33.演習授業
「それでは、まず精霊を呼び出すんだ。
祈りをささげ、呼び出した精霊の力を貸してもらう」
精霊をここに呼び出す?
精霊の住処があるわけでもないのに、呼んできてくれるのかな。
そう思ったけれど、教師が祈ると精霊が集まってくる。
それを見て、周りの学生たちも祈り始めた。
ちらほらと精霊の光が集まり始まる。
A教室の三人は優秀なのか、たくさんの精霊が集まっているのが見えた。
「アリア、やってごらん。大丈夫だ」
「リオ兄様……わかったわ」
見守るように後ろにいたリオ兄様に励まされ、精霊に呼び掛ける。
「精霊たち、おいで。遊ぼうか」
いつも通りに呼んだら、たくさんの精霊たちが集まってくる。
こんなにたくさんの精霊、どこに隠れていたんだろう。
今までこんな風に外で呼んだことがなかったからか、
あまりの勢いに押され座り込みそうになる。
それをリオ兄様が支えてくれた。
「お前たち、少しは加減をしろ。
アリアが倒れてしまうだろう」
リオ兄様の言葉が聞こえたのか、精霊の勢いは弱まった。
それでも、後から後から精霊たちが集まってきて、
まぶしいほどになってしまった。
「な、なんだと……?」
誰かがつぶやいているのが聞こえて目を向ける。
そこには精霊がいなくなって呆然としている教師の姿があった。
「どういうことなんだ!」
「俺が呼んでも来ないなんて」
「さっきまでいたのに。どこに行ったの!」
教師だけじゃなかった。
B教室の学生たちの周りからも精霊がいなくなっている。
「リオ兄様、どういうこと?」
「簡単なことだよ。精霊がアリアと遊びたいから寄ってきてしまったんだ」
「みんな?他の人が呼んだ精霊も?」
「全部じゃないよ。ほら、A教室のものが呼んだ精霊はそのままだ」
「本当だわ」
言われてみたら、A教室のみんなが呼んだ精霊はそのままだ。
指示を待っているのか、三人のまわりをふわふわと浮かんでいる。
「さて、これで確認できたな。
たしかにアリアがいては授業にならないだろう」
「が、学園長……」
「今後はA教室とB教室の演習はわけるように」
「わけるのですか?一人で二つの演習場を見るのは無理です!」
「大丈夫だ。A教室の授業は私が担当する」
「はぁ?」
「仕方ないだろう。アリアの前で精霊を呼べないんじゃ教えられない」
「そ、それは」
私に精霊が寄ってきてしまっては授業にならない。
だからといって、リオ兄様が授業をするって……みんな、大丈夫かな。
私はうれしいけど。
「幸い、A教室の他の学生は大丈夫なようだからな。
アリアと一緒の授業でも問題ないはずだ。
三人とも上級だから特級に奪われなかったんだ」
「特級ですと!?」
「この状況を見てアリアが上級だと思うのか?
隣にいるジョセフと比べたらわかるだろう
ジョセフ、上級だったよな?」
「は、はい!そうです!」
「ほら、どう考えても特級しかありえないだろう」
「そんな……下級以下だと聞いていたのに……特級だったなんて」
崩れ落ちた教師はそのままに、リオ兄様は私たちへと向いて笑った。
「さぁ、行こうか。違う場所に移動しよう。
とりあえず、一度精霊たちは帰してくれ」
「わかったわ」
精霊たちに一度離れるように言うと、演習場から光が消える。
崩れ落ちたままの教師と落ち込んだ様子のB教室の学生たち。
それらをそのままに、私たちは演習場から出た。
リオ兄様が案内した先は個人演習場だった。
さきほどの演習場よりも小さいが、四人なら問題なく使えるはず。
全員が中に入った時、アニータ様がそっと手をあげた。
「あの……学園長」
「どうした?」
「あの、わたくしは上級ではありません。中級です。
この授業に出席していいのでしょうか?」
さっき、リオ兄様が三人とも上級だと言ったせいか、アニータ様が青ざめている。
ここにいるのがふさわしくないとでも思っているのかもしれない。
放っておけなくて、アニータ様の手をそっとにぎる。
「リオ兄様、アニータ様も一緒に」
「大丈夫だよ。アニータ嬢に出て行けなんて言わないから。
四人で授業をしても問題はない」
「良かった」
四人でほっとしていたら、リオ兄様はアニータ様に驚くことをつげた。
「アニータ嬢は上級だよ」
「え?……ですが、判定では」
「十二歳の時は中級だったんだろう。
……これは他言しないでほしいんだが、精霊は恩返しをする」
「恩返しですか?」
聞いたことがない。王子妃教育でもそんなことは学ばなかった。
「精霊は愛されている者を大事にしている。
それはよく知られていることだが、その者を守ってくれる者も大事にするんだ」
「愛されている者?それはアリアンヌ様のことでしょうか?」
みんなが一斉に私を見る。
「ええ?私?」
「そうだ。心当たりがあるだろう。
学園に入ってから一人でいたアリアを、遠くから見るだけだった精霊は悲しんでいた。
そこに声をかけ、傷つけるものから守ったのはアニータ嬢だった。
中級から上級になったのは、精霊からの感謝だと思う」
「アリアンヌ様のおかげなのですか?」
なんだか私へお礼を言いだしそうなアニータ様を止める。
「アニータ様、違うわ。
それは心が美しいアニータ様がしたことを、
精霊たちが認めてくれたからだと思うわ。
アニータ様が上級にふさわしいと精霊が思ったのよ」
「アリアンヌ様……」
「アリアの言うとおりだ。下心があれば精霊は見抜く。
純粋にアリアンヌを助けようと思うアニータ嬢に精霊が魅かれたんだろう。
ジョセフとアリーチェも力が強くなっていると感じたんじゃないか?」
「感じました。いつもよりも倍以上精霊が寄ってきていました」
「私もです。驚いていたところでした」
どうやら精霊は三人に恩返しをしたようだ。
「こんなことが知られたら、ただでさえ特級は変なものが寄ってくるのに、
下心だらけの奴が殺到してしまうだろう。
だから、これは秘密になっているんだ。言うなよ?」
「わかりました」
「絶対に言いません」
「わ、わたくしが上級になったことは、どう説明したらよろしいでしょうか?」
「そうだな。判定が間違っていたとでも言えばいい。
そういう事例が過去にあったから、問題ないだろう」
「わかりました」
特級一人に上級三人という、前例のないA教室の評判はあっという間に広がり、
それを見抜けなかった教師は学園を辞めてしまった。
自信をなくしたというよりも、
あれ以来精霊が寄って来なくなってしまったらしい。
精霊の恩返しがあるのなら、その逆もあるのかもしれない。
そう思ったけれど、リオ兄様には聞かないでおいた。




