52.どうして(マーガレット)
「嫌よ、離して!どこに連れて行く気なの!」
「ですから、別室へと」
「私はまだお姉様と話があるのよ!」
「断られていたではありませんか。妹ではないと」
「何を言っているの!お姉様はお姉様よ!」
ためいきをついた騎士に、腹が立って手を振りほどいた。
どうして無理やり大広間から連れ出されなくてはいけないのか。
倒れていたお母様は担がれて連れて行かれてしまった。
「あなたが何を言おうと、あの方はもうあなたの姉ではありません。
おとなしく従ってください」
「ダメよ!ラザールも言っていたじゃない。
この変なあざをどうにかできるのはお姉様だけだって」
あの化け物がお父様を消してしまった。
そして、お母様と私にこんな黒いあざを残した。
これも全部お姉様のせいなのでしょう?だったら早く元に戻させないと。
お姉様が私に逆らうなんて許されないのだから。
お母様が倒れてしまったからには、
私がお姉様にしつけをしなければいけない。
「無理ですよ。それ、アリアンヌ様のせいではありませんから」
「お姉様のせいではない?」
「さっきもそう言われてたじゃないですか」
「だって、あの化け物を呼んだのはお姉様よ?」
「……精霊王様になんていうことを。
いいですか、あれは毎年と同じ祝詞でした。
精霊が精霊王様を呼んだのです。この国の異変を感じて。
それは、あなたたちのような悪意がそうさせたのですよ」
「悪意って何よ。それじゃ、まるで私が悪いみたいじゃない」
「そうだと言ってます。その顔、見ますか?
少しは反省するべきだと思うんですが」
「顔?」
騎士が指さした先には大きな姿見があった。
そこに映るのはドレスを着た真っ黒な女性。
顔も腕も手も首も、全部真っ黒い。何、この人。
近づいてみて、それが見覚えのある桃色のドレスなのがわかった。
「……嘘。これって……私?」
「そうですよ。そこまで精霊の処罰を受けるなんて、
どれだけひどいことをしたんですか」
倒れていたお母様はここまでじゃなかった。
どうして私だけ、こんなに?
呆然としているうちにどこか違う部屋に押し込まれた。
誰もいない。ここには私だけ。
一度食事を運んできた女官が私の顔を見て悲鳴をあげて逃げて行った。
そうよね……こんな顔。見たら悲鳴をあげるわ。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
私は何も悪くないのに。
これはやっぱりお姉様の意地悪なんだろうか。
あの時、騎士にはっきり言って、大広間に戻れば良かった。
しばらくして、違う騎士が部屋に入ってきた。
どういうことなのか聞こうとしたけれど、この騎士はまったくしゃべらなかった。
無理やり手を捕まれ、引きずられるようにして外に出される。
質素な馬車に乗せられたと思ったら、その騎士も中に乗る。
「ねぇ、どこに行くの?」
「……行けばわかる」
ようやくしゃべったと思えば、それっきり。
中年の騎士はまったくこっちを見ない。
仕方なく、外の景色を見ていた。
あれ?なんか見覚えのある景色。家の近くじゃない?
もしかして家まで送ってくれているのかな。
それなら言ってくれればいいのに。
馬車がついて降りたら、やっぱり伯爵家の屋敷だった。
なんだと思っていたら、玄関ではなく庭のほうに連れて行かれる。
着いたところは、離れだった。
「中に入れ」
「え?嫌よ、こんなとこ」
嫌だと言ったのに、押されて中に入る。
その勢いで転びそうになって、膝をついてしまう。
「何するのよ!」
騎士は無言でドアを閉めた。しかも、鍵をかけている。
「開けて!閉じ込める気なの!?」
足音が遠ざかっていく。
薄暗い離れの玄関で、どうしていいかわからず座り込む。
長い時間が過ぎ、夜が明ける。
灯りもない離れは怖くて、ただ震えていた。
ガチャリと音がして、鍵が開いた。
入ってきたのは違う騎士と家令だった。
「助けに来てくれたのね!」
「いいえ。食事を持って来ただけです。
それと、少しだけ説明をしに来ました」
「説明?」
「あなたはこれからここで生活してもらいます」
「は?」
「バルテレス伯爵家は無くなりました。
マーガレット、あなたはもう平民です」
「はぁ?」
私が平民?伯爵家が無くなったってどうして?
お父様がいなくなったのなら、私が継ぐだけでしょう?
「どうしてよ。私が次の伯爵になるだけでしょう?」
「精霊の処罰を受けた者は貴族家を継ぐことはできません」
「精霊の処罰って」
「その、黒いあざです。本当ならいばらの模様のはずですが、
どれだけ罪を重ねたのですか。
模様がわからなくなるほど、真っ黒になるとは恐ろしい」
「何よ!これは全部お姉様のせいなのよ!
文句はお姉様に言ってよ!」
悪いのは私じゃないのに、文句を言われても。
なのに、家令は大きくため息をついた。
「まずは、アリアンヌ様と同じ生活をしろとの命令です」
「は?」
「アリアンヌ様はこの離れで、まずは三年。
一度も外に出してもらえませんでした」
「……だから、なに?どうして私がそんなことを?」
「あなたが侍女と嘘をついて、アリアンヌ様をここに閉じ込めたんですよ?
あの日のことを覚えていないのですか?」
覚えて?そうだ……ベティに相談したら、嘘をついて追い出せばいいって。
お姉様が伯爵家に帰って来た日、追い出して離れに。
「……もう何年も前のことじゃない。私は知らないわ」
「そうですか。まぁ、言い訳はどうでもいいのですが。
アリアンヌ様が何を言われても伯爵も夫人もあなたも聞かなかったですからね。
食事は置いていきます。
あぁ、今後は食事を置きに来るだけで話すことはないでしょう」
「ちょっと、待って!お母様はどこに行ったの!?
お母様がこんなことを許すはずがないわ!」
「夫人は捕まりましたよ」
「え?」
「夜会の後、捕まる予定だったのが早まったそうです。
横領に虐待、王家への虚偽報告など、数えきれない罪があったようです。
一生、牢から出られないでしょうね。
まぁ、出たとしても平民ですから。ここへは戻って来ませんよ」
「………は?」
お母様が牢に?一生出られないって、なに?
気がついたら、家令と騎士はいなくなっていた。
残されていたのは質素な食事。
食べる気にもなれず、その場にうずくまる。
ふと見たら、桃色のドレスの裾が黒く汚れていた。
だけど、着替えもないし、一人では服も脱げない。
どうしていいのかわからず、ただ泣いていた。




