35.王族の命令
そっと通り過ぎようと思ったのに、ラザール様と目があってしまった。
次の瞬間、ラザール様は私を指さして怒鳴り出した。
「お前!アリアンヌなのか!」
「え」
「その髪はどういうことなんだ!」
「……髪?」
一瞬、何を言われたのかわからなくて聞き返してしまったが、
そういえば元の髪色になってから初めて会うんだった。
最後に会ったのは二か月近く前。
その時はくすんだ茶色だったのだから、驚かれても無理はない。
だが、どう説明しようか迷った態度が気に入らなかったのか、
ラザール様は誤解したようだ。
「もしかして俺を騙したのか!」
「騙した?」
近づいてくるラザール様の前に立ちはだかるようにジョセフ様が入る。
ラザール様も身体を鍛えているが、ジョセフ様のほうが背が高い。
ジョセフ様を押しのける気はないのか、そのまま私へと声を荒らげる。
「ついこの間まではそんな色じゃなかっただろう!
どうして色が変わったんだ!」
「どうしてと言われましても……」
バルテレス伯爵家の離れについては、王族だけが知っていることだ。
こんな人が多い食堂で言うわけにはいかない。
それに説明できたとしても、お父様たちの罪を公表するようなものだ。
実の娘を八年も離れに追いやって、精霊の加護を受けさせないようにしたのだから。
この国の貴族として、親としてあってはならないことをした。
その罪を公にしてしまえば、責任を取らせなくてはいけなくなる。
恨みがないとは言えないけれど、もうお父様たちには関わりたくない。
口ごもっていると、後ろにいたクリステル王女がディオ様に聞いている。
「ねぇ、ディオ。ラザールはどうして怒ってるの?」
「あぁ、あの女の髪の色が白金だからですよ」
「白金の色はダメなの?」
「逆です。白金の色は精霊に愛される尊い色だとされているのに、
あのようなつまらない女の髪が白金に変わったことが許せないんです。
ついこの間までは汚い茶色だったんですよ。しかも下級以下で。
精霊に嫌われているはずなのに、白金の髪なんて許せないでしょう?」
「ふうん。精霊に嫌われちゃってるんだぁ」
ディオ様の説明を聞いて納得したのか、王女は私を見て笑った。
微笑みというのとは違う笑みに、警戒しなくてはと身構える。
王女は私ではなく、ラザール様へと甘えた声を出した。
「ねぇ、ラザール。私、良いこと考えたの」
「ん?クリステル、どうしたんだ?」
「ラザールは、その令嬢の髪の色が気に入らないのでしょう?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、ばっさり切ってしまえばいいじゃない」
「「「「はぁ?」」」」
何を言いだすんだと呆れた私たちとは違い、ラザール様とディオ様は弾んだ声を出す。
「切ってしまえば、気にならなくなるでしょう?」
「そうだな、そうしよう!」
「さすが、クリステル王女様!」
まさかラザール様が賛同するとは思わなかった。
カリーヌ様に見たくないからと言われて、
赤茶色の髪を短く切られたはずなのに、私へ同じことをしろと言うなんて。
「何を言っているんですか、あなたたちは。
アリアンヌ様の髪を切る?そんなことできるわけないでしょう!
令嬢の髪がどれだけ大事なのか理解していないのですか?」
きっぱりとジョセフ様が言い返してくれたが、
王女は納得していないようだ。
美しい顔を少しだけゆがめて、悲しそうな顔をする。
まるでジョセフ様に叱られてすねているような。
「あら、ダメなの?だって、私とラザールが切れと言っているのよ?
王族の命令なんだから素直に従えばいいでしょう?」
「王族ならば理由なく令嬢の髪を切るような野蛮な真似はしません」
「では、学園に来なければいいわ」
「は?」
「切るのが嫌だというなら、学園に来ないならゆるしてあげる。
私は優しいもの。私の目の前に二度とあらわれないというのであれば、
切らなくてもゆるしてあげるわ」
にっこりと笑う王女は、本当に自分が優しいと思っているようだ。
わがままな王女というのは、こういうことか。
周りの学生に無自覚に命令しているのだろう。
「話になりませんね。
この件は王家と学園長に報告させてもらいます」
「王家に報告?なぜ?」
「王女たちが何が問題なのかわかっていないからですよ。
それでは、失礼します」
「あ、おいこら。クリステルに失礼だろう。
まだ話は終わっていないぞ!」
ジョセフ様に手をひかれ、アリーチェ様に背中をおされ、四人で食堂から出る。
ラザール様とディオ様が何か怒鳴っているようだけど、
無視してそのまま学園長室に駆け込んだ。
「リオネル様、アリアンヌ様が危険です!」
「何があった!」
ジョセフ様の第一声がそれだったせいか、リオ兄様が私へと駆け寄ってくる。
何かを言うよりも先にリオ兄様に抱きしめられる。
身体が震えている……乱暴なことをされたわけじゃないのに、怖かった。
だけど、その怖さをどう説明していいかわからない。
「もう何て言えばいいのか……王女が怖かったの」
「怖い?」
一番冷静だったアニータ様が食堂で起きたことを説明をすると、
リオ兄様がすぐに手を打つと言ってくれた。
その日、A教室は全員で早退することになった。
リオ兄様は私を屋敷へ送ってくれた後、ジスラン様に会いに王宮へと向かった。
話し合いの結果、ラザール様とディオ様は二週間の謹慎処分とされた。
王女に関しては問題行動を起こしたのが初めてだということで、
謹慎処分は受けなかったものの、しばらくは家庭教師をつけることになった。
この国の常識、礼儀作法を覚えなおさない限り学園は受け入れないと、
リオ兄様は学園長としてジスラン様に申し入れしたらしい。
王宮から戻って来たリオ兄様は、少し疲れているように見えた。
何かあったのかと思って心配していたら、大丈夫だと頭をなでられる。
「ジスランはもともと問題が起きると思っていたようだ。
王女が警告を聞かずに問題を起こし続けるような場合は国へ戻すと、
前もってアーネル国の王太子と取り決めしていたそうだ」
「それって、問題を起こすような人だってわかっていたってことよね。
どうして王女の留学を受け入れたの?」
「そうすればラザールがアリアを手放すだろうからと」
「え?私のため?」
「多分、アリアと俺のためだな。
無事に婚約解消したから、王女はいつ戻しても問題ないと言っていた」
まさか王女の留学許可が出た理由が私たちのせいだったとは。
「……そう言われると……王女に申し訳ないような?」
「問題を起こしたのは王女のせいだから、気にするな」




