54.元の生活へと
精霊祭の夜会が中止になった後、
学園はしばらく休みになっていたそうだ。
学生の中に精霊の処罰を受けた者が多くいる以上、
すぐに学園を再開するわけにもいかない。
リオ兄様が私にずっとつきそっていられたのも学園が休みだったからだ。
結局、再開したのは一か月後だった。
軽い処罰だった者は二週間ほどで消えたらしい。
デュノア公爵家に謝罪したいと申し出が来ていたそうだが、
全員から謝罪を聞くのは難しいと断ったと聞いた。
その数を聞いて、さすがにそれは断るだろうと思った。
お義父様とリオ兄様は、精霊の処罰が消えた後の謝罪は不要だし、
それよりも私に近づくことは禁止すると返した。
そのおかげで学園でも謝罪されることはなかった。
ただ、たまに遠くで私に向かって頭を下げている人を見かけた。
きっと精霊の処罰を受けた人に違いない。
心がまっすぐな人ほど、騙されやすいこともある。
真実を知った後、どれほど後悔したのか。
私にできることはないけれど、もう気にしなくていいのにとは思う。
五か月が過ぎた頃、遠くで頭を下げているディオ様を見かけた。
先月からディオ様が学園に復帰したという報告は聞いていた。
ディオ様も私に近づかないようにと言われているのだろう。
「アリアンヌ様、そっちに行くのは」
「少しだけよ。話をしたいの」
ジョセフ様に止められたけれど、一度ディオ様とは話したいと思っていた。
「ディオ様」
「………」
頭を下げたままのディオ様に言葉を重ねる。
「もしかして、私とは話してはいけないと言われている?
そうなら話さなくていいから、顔をあげて?」
無言で顔をあげたディオ様にお礼を伝える。
「知らなかったの。私の知らないところで、
たくさんの人が私のために動いてくれていたこと。
ディオ様もそうだったのね。
ありがとう……おかげでリオ兄様のところに帰れたわ」
その言葉に、ディオ様の目が潤んでいく。
こうなって初めて、どれだけディオ様が苦労してきたのかわかる。
考えてみたら、ディオ様にはそれほどひどいことは言われていない。
ラザール様とマーガレットにからまれていた時も、
ディオ様がもういいだろうと言うと二人は満足して帰っていく。
ひどくなりすぎないようにディオ様が調節してくれていたのだと思う。
「……お礼、なんて……僕には……」
「もう、気にしないでほしいの。
ディオ様も精霊の処罰を受けたって聞いたわ。
でも、消えたのでしょう?
だから、もういいの。ディオ様は謝らなくていいの。
私が感謝しているって、伝えたかっただけだから。ありがとう」
ぼろぼろと泣きだしてしまったディオ様に、
見かねたのかジョセフ様がハンカチを渡す。
それを見て、迷いながらも受け取り顔を拭く。
「アリアンヌ様、もう行こう。
あまり話していると、目立ってしまう」
「あぁ、そうね。目立つのはよくないわ。
それでは、ディオ様。いつかまた話しましょうね」
「……」
何度もうなずくディオ様に、安心してその場を離れる。
これでもうあんな顔をしなくなるかな。
悪かった顔色が最後はよくなっていた気がする。
よほど自分のしたことを責めていたのかもしれない。
……マーガレットやお母様とは逆だわ。
あの二人は未だに何が悪いのかわかっていないそうだから。
マーガレットがあの離れに閉じ込められていると知った時、
これでマーガレットもひどいことをしたのだと反省してくれると思った。
お母様だって、牢に入れられたのならわかるだろうと。
姉に、娘に、どれだけひどいことをしたのか。
やっと理解してくれると期待してしまった。
五か月も過ぎたのに、何も変わっていないと聞いて、
多分これからも反省してくれることなんてないんだってわかった。
あの人たちはやっぱり私の家族なんかじゃなかった。
ラザール様だって謝罪の手紙を送ってきてくれたのに、
一番近いはずの家族には後悔すらないらしい。
教室に入って、次の授業の準備をする。
気がつかないうちにため息をついたのか、アニータ様に心配される。
「アリアンヌ様、またため息?何かあった?」
「ううん、なんでもないわ」
「何でもないならいいけど。
そういえば、卒業パーティは行うんですって?」
「ええ。リオ兄様がせっかくだからって」
「良かったわ。卒業パーティは一度だけだもの。
最後にみんなでお祝いしたいわよね」
「ええ。楽しみね!」
卒業まであと二か月。
卒業生とその婚約者が出席する卒業パーティは、
今年は中止になるかもと思われていた。
卒業生の中にも精霊の処罰が消えず、退学になったものが何人もいるからだ。
だけど、リオ兄様が開くことを決めた。
「最後は楽しかったと思って卒業してほしいんだ」とリオ兄様は笑っていた。
大変だったけれど、私に楽しかったと思ってほしいと。
今も隣にアニータ様とジョセフ様、アリーチェ様がいる。
A教室の三人はかけがえのない仲間になった。
卒業してしまえば、私とは身分が違うので、
公式な場で一緒にいるのは難しくなってしまう。
だからこそ、最後は笑って卒業したい。
それに精霊祭の夜会でリオ兄様とのお披露目もあんなことになってしまった。
今度こそ、きちんとお披露目してみんなに認めてもらいたい。
リオ兄様には卒業したらすぐにでも結婚しようと言われている。
結婚の前には公式な場でお披露目しなくてはいけないので、
そのためにも卒業パーティが開かれるかどうかというのは、大事なことだった。
私だけではなく、アニータ様にも。
アニータ様も卒業パーティで婚約者をお披露目することになっている。
先月、ロゼッタ様がジスラン様の子を産んだ。
銀色の髪の王子の誕生に、王都中が喜びの声であふれた。
そして、陛下が来年には王位をジスラン様に譲ると宣言した。
優しい性格の陛下は、早くジスラン様に王位を譲りたかったらしい。
だが、王太子が即位するためには規定がある。
ジスラン様と王太子妃との間に王子が産まれるのをずっと待っていたそうだ。
陛下はカリーヌ様とラザール様がああなったのは自分のせいだと思っていた。
だから、王位を下りるのはその責任も取りたいということだった。
どこかで何かが違えばこうならなかったのかもしれない。
だけど、もう事は起きてしまった。
後悔するだけではどうにもならない。
たくさんの想いを乗り越えて、私も少しは強くなれたと思う。
何よりも、大事なリオ兄様のために。
失ったものではなく、これからのことを考えなくてはいけない。
王子の誕生で気持ちも切り替わり、卒業パーティは二週間後となった。
仕立てたドレスもできあがり、公爵家に届けられる。




