37.婚約解消(マーガレット)
「隠していても知ってるんだ。マーガレットがずっと嘘ついていたこと。
アリアンヌがマーガレットに意地悪なんてしてないってことも」
「え?」
「散財していたのはアリアンヌじゃなくマーガレットと伯爵夫人で、
それなのにアリアンヌの悪い噂をバラまいていたことも」
「……それは」
ディオにバレていた?そんな。嘘でしょう。
お姉様にいじめられているって話した時、あんなに同情してくれていたのに、
全部わかった上で演技していたというの?
「マーガレットの侍女に嘘をつかせてアリアンヌを離れに閉じ込めたことも、
ずっと勉強だけさせて外出すらさせていなかったことも。
ドレスどころか、普段の服すらまともに仕立ててもらっていなかった。
他にも知っているよ?マーガレットがもっとひどいことをしようとして、
家令と侍女たちに止められていたこともね」
「……だって、あれはお姉様が悪いから」
「まだそんなこと言うの?アリアンヌが何をしたんだ?
無理やり公爵家から連れ戻されて、ラザールの婚約者にされただけじゃないか。
本人はそんなことちっとも望んでないのに」
「なによ!ラザールの婚約者にしたのはファロ家のせいじゃない!
うちだってお姉様が帰ってくるなんて望んでなかったわよ!」
私ばかり責めるけれど、それは全部ファロ家と第二妃のせいじゃない。
お姉様が帰って来なかったら、みんな苦しまずにすんだのに。
「は。ファロ家のせいか。まぁ、それも否定できないな。
あんな恥ずかしい叔母のせいで、うちも大変だったからな」
「恥ずかしい叔母?まさかカリーヌ様のことを言っているの?」
「そうだよ。どうしようもない叔母だ。
あの叔母は自分の婚約者が子爵令息だったのが気に入らなくて、
妹に無理やり押しつけたんだ。
姑息な罠を仕掛けた上で、令息が断れないようにしてね」
「……妹に奪われたんじゃないの?」
ラザールから聞いていた話とは違う。
カリーヌ様は妹に婚約者を取られ、それを可哀そうに思った父親が、
陛下に嫁ぎ先を紹介するように頼んだって。
「違うよ。自分でそうなるようにしたくせに、
妹に寝取られたって自分で言いふらしたんだ」
「そんなことしたら嫁ぎ先がなくなるじゃない」
「だが、それを信じたのが祖父だ。父上はいつもぼやいていたよ。
叔母のことを祖父が庇うから、つけあがるんだって。
叔母はファロ家の資産はいくらでも使っていいものだと思ってる。
第二妃として使える予算だけでは満足しない傲慢で愚かな叔母だ。
あげくのはてにはラザールを王太子にしたいから、
アリアンヌと婚約させろと祖父にわがままを叶えさせた」
「……」
「そのせいで、僕までマーガレットと婚約しなくてはいけなくなった」
「いけなくなった……?」
その言い方は私と婚約したくなかったみたいに聞こえる。
最初に会った時、君が婚約者でうれしいと笑顔で言ってくれていたのに。
「何にも知らないんだろう?
僕がマーガレットと婚約したのは、お金のせいだ。
バルテレス伯爵がアリアンヌをラザールと婚約させる時にこう言ったんだ。
うちは金がない、王子の婚約者として支度させるには金がかかる。
その金を全部用意してくれるというなら受けよう、と」
「それは……仕方ないじゃない。うちにはお金がないんだもの。
王子妃にさせるにはお金がかかるんでしょう?」
「はぁぁ。もう、ため息しかでないね。
親戚でもないのに他家にお金を出していたら王家に目をつけられる。
だから、僕がマーガレットの婚約者になることで、
息子が婿入りする予定の家に支援するってことになったんだ」
「……」
「だから、もう僕が我慢する必要なんて無いんだ」
「え?」
「ラザールはアリアンヌと婚約解消しただろう。
だから、ファロ家がバルテレス伯爵家に援助する理由もなくなる。
やっと解放されるよ」
「解放って、まさか」
「マーガレット、君との婚約は解消させてもらう」
「そんな勝手に!お父様だって許さないわ!」
家同士で決めたことをこんなに簡単に解消できるわけがない。
お父様だって認めないはず。
それにディオから解消されたなんて知られたら、みんなに笑われてしまう。
認めるわけにはいかないと言い返したら、ディオはにやりと笑った。
「最初に言っただろう?調べはついているって。
ファロ家からの援助はあくまでもアリアンヌのためだ。
マーガレットや伯爵夫人が使っていい金じゃない」
「っ!」
「返せるんだろうね?ドレスや宝石、どんだけ買ったんだよ。
あれら、全部契約違反だ。
婚約解消しないというなら、全部返してもらおうか?」
「……無理よ」
「じゃあ、素直に婚約解消に応じなよ」
「……ディオはどうするのよ。三男なんて、婿入り先探すの大変よ?」
「そんな心配はしなくていいよ。ファロ家だぜ?
