56.卒業するということ
「よう。アリアンヌ。やっと話せるな」
「お久しぶりです、ジスラン様」
精霊祭で顔は合わせたけれど、話すことなく終わってしまっていた。
最後に話したのは私の九歳の誕生会の時だった。
それまでも公爵家に遊びに来ていたから仲は良かったけれど。
周りのみんなと同じように臣下の礼をすると、ジスラン様は残念そうな顔になる。
「なんだ、ずいぶんと他人行儀だな。礼なんかしなくていい。
昔みたいにジスラン兄様って呼んでいいんだぞ?」
「え?」
ジスラン兄様?たしかにもう一人の兄様のようには思ってたけど、
そんな風に呼んだことあったただろうか?
「おい、ジスラン。アリアがそんな風に呼んだことなんてないだろう。
お前が勝手にジスラン兄様と呼べと言ったことがあるだけで、
アリアが呼んだことはないはずだ」
「それはお前が嫌だと言ったからだろう。
止めなければ素直なアリアンヌなら兄様と呼んでくれたはずなのに。
お前が変な嫉妬するから悪いんだ」
あーなんとなく思い出したかも。
ジスラン様がリオ兄様だけ兄様って呼ばれてずるいって言ってた。
あの時、兄様って呼べって言われた気がする。
「アリアの兄様は俺だけでいいんだ。
お前まで兄様と呼ばせてたまるか」
「はぁ?何を言ってるんだ」
「なんだよ、その顔」
長い金髪を一つに結んだジスラン様ははっきりとした緑目で、
きらきらした外見はとても王子らしい。
顔立ちは従兄弟でもあるリオ兄様と似ていて、白銀の兄様と並んでいると、
ジスラン様は太陽のようだし、リオ兄様は月のようだと思う。
それは性格もそうで、普段は真面目な王太子にしか見えないジスラン様だが、
今のようにリオ兄様をからかう時は楽しそうに笑う。
またリオ兄様をからかって遊ぶ気なんだろうなぁ。
「だって、リオネルはアリアンヌと結婚するんだろう?
いつまで兄様と呼ばせる気だ?」
「は?」
「え?」
私とリオ兄様の驚いた声が重なると、ジスラン様は私を見て笑う。
「リオネルだけでなく、アリアンヌまで驚くのか。
夫婦になってもリオ兄様と呼ぶ気だったのか?」
「いえ……考えてなかったです」
「俺もずっとリオ兄様と呼ばれてたから、それが当たり前だと思ってた」
「別に夫婦になっても兄様と呼びたいのなら止めないが。
あぁ、そういえばお前たちはもう夫婦になっているぞ」
「はぁ?」
「ええ?」
またリオ兄様と声が重なる。
真顔になったリオ兄様はジスラン様の胸倉をつかんで、めずらしく低い声を出した。
「おい。また何か変なことをしたんじゃないだろうな」
「誤解だ。俺が何かしたわけじゃない。
ほら、結婚する時って、精霊教会に行くだろう?精霊に祝福されるために。
といっても、教会の者に祝福しますって言われて終わるだけの」
「それがどうした。普通のことだろう」
「でも、リオネルたちは精霊王に祝福されてるじゃないか。
だから、もう精霊教会に行く必要はないってさ」
「……それか」
言われてみれば、もうすでに結婚したものとして精霊王に祝福されている。
今さら精霊教会に行くのもおかしなことなのかもしれないし、
下手に行ってしまったら、また精霊王を呼び出してしまうかもしれない。
「公爵家に嫁ぐ者としての条件は学園を卒業していることだろう?
アリアンヌは今日卒業したわけだから、その時点でリオネルの妻として認められている。
もうすでに王家としても承認している。
今日、わざわざ俺が来たのはそれを伝えるためでもあったんだ」
「……もっと早くに言えよ」
「言ったら、卒業パーティどころじゃなくなるだろう」
「……」
ええっと。ということは、もう私はリオ兄様の妻?
結婚のための手続きとかもする必要はなく、王家からも認められていると……
「というわけで、俺は帰るな」
「さっき来たばかりだろう」
「可愛い妻と息子が待っているんだ」
「……それじゃ仕方ないな」
言いたいことは全部言ったのかジスラン様は満足そうな顔をして、
リオ兄様の肩をぽんぽん叩いて帰っていった。
「あぁ、デュノア公爵夫妻からの伝言だ。
しばらくは領地にいるから、二人で新婚生活を楽しめって」
「……」
「良かったなぁ」
振り返ったと思ったら、そんなことを言って講堂から出て行く。
ジスラン様のお付きの者や護衛が慌てて後を追いかけて行った。
あいかわらず周りを振り回しているんだろうな。
仕事はできるのに、なんというか言動が自由過ぎる。
「ジスラン様の性格は即位しても変わらなさそうね」
「まぁ、国王としての仕事は真面目にやるだろう」
「あれ?みんな、どうしたの?」
アニータ様と二コラ様、アリーチェ様が固まってしまっていた
ジョセフ様だけは苦笑いしている。
「みんなびっくりしているんだと思う。
俺はジスラン様がリオネル様をからかうのを聞き慣れてるけど、
他の人はそうじゃないだろうから」
「あぁ、そういうこと。
私は逆に公式の場でのジスラン様をあまり知らないから、
あれがいつものジスラン様だわ」
「……知らなかったわ。二コラ、知ってた?」
「俺は二男だし、あまり関わったことはなくて。
兄上は知ってただろうけど……」
「私もこうしてお話を聞くのは初めてでしたので……」
あの性格をうまく隠せていたようで少しだけ安心する。
悪い人ではないけれど、リオ兄様をからかうのを生きがいにしている。
リオ兄様が好きなんだろうけど、昔もよく怒らせていた。
今は忙しそうだけど、落ち着いたら公爵家に遊びに来ることもあるんだろうな。
「ジスランはもう帰ったことだし、みんなは卒業パーティを楽しむといいよ。
学園生活の思い出はこれが最後なんだからね」
「ええ!」
リオ兄様の言葉に、全員がうなずく。
こんな風に学園で集まるのもこれが最後。
悔いのないように、たくさん話がしたい。
話しても話しても尽きなかったけれど、時間だけは過ぎていく。
終わりの時間になって、惜しみながら解散する。
高位貴族から先に退出しなくてはいけないので、
私とリオ兄様はみんなに見送られるようにして学園を出た。
「楽しかったか?」




