38.嫌な男(クリステル)
いつものようにくつろいでいると、何だか騒がしい。
もしかして、またラザールが訪ねてきたのかもしれない。
この国の第二王子だというから、少し笑いかけてやっただけなのに、
まるで犬のようにまとわりついてくる。
一応は王族だし、役に立つかもしれないと思い、
学園でそばにいることは許しているが、部屋にまで来るとなると話は違う。
また追い返せと言えばいいかと思っていたら、
アーネル国から連れてきた侍女たちが慌てている。
「姫様、あの!」
「どうかしたの?」
「王太子様がお見えになって!」
ジスラン様が?こんな先触れもなく?
驚いていたら、侍女たちが止める声と同時にジスラン様が顔を出す。
「あぁ、いたか」
「ジスラン様!急に部屋まで来るなんて、何の用なの?」
急に押しかけて来るなんて、さすがに無礼ではないの?
ジスラン様がこの国の王太子だとしても、私は隣国の王女なのに。
たとえ、自国では立場の弱い王女だとしても、
ここではアーネル国の王女に違いない。
「用が無ければ来ない。用件だけ伝えれば帰るよ」
「……そう」
ジスラン様は私の許可も取らずに向かい側のソファに座る。
会うのはこれで二度目だけど、初めて会った時は嫌な思いをした。
私と同じ金色の髪に緑目。
妃がいなければ良かったのにと残念に思うほど好みの顔だった。
それなのに、私が笑いかけてもにこりともせず、ずっと無表情。
挨拶の後、最初に言われたのは苦情だった。
「匂いが強いようだ。この国では好まれない」と。
花の匂いがする香水は男性の性的な欲求を高める成分が入っている。
私の魅力を十分にみせるために、わざわざ希少な香水を手に入れたというのに、
ジスラン様は嫌そうな顔ですぐに退出していった。
一部の人間にはどうやら効果がないようだというのはすぐにわかった。
効果があれば、ラザールのようにすぐに骨抜きになる。
ジスラン様に効果が無かったのは残念だったが、仕方ないとあきらめていた。
それからは同じ王宮内にいても会うこともなかったのだが。
もしかして、私に会いたいと思ってくれたのかしら。
一瞬喜びそうになったけれど、ジスラン様はお茶はいらないと侍女に言う。
「学園から苦情が来た。令嬢に髪を切れと言ったそうだね」
「ええ、言ったわ」
それが何か?アーネル国にいた時もそうだった。
銀髪の侍女は雇うなと言っているのに、私の目の前にいたのが悪い。
その場で短く切っても、咎められたことはない。
あの令嬢の髪をその場で切らなかったのは、この国の令嬢だからという気遣いだ。
自国の令嬢なら、学園に来なければ許すなんて絶対に言わない。
「なぜ、髪を切らなければいけない」
「ラザールが目障りだというから。
王族が気に入らないのなら、仕方ないじゃない」
「この国の王族はそのような横暴な真似はしない」
「横暴?髪を切るくらいで?」
まさか、このくらいで横暴だと言われるなんて。
この国の王族って、権威がないの?
そんなんじゃ貴族になめられてしまうじゃない。
「では、クリステル王女の髪が気に入らないから切れと、
もっと立場が上の者が言えば、その髪を切るんだな?」
「私が?なぜ切らなくてはいけないの?」
「そういうことだろう。
身分が上の者が気に入らなければ、
髪を切れという理不尽な命令にも従わなくてはいけないと」
「違うわ。私は王女だもの。私に命令できるものなんて」
「いるだろう。いくらでも」
冷たい表情だったジスラン様の口元がにやりとゆがむ。
それは、アーネル国での私の立場の低さを言っているの?
「ラザールとディオは学園から謹慎処分を受けた」
「は?謹慎処分?なぜ?」
「あの令嬢はラザールの婚約者だった。
婚約解消したと知った陛下が、二度と近づかないようにと警告をしていた。
それを無視し、学園内で一方的に罵ったと」
「元婚約者?ふぅん」
あんなに急に怒り出したからどうしたのかと思ったけど、
前から揉めていたのかしら。
ディオがあの令嬢は精霊に嫌われている下級以下だと言っていた。
それが恥ずかしくて婚約解消したのね。
「クリステル王女に関しては、もめ事を起こしたのが最初だからと、
今回は警告するだけだそうだ」
「警告?」
「この国の令息令嬢は、クリステル王女の命令を聞く義務はない。
二度と命令をしたりしないように」
「……」
「返事がなくても、かまわない。
アーネル国には同じように手紙を送った」
「っ!!」
まずい。何か問題を起こしたらアーネル国に戻すと言われていた。
国王はともかく、異母兄の王太子は甘くない。
私が何かしたら、本気で戻されてしまう。
「クリステル王女には明日から家庭教師をつけさせてもらう」
「家庭教師ですって?」
「そうだ。この国の法律、礼儀作法、学園のルールを覚えてもらう。
それに違反するようなことがあれば、すぐにでも帰国させる」
「帰国する気はないわ」
「なら、ちゃんと覚えるんだな」
話は終わりだとでも言うのか、ジスラン様は立ち上がった。
もう、イライラする。別に学園に通いたいわけじゃないのに。
さっさと婚約させてくれれば済む話なのに。
「そんなことより、まだ会えないの?」
「あぁ、デュノア公爵家の次期当主に会わせろと言っていたな」
「そうよ。素敵な方なのでしょう?」
この国に来てすぐに会いに来るように言ったのに、断られた。
仕事があって忙しいし、王女に会う理由がないと。
私が会いたいと伝えてと言ったのに、まだ伝えていないのだろうか。
この私が会いたいと言ってあげているのに、向こうから会いに来ないなんて。
もしかしたら、最初から伝える気がないのかもしれない。
なぜか、ジスラン様には敵視されている気がする。
公爵令息だって、私に会えば喜んで婚約すると思うのに。
きっとジスラン様が邪魔している。
「何のために会いたいのかわからないが、会ってくれることはないだろう」
「どうして?」
「今までも王女に会う気はなかっただろうが、
今回のことでますます会わないと言うだろうよ」
「え?」
「クリステル王女が髪を切れと言った令嬢は、
デュノア公爵家の次期当主の婚約者だ」
「……は?」
「婚約者をそんな目にあわせようとした王女に、
会いたいなんて思うわけないだろう」
デュノア公爵家の次期当主に婚約者がいるなんて話は知らない。
どういうことなのか聞こうとしたが、ジスラン様は部屋から出て行った。
「……婚約者?あの女が?」




