53.外に出たい(マーガレット)
その日の昼、食事を運んできたのは家令ではなく侍女だった。
見たことのない侍女。挨拶も礼もなしに入ってくる。
その後ろから無表情な騎士が一緒についてくる。
「やっと来たわね!私をここから出しなさい!」
私が命令したのに、二人ともちらりと見るだけだった。
食事を棚に置いて、そのまま離れから出て行こうとする。
「ちょっと待ちなさい!」
「食事が終わったら、この棚に戻しておいてください。それでは」
侍女は私の言葉には反応せずに出て行く。
家令が朝に運んできた食事は食べずにいたせいでお腹が空いている。
冷めている質素な食事には腹が立ったが、他に食べるものがないので仕方なく食べる。
食事が終わって、明るくなった離れの中を見てみる。
奥に寝台が置いてある部屋があった。ここで眠れというのか。
本がやたら置いてある部屋があったけど、そんなものには興味がない。
狭くて何もない離れ。こんなところで生活するなんてありえない。
しかも、浴室には石鹸や香油が見当たらない。
着替えなのか、肌触りのよくない平民が着そうな服が置いてある。
こんな質の悪い服を私に着させるつもりなのか。
夕方になって、また侍女が離れに来る。
脅してでも外に出ようと侍女の腕をつかもうとしたら、
その手前で騎士に突き飛ばされる。
「っ!!何をするの!」
「今、侍女に何をしようとしていた?」
「何もしてないじゃない」
ただちょっと腕をつかんで、頬を叩こうとしただけ。
そうすれば素直に言うことを聞くと思ったから。
こんなとこに私を閉じ込めるのが悪いんじゃない。
「下手なことをすれば、食事も出さなくなる。
侍女には近づくな。何かすれば、その手を切り落とす」
「切り落とすですって!?」
「……精霊の処罰を受けたようなものを、
どうして生かしておくのか」
最後の言葉は私に聞かせるためではなかったようだ。
どうして生かしておくのか?
まるで私が生きているのが間違っているような。
あぜんとしていると、黙っていた侍女が口を開いた。
「……私はあなたに仕えているわけじゃない。
食事を運ぶ仕事をしているだけ。
命令を聞くことはないし、同情もしないわ」
「何を言っているの。あなたは侍女でしょう?
私の言うことを聞くのも仕事よ」
「はぁ……もう平民だというのに。
まだ自分が伯爵令嬢だと思っているの。
いいかげん、あきらめたらいいのに」
「私は平民になんてならないわ!そんなの認めない!」
お父様はきっと戻ってくるし、お母様だって何かの間違いだもの。
そうしたら、こいつらは全員ひどい処罰を受けさせるんだから。
二人は私が叫んだのを無視して出て行った。
悔しくて悔しくて、でも食事を捨てるのはできなかった。
お腹が空いているし、食べるものがこれしかなかったからだ。
その次の日、離れには誰も来なかった。
どうして食事が来ないのか、ドアを叩いても返事がない。
丸一日何も食べてなくて、お腹が痛くなって膝を抱えていたら、
やっと誰かが食事を運んできた。
「遅いわ!昨日は何をしていたの!」
「本当に何も反省しないとは」
離れに来たのは家令だった。
いったいどういうことなのか、詰め寄ろうとしたら、
騎士に剣を向けられて止まる。
「次、食事を運んできたものに近づいた時には、
容赦なく切っていいと許可を出しました」
「は?容赦なく、切る?私を?」
「本当なら平民として追い出してもいいんですよ?
そうすれば、すぐさま殺されてしまうはずです。
王家が三年、ここに閉じ込めろと言ったのは、
アリアンヌ様のために少しでも反省してほしかったから。
……それが無駄だと思えば、すぐに追い出すことになります」
「……ここは私の家なのよ?
追いだすだなんて、そんなことでき」
「ここはもう伯爵家ではないと言ったのを忘れましたか?
バルテレス伯爵家は爵位と領地を没収され、王領になりました。
私たちは伯爵家ではなく、王家に雇われています。
だから、あなたが何を命令しようとしても聞く必要はない」
「……信じないわ」
「信じないというのであれば、外に出てみればいいのでは?
何が起きても、責任は取りませんが」
離れのドアが開かれる。
外に出られる?家令と騎士は、私から離れていく。
今なら外に出られる……。
動き出した私を見ても、誰も止めなかった。
離れを出て、母屋へと向かったが、そこには何もなかった。
「……何もない?」
屋敷があったはずなのに、そこは建物が壊された跡があった。
そして、その隣に小さな小屋のようなものが建てられている。
中をのぞいたら、騎士たちが休憩をしていた。
どうしてこんな小屋がここに建てられているんだろう。
母屋があるなら、ベティがいるはずだと思ったのに。
みんなはどこに行ってしまったんだろう。
そうだ。ラザールのところに行こう。
ラザールとは仲が良かったんだし、
助けてとお願いしたら助けてくれるだろう。
馬車は無いけど王宮までの道なら覚えている。
門の外に出ると、通り過ぎた平民が悲鳴をあげた。
「ひぃぃ!」
「ば、ばけもんだ!誰かっ!」
私の姿を見て、走って逃げていく。
そういえば、平民に見つかったら殺されると言っていた。
あれは嘘だと思っていたけれど、もしかしてこの状況はまずい?
走って逃げたけれど、男たちに追いかけられる。
皆、手に武器を持って追いかけてくる。
「……誰か、誰か、助けてっ。ラザール、ディオ!
助けてっ。お姉様!お願い、私を助けて!」
後ろから腕に何かぶつかったと思ったら、強い痛みを感じる。
切られたのか、血がだらだらと落ちてくる。
「もう、嫌よ!誰か!」
囲まれて、殺されると思ったら、人が離れていく……。
もしかして、助かった?
「これでわかったでしょう。精霊の処罰を受けた者がどういう扱いになるのか。
おとなしく離れに戻るというのであれば助けますが、
このまま自由に生きますか?」
「……離れに戻るわ」
まださっきの男たちがこちらを見ている。
離れに戻ると言わなかったら、すぐにでも殺されてしまう。
馬車に乗せて連れて帰ってくれるのかと思ったが、
怪我をしているのに歩かされた。
離れに戻っても治療もしてくれず、侍女が着ていたドレスを脱がし、
浴室で身体を洗って置いてある服に着替えておくようにと言って出て行く。
一人で湯あみをしたことなんてないのに。
泣きながら浴室に行き、水しか出ないことに文句を言いながら身体を拭く。
思っていたほど腕の怪我はひどくなかったけれど、
ごわごわする服が痛くて、また涙が出た。
もう離れから外に出たいとは思わなかった。
だけど、どうして私がこんなひどい目にあっているのかわからない。
もう家令も侍女も騎士も、
話しかけても満足に答えてくれない。
「三年、その時間を有効に使ってください。
三年後も変わらないようなら、もう容赦はされないでしょう」
そんなことを言われても、どうしていいのかわからない。
「アリアンヌ様がここにいた時と条件は変わりません。
そのことがどういうことなのか、わからないというのであれば、
あなたはもう変わることなどないのでしょう」
意味が分からない。
お姉様がここにいた時と同じって、
だからそれがどうしたのよ。
私をここに閉じ込めて、何がしたいのか。
三年後、ここから出してくれる気があるのか、
私が聞きたいことは誰も教えてくれなかった。