三男でも婿入り先はいくらでもある。
うちに借金している貴族家、いくつあると思ってんだよ。
落ち目のバルテレス伯爵家なんかより、ずっといい家に婿入りするよ」
「……」
「じゃあ、な。書類は後で送らせる。
早いとこ署名して返してくれ」
言い返せないでいると、そのままディオは王女のところへ行ってしまった。
うちの馬車で帰れと言われても、いつもディオの馬車で送り迎えされていたのに。
どうやって家に連絡すればいいのかもわからない。
暗くなって、学園の学生が全部帰ってしまった後、
私が帰ってこないことを心配した家の者が迎えに来てくれた。
屋敷に帰った時には、もうすでにディオとの婚約解消の書類は届けられていた。
「お父様……私、婚約解消しなくちゃいけないの?」
「まぁ、そうだな。ラザール王子との縁も切れたし、
ファロ家への借金も無くなった。もう婚約してなくてもいいだろう」
あっさりというお父様に、そんな事じゃないと怒りをぶつける。
「ずっと、ディオと婚約者として一緒にいたのに、
婚約解消されただなんて知られたら恥ずかしいわ!」
「だが、お前が使った金を返す当てはない」
「……だけど」
「調子に乗って買い物していたのはお前だろう?
アリアンヌの名前でドレスを作れなくなった後も、
姉に頼まれたからと言ってあれこれ買い物していただろう。
あの金はどこから支払われていると思っていたんだ」
「だって……お母様が買っていいって」
「はぁ。言っておくが、これからはそんな買い物はできないからな」
「どうしても……婚約は解消しなきゃいけないの?」
「受け入れなければ、訴えると言われた。
うちがしてきたことが全部知られたら、貴族でいられるとは思わない。
そうなれば結局は婚約破棄になるだろう。
しかも、うちの有責だから借金は返さなくてはいけなくなる。
そのくらいは理解できるだろう」
「……わかったわ」
もうできることはないんだとわかって、婚約解消の書類に署名をする。
考えてみたら、ディオは嘘をついていた。
ずっと優しい婚約者だと思っていたのに、あんなに性格悪かったなんて。
きっとこのまま婚約していたとしても、もう信じられない。
それなら婚約解消してしまったほうがいいのかもしれない。
気持ちは切り替えられたけれど、明日からどんな顔で学園に行けばいいのか。
隣の席にいるから、どうしてもディオを顔を合わせてしまう。
次の日、授業に出る前に先生に相談して、教室を変えてもらうようにお願いをした。
学園側も婚約解消になった後で同じ教室にいられるのは、
何か問題が起きると判断したのか、すぐにB教室へ戻してくれた。
それから何度か廊下で見かけたけれど、ディオは相変わらず王女の後をついていた。
王女はラザールと結婚するのに、あきらめないなんて馬鹿な男。
そんな馬鹿な男に婚約解消された私も、周りから距離を置かれていた。
あれだけお姉様の悪い噂を流しておいたというのに、
それらはいつのまにか聞かなくなっていた。
その代わり、本当に悪女なのは妹のほうなのではと噂されるようになっていた。
悪いのは私じゃないのに。
お姉様と婚約したラザールが悪い。
婚約させたファロ家が悪い。
何よりも、幸せそうに笑うお姉様が悪いのに。




