41.仕立て屋
学園が休みの今日は昼過ぎから仕立て屋が来ることになっていた。
精霊祭の夜会が来週となり、
着ていくドレスと装飾品の最終的な確認を行うためである。
採寸時はまだ少しやつれていたこともあって、余裕を持たせて仕立ててあったが、
それほど体重が増えたわけではないので詰める必要があった。
これは一日もあれば直せるということだった。
装飾品もつけて最終的な確認も終わり、仕立て屋は満足そうに帰っていった。
と、入れ替わりでリオ兄様が部屋に戻ってくる。
ドレス姿を見るのはその日までとっておくつもりらしく、
試着中は執務室で仕事をすると言っていた。終わったのだろうか。
「ドレスはどうだった?」
「すごく素敵だったの。リオ兄様も一緒に見てくれたら良かったのに」
「初めて婚約者として夜会に連れていけるんだ。
その日まで楽しみにしておきたくて」
「そうね。婚約者として夜会に出るのよね。
夜会デビューなのに、緊張しちゃうかも」
伯爵家にいた時は夜会に出ることは許されなかった。
普通は学園に入った年に夜会デビューするのだが、
そんなことはお父様達には関係なかったらしい。
今考えてみたら、修道院に入れるつもりだったから、
最初から私を夜会に出す予定はなかったのだろう。
ドレスを仕立てるのももったないとか思っていそう。
「緊張してもいいよ。俺がずっと隣にいるから」
「ふふ。そうね。リオ兄様がいるんだもの。大丈夫ね」
夜会デビューでも、婚約者としてのお披露目であっても、
隣にリオ兄様がいてくれるならどんなことでも乗り越えられそうな気がする。
笑ったら抱き上げられて、リオ兄様は私をひざの上に乗せてソファに座った。
「どうかした?」
「仕立て屋というのは、情報屋でもあるんだ」
「情報屋?」
「そうだ。服を脱いだ状態で、長時間そばにいるわけだろう。
デザインの打ち合わせのために何度も屋敷に足を運ぶこともある。
ドレスを仕立てるのには金がかかるから、その家の経済状況もわかる」
「それで情報屋……」
言われてみたらそうかもしれない。
貴族が服を脱いだ状態を見せるというのは、結婚相手か使用人くらいなものだ。
それなのに、肌が見える状態で採寸を行い、
何度も着替えを手伝わせたりすることになる。
無防備な状態でそばにいることを許すというのは、
心を許すことにもつながるのかもしれない。
「誰にでも買えるものではないけどね。
さきほど、店の支配人が執務室の方に来ていたんだ」
「何か情報があったから?」
「ああ。調べておくように言ってあったんだ。その報告だね。
バルテレス伯爵家とファロ家について」
お父様たちとディオ様の家……あれから会っていないけれど、
二人が婚約解消したというのは聞いていた。
あんなに仲が良さそうだったので意外だと思っていた。
何かあったんだろうか。ディオ様は王女のそばにいたようだけど、
マーガレットがいなかったのもそのせいだろう。
「マーガレットの婚約解消はファロ家からの申し入れらしい」
「ディオ様から?それともファロ家の考えで?」
「ファロ伯爵はもともとマーガレットとの婚約は嫌がっていたらしい」
「え?」
「父親の元伯爵が勝手に約束してきてしまったそうだ。
ディオは子爵家あたりに婿入りさせるつもりだったと」
「元伯爵というのはカリーヌ様のお父様よね?」
大雨の被害が出た領地にいち早く手を貸したという元伯爵。
美しいカリーヌ様を可愛がって大事にしていると聞いたことがある。
「そうだ。マーガレットとディオの婚約も
ラザール王子とアリアの婚約がきっかけだったらしい。
だから、ラザール王子が婚約解消したから、
ディオも婚約を続ける理由がなくなって解消したということだ」
「そんな理由で……ディオ様は婚約解消したかったのかも。
あの時、私を呼びにきたのはディオ様だった。
積極的にラザール様との婚約解消に関わっていたと思うの」
「そうだろうな。もうすでにファロ家はディオの新しい婚約者を探し始めている。
だが、肝心なディオは王女に夢中になっていて、話は進まないそうだ」
「王女に夢中って……どうするつもりなのかな」
「何も考えていないんだろう。ディオもラザールも」
二人とも謹慎がとけて学園に戻って来た後も、
王女のそばから離れようとしなかった。
同じA教室でも侯爵家の令息は王女に近づかないようにしているらしいのに、
ラザール様とディオ様は王女の家臣のように言いなりになっている。
「マーガレットのほうも新しい婚約者を探そうとしているらしい。
が、見つかることはないだろうな」
「え?」
「バルテレス伯爵家はデュノア公爵家と縁を切られたままだ。
その上、ラザール王子と切れたから、王家との関係も無くなった。
ファロ家との関係まで無くなった以上、貴族としての価値はない」
これまでバルテレス伯爵家が社交できていたのは、
私がラザール様の婚約者だったから。
そして、マーガレットがファロ家の婚約者だったから。
そのどちらも無くなってしまった今は、つきあいをやめる家が出ても仕方ない。
「マーガレット自身も姉の悪口を言うばかりで、
成績は悪い、下級で、見た目は平凡。
お茶会に呼ぶのも遠慮したい、という評判だそうだ」
「そんなに……」
「今までずっとアリアの悪口を言ってたんだ。
そのアリアが公爵家の次期当主の婚約者になると、
知っている者はもう知っているはずだ。
関わるのをやめようと思っても無理はない」
「そうね。巻き添えになるのは避けるわよね」
婚約者が見つからないだけじゃなく、
今後はバルテレス伯爵家が続くがどうかもあやしい。
私が伯爵家から出て以来、バルテレス伯爵領では雨が降っていないそうだ。
このままでは不作になるのは間違いない。
ファロ家からの支援も無くなった上に、領地からの税もなく、
むしろ領民を助けなくてはいけない状況になると思われる。
だけど、そんなお金はない。
このままだと爵位と領地の返上は免れない。
平民になったとしても、働かなくては生きてはいけない。
あの三人が働けるとは思えなかった。
「今後も何かあれば情報は入ってくるだろう。
バルテレス伯爵家もファロ家も、ラザール王子と王女も。
夜会では会うことになる。大丈夫か?」
「さすがに夜会では避けられないもの。
むこうだって夜会で騒ぐことはしないでしょう?」
「だと思うが。まぁ、俺が離れなければいいか」
「ええ」
王女のことは少し不安になったけれど、
夜会に出て婚約者としてお披露目してしまえば問題はなくなる。
「でも、本当に私が精霊の巫女になってもいいの?」




