36.亀裂(マーガレット)
二学年になって、私とディオはB教室からA教室に移動になった。
伯爵家の私たちがどうして?と思ったら、留学してくる王女のためだった。
この学年には高位貴族の令嬢がいない。
そのため、ラザールが王女の面倒を見ることになっていた。
だが、同じ王族とはいえ異性のラザールだけがつくのは外聞が悪い。
そこで同性である私も一緒につくようにと命じられた。
関係ないはずのディオまで移動になったのは、
私の婚約者も一緒のほうがいいだろうという判断のようだ。
今までは立ち入ることもできなかったA教室。
ラザールがいたとしても、高位貴族用の教室に入っていくことはできない。
だから、ラザールのほうがB教室へ遊びに来ていた。
初めて入ったA教室はB教室とはまるで雰囲気が違う。
置かれている机や椅子なども高価そうだ。
床には絨毯がひかれていて、歩くだけで気分が良くなる。
「ラザール、これからは授業中も一緒ね!」
「ああ、マーガレットとディオが一緒で心強いよ」
「今までは行き帰りと昼休憩くらいしか一緒にいられなかったからな。
というか、A教室の他の奴ら、態度悪くないか?」
「……そうね。なんとなく嫌な感じよね?」
他の学生は三名。全員が侯爵家の令息だと聞いている。
三名とも嫡男ではなく、二男と三男。
その三名が学生会に選ばれているからか、ずっと一緒に行動しているようだ。
今までラザールはこの三名とは関わらないでいたらしい。
話しかけられることがなかったから、会話もしたことがないと。
……あれ?身分が上の者に下の者が話しかけるのはダメじゃなかった?
そう考えたら、ラザールが孤立していたのは当然だけど、
どうして自分が無視されているのかわかっていないようだ。
ラザールから話しかけたら一年間会話しないことはなかっただろうに。
そう思ったけど、ラザールにそれを言うのはやめた。
ディオはわかっていてラザールに教えなかったんだと思う。
さっきも授業中も一緒だと喜んだのは私だけで、
ディオは一瞬嫌そうな顔をしてから笑顔を作った。
卒業まで残り二年もあるのに、大丈夫かなと心配になったが、
何事もなく二週間が過ぎた。
もう一つの心配、お姉様に会ったら仕返しされるかもと思ってたけれど、
三学年とは授業の時間がずれているのか、会うことはなかった。
心配して損しちゃったと思い始めていた頃、
隣国アーネルからクリステル王女が留学してきた。
「クリステルよ。みなさんに会えてうれしいわ」
教室の中が明るくなったように感じた。
王女の一言であたりに花が咲いたような。
つやつやの金髪に宝石のような青い目。
この国の王族のような色に、華やかな美しさをもつ顔立ち。
少し開いた胸元からは豊かなふくらみが見えているのに、
腰は驚くほどほっそりとしている。
そんな王女が花の匂いとともににっこりと笑った。
甘い匂いが教室中に広がっていく……。
たしかに美しい王女だとは思った。
だけど衝撃としては、初めてお姉様に会った時ほどではない。
この王女がラザールの結婚相手になるかもしれない。
それなら仲良くなっておいた方がいい。
ラザールを見ると、王女に見惚れているのがわかった。
もしかして、ラザールの初恋?
これは良いことかもと思い、ディオに話しかける。
「ね、ディオ。ラザールが王女に見惚れてる。
これならうまくいきそうね!」
「……」
「……ディオ?」
隣から返事が返ってこないと思ったら、
ディオの視線は王女へ向けられたままだった。
私が話しかけたのに気がついていない。
ディオは耳と首を赤くし、目を少し大きく開けている。
唇は半開きになったまま、何かを言いかけているような感じだ。
いつも冷静なディオのこんな顔は見たことがない。
王女はラザールの隣に座った。
その席はディオの前の席でもある。
その日から、ラザールとディオは王女のことしか考えられなくなったようだ。
私がそばにいても気にしてくれない。
話しかけても、返事が返ってくることは少なくなった。
それでもめげずに話しかけると、嫌そうに返事がくる。
そして、うるさいから黙っていてと言われる。
学生会の三名は王女とも関わる気はないようで、
休み時間になるとどこかに行ってしまう。
王女の隣にいるのはラザールとディオ。
そして、いつのまにか他の教室の令息も集まっていた。
私は王女のそばにいなければいけないのに、
令息たちに邪魔扱いされてばかり。
それを見ても、ラザールとディオは助けてくれない。
次第にラザールとディオの仲も悪くなって、よく言いあいするようになった。
ついにはラザールはファロ家から出て、王宮に戻ってしまった。
王女が王宮の客室にいるからかもしれないけれど、
それを聞いたディオは嫌そうに顔をゆがめていた。
いったいディオはどうなってしまったのか。
美しい王女に見惚れるのはわからないでもないけれど、
ディオは私の婚約者なのに。
私を大事にしなくちゃいけないはずなのに、どんどん態度が悪くなっていく。
さすがに耐えられなくなって帰りの馬車で文句を言おうと思った日、
ディオは王女を送るからマーガレットは勝手に帰ってと言った。
「はぁ?」
「だから、これから王女を王宮まで送るから、
マーガレットは自分の家の馬車で帰りなよ」
「どうして?送り迎えをするのは婚約者として当然のことでしょ?」
婚約したばかりの頃、ディオはそう言っていた。
婚約者なんだから、マーガレットを送り迎えするのは当然だよ。
だって、大事な婚約者だからね、って。
「はぁ……まったく。わがまま言うなよ」
「わがまま?私が?」
「わがままだろう。性格悪いし」
「はぁ?」
今までのディオとは口調も変わってしまっている。
あんなに私を甘やかしてくれていたのに、
まるで他人のように冷たい目で見ている。
「はは。バレていないとでも思ってたのか?
バルテレス伯爵家を支援しているのは誰だと思ってるんだ。
うちが内情も調べずに金を出すわけないだろう」
「内情って」
「隠していても知ってるんだ。マーガレットがずっと嘘ついていたこと。
アリアンヌがマーガレットに意地悪なんてしてないってことも」
「え?」




