45.精霊の処罰
『この国は精霊に愛されている者を大事にしていないようだな』
その言葉に慌てたのは陛下とジスラン様だった。
『精霊に愛されている者は国のために存在するのではない。
精霊に愛されている者がいるから、この国は加護を受けている。
けっして、この国のために精霊が働くことはない。
その違いがわからないものが多いようだな』
その言葉に陛下とジスラン様だけでなく、貴族たちが視線をそらす。
『アリアを利用しようとしたもの、
貶めようとしたもの、見下したもの、
精霊の力を奪おうとしたもの、すべては精霊が見ていた。
その報いはこの場で受けるがよい』
一瞬の風が大広間の中を通り過ぎていく。
報いとは?と思っていると、大広間中から悲鳴が聞こえ始めた。
いったい何が起きたの?
「何よ、これ!」
悲鳴のような王女の声に視線を向けると、
王女の腕や首に黒いいばらのような模様が浮き上がっている。
まるで痣のような黒いいばらは巻き付くように王女の頬にまでのびていた。
周りを見渡すと、手首だけにあるもの、王女のように顔にまであるもの、
まったく何もなく周囲を見て驚いているもの、様々だった。
「マーガレット!なんだその顔は!?メラニーまで!」
「ジョスラン、あなたもよ!」
「どうして、こんな!?」
少し離れたところで、お父様とお母様、マーガレットの叫び声が聞こえた。
周りの者は三人を避けようとしたのか、そこだけ人がいなくなっていく。
三人は黒いいばらが身体中に浮き上がり、顔もいたるところに痣が見える。
それだけでなく、髪の色がくすんで光を失っていくのがわかった。
『精霊の処罰だ。それは犯した罪の重さによって蔓がのびる。
そして、犯した罪を償わなければ消えず、精霊の力は使えなくなる』
精霊王の言葉に、何人かが気を失って倒れる。
奥の方で第二妃カリーヌ様が倒れたのが見える。
カリーヌ様のそばに駆け寄ったラザール様の首にも黒いいばらが見える。
ちらりと見えたカリーヌ様は顔にまで黒いいばらがあった。
「……どうして。私は精霊に愛されているのに?」
座り込んでしまった王女のつぶやきに精霊王は呆れたように答えた。
『もともとそこまで力は使えなかったはずだぞ。
隣国の者としては使えたほうだろうが。
お前は精霊の怒りを買った。
アリアの髪は精霊の住処になっている。それを切れだと?
そんな愚かなことを言うものが精霊に愛されるわけないだろう』
もしかして、さっき精霊が伝えたのはこれかしら。
私の髪が精霊の住処になっていたのは知らなかったけれど、
切れと言われたの精霊が怒っていたのね。
「どうしてそんな女が選ばれて……」
『アリアの価値をわからぬのなら、それでいい。我の前に姿を見せるな』
精霊王に言われ、ジスラン様がハッとした顔になって動き出す。
「王女を捕まえて部屋へ戻せ。指示があるまで部屋から一歩も出すな」
「「「「はっ」」」」
王女の近くにいた近衛騎士たちが王女の腕を捕える。
おそらく、ラザール様を止めるために配置されていた近衛騎士達だ。
さっきは腕や肩が出ているドレス姿の王女に、
ふれていいかわからなくて止められなかったんだろう。
さすがに黒い模様だらけになっている王女には容赦しないようで、
両腕を捕まれた王女は引きずられるように連れ出される。
その間もずっと私へ何か言い続けていたようだけど、
リオ兄様が私の両耳をふさぐから聞こえなかった。
『さて、祝福の後で処罰しようと思ったのに先になってしまったな。
早く祝福をしてしまうか。二人とも、こちらへ』
「は、はい」
顔は見えていないのに、なぜか視線が合ったような気がして返事をする。
リオ兄様と二人で精霊王の前に立つと、精霊王は満足そうにうなずいた。
私とリオ兄様の間の少し上に手をかざしたと思ったら、全身を光に包まれる。
なんだろう。じわじわと身体の中から温かくなるような光。
懐かしいような感じ。知らないけれど、母親からの愛ってこんな感じだろうか。
すーっと、光がおさまっていくと、元通りの景色に戻る。
何か変わったようには見えないけれど、祝福は受けているはず。
『この国のために自分を犠牲にして生きることは許さない。
お互いのために生きよ。そうすれば精霊はそなたらに応えるだろう』
お礼の気持ちをこめて、精霊王に深く頭を下げる。
リオ兄様と二人、ゆっくりと礼をして顔をあげる。
「これでもう俺たちを引き離そうとするものはいないだろう」
「ええ、そうね」
心の底からうれしそうに笑うリオ兄様に、同じように笑い返した。
もう二度と誰にも邪魔されない。
精霊王に認められたのだから、陛下にだって邪魔をする権利はない。
そろそろ精霊王は精霊界に戻るのか、気配が薄くなりかける。
見送らねばと視線を戻した時に、叫ぶような声が聞こえた。
「この化け物が!お前のようなものがいるから!」
振り向いたら、お父様が何かを投げたところだった。
化け物って、まさか精霊王のこと?
お父様が投げつけたものは精霊王に当たる前に何かにぶつかってはじけ飛んだ。
と、同時に精霊の光がいくつか消えるのが見えた。
『……忌避石を投げたのか』
忌避石!?精霊が嫌がるというあの?
もしかして、精霊の光が消えたのは……
『ああ…精霊が死んだ』
精霊を殺すなんて、なんてことを。
「ははは!ざまあみろ!こんな石ころで死ぬくらいの存在なくせに!
お前たちがいなければ、この世界はもっといいものになるんだ!」
他にも忌避石を持っているのか、お父様はまた懐から何かを出して、
こちらに投げつけようとした。
『お前には精霊を殺した罪をつぐなってもらわねばならん』
精霊王が片手をあげたら、お父様の上に大きな闇が広がっていく。
その闇はお父様を飲み込んで、そして消えた。
「……消えた?」
『あの者は精霊界のはざまに送り込んだ。
闇しかない世界で、死ぬまで己の罪を考えて過ごせばいい。
今まで都合のいいように精霊の力を使っておきながら、
精霊を虐げることは許さない。
この国の王族たちよ、それだけは心に刻んでおけ』
少しずつ精霊王の光が薄れていく。
陛下とジスラン様が頭を下げて見送るのを見て、大広間中の者が頭を下げる。
精霊王が消えた後、精霊たちが私の髪に戻って来た。
なんとなく震えている気がする。
「精霊も怖かったんだね……もう大丈夫だよ」
声をかけたら精霊の震えが少しおさまった気がする。
大広間では座り込んでいる者は三分の一いるだろうか。
残りの者たちはそれらを避けて端の方にいた。
「精霊の処罰を受けた者は他の部屋に移せ。
あぁ、名前と処罰の個所を記録しておけ」
ジスラン様の指示で近衛騎士だけではなく、王宮文官も動き始める。
これは夜会どころではなさそうだ。
力なく座り込んでいるマーガレットは気を失ったお母様を抱きかかえたまま。
視線はどこを向いているのかわからない。
あれほど気が強かったのに、私へ文句を言うこともできないようだ。




