49.どうして僕は(ディオ)
せっかくの夜会だというのに、部屋に閉じ込められてしまった。
お前は連れて行かないと、父上と母上は夜会に出かけてしまった。
招待状には僕の名前もあったのに、行きたいと言ったのは却下された。
当分の間、社交するのは許さないと。
マーガレットと婚約解消したのだから、
新しい婚約者を探さなくてはいけないというのに、
社交させないなんて父上は何を考えているんだ。
学園でアリアンヌに暴言を吐いたと言われ、謹慎処分を受けた。
そのせいなのか、ここのところ父上の機嫌が悪い。
いつもなら助けてくれる母上も、今回は助けてくれなかった。
ため息をついたら、侍女のアンナがじろりと僕を見る。
何もしてないのに、どうしてにらんでるんだよ。
「なんで見張りなんてつけるんだよ。抜け出したりしないぞ」
「いいえ、旦那様に言われております。目を離すなと」
「だからって、窓の外にまで見張りを立たせるなんてやりすぎた。
どうせ馬車もないし、招待状もない。
夜会に行けるわけないんだから、一人にさせろよ」
部屋の中にまで見張りがいるなんて、耐えられない。
なんでこんなにまで監視がきついんだ。
「旦那様が、ディオ様なら王宮にもぐりこむだろうと。
ラザール様かカリーヌ様のお名前を出して夜会に忍び込むくらいすると」
「……そんなことしないよ。服だって、このままじゃいけないし。
僕はどこにも行かない。だから、せめて部屋の外で見張ってよ。
このまま監視されてたんじゃ落ち着いて本も読めない」
「わかりました。では、部屋の外にいます」
さすがに無理だとわかったのか、アンナは部屋から出て行った。
やっと一人になれて、思わずつぶやく。
「なんでバレてんだよ」
父上の予想した通り、夜会にもぐりこむくらい簡単だと思ってた。
ラザールかカリーヌ叔母上の名前を出せば王宮には入れるし、
服だってラザールの予備を借りればいいと思ってた。
今までだって王宮には行っていたんだし、
顔見知りの騎士だってたくさんいる。
王宮までたどり着くことができれば大丈夫なはずだった。
なのに、これだけ見張りをつけられたら無理だ。
部屋から出た時点で止められてしまうだろう。
今日の夜会はどうしても出席したかったのに。
クリステル様がラザールのパートナーとして入場してしまう。
なぜかクリステル様には招待状が来なかったらしい。
仕方がないからラザールにお願いしたと言っていた。
頼りにされたラザールは喜んでいたけれど。
もしかしたら、婚約者としてお披露目するんだろうか。
クリステル様は結婚するためにこの国に来たと言っていた。
ラザールなら、相手として身分もちょうどいい。
だけど、そんなことは許せない。
どうにかして夜会に出て、止めようとしていた。
きっと、これが僕の初恋だから。
クリステル様と僕が身分違いなのはわかっている。
だけど、ラザールなんかに奪われるわけにはいかない。
カリーヌ叔母上の性格が悪かったから第二妃になれただけなのに、
従兄弟なのに第二王子と伯爵家の三男。
頭も顔も精霊の力も俺のほうが上なのに。
身分だけはラザールに敵わない。
僕が第二王子として生まれたなら、ちゃんと王宮に住んで、
王子教育も問題なく終わらせて、中級でもあって。
クリステル様にふさわしい王子になっていたと思うのに。
どうして僕は王子として生まれなかったんだろう。
ぼんやりしているうちに時間が過ぎる。
どうにもできない。今頃は夜会が始まっている……。
もう間に合わないな。あきらめたくなんかないのに。
一瞬、部屋の中に強い風が吹いた。
窓も開けていないのに、頬に風があたった。
「……なんだ?今の……」
やっぱり窓は閉まっているし、ドアも開いていない。
それなのに部屋の中に風が吹くなんておかしい。
ふと見た腕に黒いものが見えた気がして、袖をまくる。
そこには黒いいばらの模様が浮き上がっていた。
「なんだ、これ!」
恐る恐るさわるが、こすっても落ちない。
慌てて私室についている浴室に駆け込む。
何度洗い流しても落ちない。肌が赤くなっても、黒は少しも薄れない。
「どういうことなんだ……何が起きている?」
洗っても変わらないことがわかって、とりあえず浴室から出る。
腕が隠れる服に着替えて、ソファに座る。
……これはいったいなんだ。他の者に見られたらまずいのか?
ドアがノックされて部屋に入ってきたのはアンナだった。
異変に気がつかれたのかと思ったが、そうじゃなかった。
「ディオ様」
「なんだ」
「旦那様と奥様がお帰りです」
「は?もう?早くないか?」
「何か緊急のことが起こったようです。
ディオ様をお呼びです」
「……わかった」
緊急の事態で夜会が早く終わった?
もしかして、中止になったのか?
応接室に入ると、深刻そうな顔をした父上と母上がいた。
僕が向かい側に座ると、なぜかほっとした顔になる。
「……お前は無事だったか」
「無事?何があったんですか?」
「……精霊王が現れ、精霊の処罰を受けた者が出た。
ラザールやカリーヌ、バルテレス伯爵家もだ」
「は?」
精霊の処罰?初めて聞く言葉に、父上から説明を受ける。
夜会で何が起きたのかを知り、血の気がひいていく。
「お前を謹慎させておいて良かった。
あの場にいたら、クリステル王女を助けようとしただろう」
「王女を?どうしてですか?」
「クリステル王女も精霊の処罰を受けたからだ。
……お前、あんなに王女に惚れ込んでいたじゃないか」
「………?」
そうだ。なんでクリステル様のことを心配しなかったんだ?
あんなにクリステル様のことが好きだって……本当にそうか?
だって、あれはマーガレットよりも性格が悪いぞ。
俺は顔よりも性格のほうを重視する人間なはずだ。
どうして、あんなにクリステル様を好ましいと思っていたんだろう。
「父上、どうやら僕の中のクリステル様への気持ちが消えたようです」
「何?どういうことだ?」
「いや、今になって考えたら、どうして好きだったのか理解できないんです。
それと……ごめんなさい。父上、母上、僕も精霊の処罰を受けたようです」
袖をまくって腕の黒い模様を見せると、二人は悲鳴のような声をあげた。
あぁ、やはりこれが精霊の処罰か。
当然だな。どうしてアリアンヌ様にあんな暴言を。
髪を切ればいいなんて、令嬢に向かっていっていい言葉じゃない。
「……どうして。ディオ、あなたはデュノア公爵家のために動いていたのに」




