31.新しい学園長
学園が始まってから十日後、入学式が行われる。
この一週間、学生会として準備を進めてきた。
例年ならもうすでに終わっているはずだが、
学園長が代わることになったために少し日程が遅くなったらしい。
昨年までの学園長は王弟殿下だったが、誰に代わるのか。
今日の入学式で発表になるからと、学生会の私にも知らされていない。
「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
いつも通り馬車に乗ると今日の付き添い侍女はハンナだった。
手を振っているリオ兄様に見送られて学園に向かう。
学園に馬車がつくと、ジョセフ様とアリーチェ様が待っていた。
わざわざ待たなくてもいいと言ったのだが、護衛にならないと断られた。
ジョセフ様にも譲れないものがあるらしく、仕方なく受け入れることになった。
「おはよう、アリアンヌ様」
「おはようございます」
「おはよう、ジョセフ様、アリーチェ様。いい天気ね。
雨が降らなくて良かったわ」
学生会の二学年が外に立って講堂まで誘導するので、
雨が降らなければいいなと思っていた。
「なんだ、そんな心配してたんだ。
アリアンヌ様が晴れたらいいって願ったら、晴れるのに」
「え?どうして?」
「ジョセフ、アリアンヌ様は実際に精霊術を使ったことがないのよ」
「あぁそうか。実感がないのか」
「精霊術で晴らすことができるの?
知らなかったわ。精霊術の演習は出ていなかったもの。
今年も授業に出られるかどうかわからないのよね」
今までは下級以下だったから、演習授業には出られなかった。
他の学生が呼ぼうとした精霊まで逃げてしまうという理由で。
途中からは座学ですら出席できなくなって、
精霊術の教師には嫌われたままだ。
私が精霊に嫌われていたのは一時的なもので、
特級に戻っていると言われたけれど、精霊教会で判定されたわけじゃない。
だから授業に出るためには、新しい学園長の許可が必要だと言われた。
新しい学園長も私の噂を知って、嫌われていたらどうしよう。
公爵家で家庭教師をつけてもらうことはできるだろうけど、
できるならみんなと同じ授業を受けてみたい。
「教師たちも頭が固いというかなんというか。
今までアリアンヌ様を邪険にしてたから認めたくないんだろう。
新しい学園長が話がわかる人だといいけど」
「学園長って、基本的には王族がするのよね?
王弟殿下が辞めるのは来年クロード様が入学するからかしら。
でも、それだと一年早いわよね」
「そうよね。いったい誰なのかな。
そうなるとアラベル様でもないでしょうし」
話ながら講堂に向かうと、もうすでにアニータ様は作業を始めていた。
それを見て、私たちも慌てて作業を始める。
「あ、アニータ様。遅れてごめんなさい!」
「あら、おはよう、みんな。
急がなくてもいいわよ?わたくしが早く来すぎただけだから」
「そうかもしれないけど、アニータ様だけにさせられないよ」
「アニータ様のおかげで入学生が来るまでに全部終わりそうね」
あっという間に準備が終わり確認していると、最初の新入生が入ってくる。
自分の教室を確認してから並ぶように指示を出す。
この学年に顔見知りはいないはずと思ったが、
白金の髪はめずらしいのか、ちらちらと見られているような気がする。
全員が並び終えた後、時間になると教師たちが入ってくる。
壇上にあがった人を見て、声をあげそうになった。
「…っ!?」
両手で口をおさえ落ち着こうとしていたら、
慌てているのが見えたのか、私へと微笑みかけて話し始める。
「入学した学生たち、学園へようこそ。
学園長のリオネル・デュノアだ」
キラキラと光り輝く白銀の髪のリオ兄様に、
令嬢たちから歓声があがる。
「あの方って、デュノア公爵家の次期当主様?」
「やだ……話に聞いていたよりも素敵」
「たしか婚約者はいらっしゃらないのよね」
「そうだけど、あなたが狙えるような方じゃないわよ。あきらめなさい?」
「わかっているわよ!あこがれるくらいいいじゃない」
近くにいた令嬢たちがこそこそと話しているのが聞こえる。
だけど、どうしてリオ兄様が?という疑問で頭がいっぱいになって、
私語を注意することができない。
「アリアンヌ様……知っていたの?」
「……ううん、知らなかった」
アニータ様も驚いて小声で聞いてくる。
後ろにいたジョセフ様たちを見ても、首を横に振っている。
誰もリオ兄様が新しい学園長だって知らなかったんだ。
呆然としている間に入学式は終わり、優秀者の表彰も終わっていた。
入学生は自分の教室へと移動し始める。
在学生は今日は授業がないため、私たちは終われば帰るのだが。
「アリアンヌ、ごめん。驚かせた」
「リオ兄様!どうして教えてくれなかったの?」
「アリアンヌが学生だからだよ。
一人だけ先に知っているなんてずるいって言われかねないだろう。
だから、俺だって言いたかったけど我慢していたんだ」
「……それなら仕方ないのかな」
リオ兄様が黙っていたのに理由があるなら仕方ない。
たしかに私だけ先に知っていたら、ずるいって言われそうだもの。
学園では私はただの学生でしかないのだから。
「アニータ嬢、いつもアリアンヌと仲良くしてくれてありがとう」
「いえ、私がそうしたいだけですから」
「あぁ、わかっている。それでいいんだ」
アニータ様はリオ兄様とは初対面だからか、表情は硬い。
ジョセフ様とアリーチェ様は家臣として頭を下げたままだ。
「ジョセフ、アリーチェもありがとう。
これからもアリアを頼むよ」
「「はい」」
リオ兄様が声をかけると、やっと顔をあげる。
二人とも緊張している?
「リオ兄様、あまり三人を困らせないで」
「そういうつもりじゃなかったんだけど。
今日はこれで終わりだろう?帰ろうか」
「リオ兄様も帰っていいの?」
「今日の仕事は挨拶だけだから」
さすがに学園内だからか、抱き上げられることはなかったけれど、
手をつながれて外に連れ出される。
三人に手を振ると、ぎこちない感じで手を振り返された。
そっか。三人にとっては、リオ兄様は遠い存在なんだ。
馬車の前ではラルフたちとハンナがもう待っていた。
みんなはリオ兄様のことを知っていたようで笑顔で出迎えてくれる。
公爵家に帰ると、すぐに動きやすい室内着に着替える。
着替え終わる頃にリオ兄様が迎えにきて抱き上げられる。
今日は昼食も一緒にできるのかな。
「学生会の仕事、がんばっていたな。お疲れ様」
「見ていたの?」




