40.俺を見て
帰りの馬車、リオ兄様は何も言わなかったけれど、少し怒っているようだった。
ジョセフ様から報告されたのかもしれない。
もしかして、呆れられてしまっただろうか。
一人では王女に言い返すこともできないなんてと。
馬車が着いたと思ったら、リオ兄様に抱き上げられる。
「え?」
「部屋に戻る前に少し歩こうか」
「歩くって、抱き上げているのに?」
「いいんだよ、これで」
またこれでは散歩にならないと思っていたら、裏庭に連れて行かれる。
精霊の泉まで行くのかと思ったが、そうではなかった。
咲きかけの薔薇を手折ったと思ったら、私の髪に差し込まれる。
まだ咲きかけなのにふわりと甘い匂いがする。
あまり強い匂いじゃないのは、この国の薔薇は匂いが強くない品種だからだ。
でも、私はこのくらいの控えめな匂いのほうが好き。
そっと心に寄り添ってくれるような優しい甘さ。
王女のねっとりとした強い花の匂いとは全く違う。
「少しは気分が落ち着いたかな」
「ええ……もしかして心配させてしまった?」
「心配するに決まっているだろう」
「ごめんなさい」
またリオ兄様を困らせてしまった。
どうしてこうなんだろう。
リオ兄様を幸せにしたいのに、少しもうまくいかない。
「アリアは誤解している」
「え?」
「アリアは一人で何でもできなくては認められないと思い込んでいる。
公爵家の養女として、俺の婚約者として。違うか?」
「そうだけど、何かおかしい?」
「一人で何でもできるのなら、俺がそばにいる意味は?」
「え?」
リオ兄様がそばにいる意味?
わからなくて黙ってしまったら、リオ兄様は悲しそうに笑う。
「俺はアリアと離れている時、とても悲しかった。
アリアのために何もできない自分が無力で、
周りの力を借りても、どうにもならないことに腹が立った」
「リオ兄様……」
「アリアが一人で悲しんで苦しんでいるのがわかっているのに、
そばにいてあげられなかったことが、どれだけつらかったか。
だけど、俺のつらさよりもアリアがつらいのが苦しかった。
わかるか?」
そんなに私のことを思っていてくれたなんて。
八年間離れていた間、きっと私のことなんて忘れているに違いないと思っていた。
なのに、リオ兄様はずっと私のことを忘れなかった。
「今、こうして抱きしめられる距離にいる。
好きなだけだふれることも、くちづけることも。
だけど、一番はアリアを幸せにしたい」
「私を幸せに?」
「そうだ。アリアが幸せでいることが俺の願いだ。
だから、俺の手を借りないで何とかしようと思わないで。
俺を、俺の手を必要だと言ってくれ。
そのために俺はアリアの隣にいるのだから」
「私……リオ兄様を悲しませてたのね。
みんなにリオ兄様の婚約者だと認められるようになりたくて、
一人でなんでもできるようにならなくちゃいけないって。
だけど、一番大事なリオ兄様をないがしろにしてた」
どうしてすぐ目の前にいたリオ兄様を見なかったんだろう。
こんなにも頼ってほしいって言ってくれているのに、
その手を取らずに、リオ兄様を幸せにしたいだなんて。
「アリアは迷惑をかけたくなかったんだろう?
でも、俺にとっては迷惑じゃない。うれしいんだ。
やっとアリアのために何かできる。頼ってもらえる。
だから、これからはちゃんと俺に言ってくれるね?」
「ええ、ちゃんとリオ兄様に頼るわ」
「ああ。そうしてほしい」
「ん」
もう一度ごめんなさいって言おうとしたのがわかったのか、
くちづけでふさがれる。
少し体温が高いリオ兄様の唇が熱く感じられて、
ふれられたところから溶けてしまいそうだと思った。
「ふにゃふにゃになったアリアも可愛いな」
「……もう」
抱き上げられたままじゃなかったら、立っていられなかったと思う。
赤くなっているはずの顔を隠そうとリオ兄様の首筋に額をつけたら、
ぎゅっと抱きしめられた。
「俺の婚約者はアリアだよ。もう二度と疑わないように、ね」
「ええ、もう大丈夫。リオ兄様の妻になるのは私だもの」
「あーもう。明日にでも結婚出来ればいいのに」
「学園を卒業しないと結婚できないんでしょ?」
「成績優秀者は試験で合格すれば卒業できることにしてしまおうか。
だけど、それじゃあ、アリアが学園生活を楽しめないか。
……仕方ない。あと一年は我慢するよ」
「ふふ。私も我慢するから、ね?」
リオ兄様は次の日から対策を取ってくれたようで、
王女に会うことはなくなった。
どうやったのか聞いてみたら、
二学年だけ授業の時間を一時間後ろにずらしたのだという。
そのため、朝の登校時間から会うことがなくなり、
昼休憩も私たちが終わった後に二学年の休憩になる。
「それに、二学年の校舎の出入り口に近衛騎士を置くことにしたんだ」
「近衛騎士を?」
「授業をさぼって抜け出してこられたら意味が無いだろう?」
「あぁ、そういうこと」
「王女だけじゃなく、再来週にはラザールたちも戻ってくるからね。
授業を抜け出すようなことがあれば止めるように命じた」
「それなら学園内で会うことはもうなさそうね」
ほっとしたけれど、少しだけ疑問はあった。
「どうかした?」
「いえ、私に会うことはできなくなったけど、リオ兄様に会いに行ったりしない?」
王女はリオ兄様に会うのが楽しみだと言っていた。
まだ会ったことがないのは聞いたけど、学園長室に会いに行ったりしないんだろうか。
そう思ったら、リオ兄様は面白そうに笑った。
「王女が俺に会いたがっているのは知っていたからね、
二学年の学園長は叔父上に頼んでいるんだ」
「王弟殿下に?」
「そう。表向きの理由はラザールがいるからということにしてある。
ラザールの婚約者だったアリアと婚約するわけだからね。
何かあった時に私情が入ってると思われると困るだろう」
「じゃあ、王女はリオ兄様が学園にいることを知らないのね」
「知らないよ。学園長になったと挨拶したのは一学年だけだし、
三学年も知っているのはA教室とB教室の学生だけだろう。
これで安心したか?」
「ええ、安心したわ。ありがとう!」
これで安心して学園に通えると思ったらうれしくて、
お礼でリオ兄様の頬に口づけをしたら驚いた顔をしたけれど、
うれしそうに腕の中に閉じ込められた。




