたままのリオ兄様に悔しくなって、
背中に顔を寄せた。
どうして、いつものように抱きしめてくれないんだろう。
初夜なのに、いつもよりリオ兄様が遠く感じる。
部屋に入ってきて、すぐに抱きしめてくれると思っていたのに。
「私だけ肌を見られるのはずるいわ。
リオ兄様もガウンを脱いで?」
「え?」
「だって、そんなにいうほど見えるのでしょう?この夜着。
透けてるって思ったけど、そこまで見えているとは思ってなかったもの。
だったらリオ兄様だけガウンを着るなんてずるいって思って」
リオ兄様の肌は見えない。しっかりとガウンで隠されている。
私だけ肌が見えるなんて恥ずかしい。
お互いに裸になるなら少しは恥ずかしくなくなるんじゃないかと思った。
「……いいのか?」
「いいって、何が?」
「俺が脱いでしまったら、もう止められなくなると思うけど」
「え?」
何を言って?と思っているうちに、
リオ兄様がこちらをむいて、寝台の上に乗り上げてくる。
ギシっと音がして、リオ兄様のひざが近くにくる。
せまってきたリオ兄様が真剣な顔をしていて、目をそらせなくなる。
「怖いなら、まだ待てると思った。
もう結婚したならアリアを奪われることはない。
焦らなくても、アリアの心の準備ができるまで待ってもいいと。
だけど、脱いだらきっと止められなくなる。
アリアは、それでいいの?」
止まれなくなる?でも、それって。
「リオ兄様は我慢しているの?
私の裸を見ても何も思わなかったのに。
……妹のように思っていたりしないの?」
返事よりも先にくちびるが重なる。
すこし強めにリオ兄様のくちびるが押しつけられた。
「んんっ」
「アリア、そんなことを言ったら優しくできなくなる」
「リオ兄様?」
「兄様じゃないよ。
アリアを妹だなんて思ったことはない。
ずっと、俺の運命の子だと思って……好きだ」
何度も何度もくちびるが重なる。
次第にとけていくように舌がからみあう。
妹じゃない。
運命の子……
それを証明するようにリオ兄様の手が胸にふれる。
身体が震えてしまったけれど、リオ兄様の手は離れなかった。
「リオって言ってごらん」
「うん……リオ、好き……」
「あぁ、好きだよ。アリア。ずっとアリアだけだ」
近すぎて、声が直接身体に響くよう。
ふれられる肌が少しずつリオ兄様の熱に馴染んでいく。
兄様なんかじゃなかった。
こんなにも大好きな人。ふれられて、うれしくて震える。
このまま溶け合えたらいいのにと思うのに、
全部を混ぜ合うことはできなくて、もどかしい。
それでも近づくのがうれしくて、すこしでもふれあっていたい。
これが幸せなんだと思うほど、
もっとリオ兄様を幸せにしたい。
リオ兄様の熱が伝わって、身体ごと幸せに感じる。
あぁ、これも全部、同じように返せたらいいのに。
力尽きるまで抱き合って、離れたくないとくっついたまま眠る。
どうか、このままずっとそばにいられますようにと願いながら。




