28.お姉様はいなくなった(マーガレット)
三人だけになった精霊教会に笑い声が響く。
長年ずっと邪魔だったお姉様が、やっといなくなってくれた。
爽快な気分でいると、ディオがラザールに話しかけた。
「なぁ、婚約解消したこと、しばらくは黙っといた方がいいと思うぞ」
「なんでだ?」
「だって、お前から婚約解消したってバレたら、怒られるだろう」
「誰に?母上だって好きにすればいいって」
「カリーヌ様じゃない。ジスラン様に怒られるだろう。
陛下の許可なしで婚約解消したんだぞ。
今まで王子妃教育を担当してたアラベル様だって怒るだろう」
叔母が第二妃だからか、ディオは王宮のことにも詳しい。
王子なんだからラザールのほうが詳しいはずなのに、
ラザールは王子教育をさぼってばかりだから全然わかっていない。
婚約解消したら、揉めるだろうとはお父様も言っていた。
だから、お父様は全部ラザール様のせいにするつもりらしい。
婚約解消したいと思うほどアリアンヌが至らないとは思いませんでした。
ラザール様から婚約解消を命じられたので応じました、と。
「……兄上と叔母上に怒られるのか。まずいな」
「だから、しばらくは黙っとけよ。
アリアンヌが修道院に入ってしまえば、もうどうしようもない。
そうなればジスラン様も仕方ないって認めてくれるよ」
「わかった。アリアンヌが修道院にいって、
落ち着くまでは黙ってる」
「そうしたほうがいい。
たしか、修道院の奥院に入るのには二週間ほどかかるはずだ」
「けっこうかかるんだな」
修道院は何かしらの事情がなければ入ることはない。
奥院と呼ばれる女性だけの場所に隔離されれば、
もし王家がアリアンヌを戻そうとしても断られる。
手紙すら取り次いでもらえないと聞いている。
「それだけ行ってもやっぱりやめたっていう令嬢が多いんだろう。
普通の令嬢には修道院の暮らしは合わないからな。
まぁ、アリアンヌはどこにも行けないんだ。
二週間すれば、人と会うことのない奥院へと行くはずだ」
「二週間だな。まぁ、新しい学年になる頃には公表できるよな。
そうじゃないと隣国の王女が来ても口説けない」
「それまでには何とかなるよ」
二週間だけ待てばいいとわかったからか、ラザールはまたご機嫌になった。
ディオはラザールと仲が良いようにふるまっているけれど、
いない時には文句を言うことも多い。
なぜ、あんな馬鹿王子の世話を俺がしなくちゃいけないんだと。
ラザールが下級なのに、ディオは中級だというのもあるかもしれない。
成績もディオのほうが上だし、剣術も強い。
ただ、伯爵家の三男ということで身分の違いははっきりしている。
それもあって、ラザールを見ていらつくのもわかる気がする。
二人とわかれ、まだ昼前なのに家に帰るとお父様が上機嫌で待っていた。
お母様もうれしそうな顔で出迎えてくれる。
「どうだった!うまくいったか!?」
「マーガレットなら大丈夫よ。ねぇ?」
「問題ないわ。婚約解消して、戸籍からも抜いて、
王家の馬車で修道院まで送らせたから。
御者にはラザールが指示を出していたから、私は関係ないって言えるし」
「よくやった!今日はお祝いしよう」
八年もの間、ずっと邪魔だったお姉様がいなくなった。
もう二度と伯爵家には帰ってこないし、学園でも社交界でも会うことはない。
お姉様には勝てないという嫌な思いもしなくて済む。
そう思っていたのに、夕方になるとお父様がイライラし始めた。
「どうしたの?お父様」
「修道院からの報告が来ない。
アリアンヌが着いたら、報告が来るはずだったんだ」
「どうしたのかしら」
お姉様が送られた修道院には、お父様が前もって連絡を入れてあった。
わがままでどうしようもない娘だから、修道院に入れるしかないと。
到着したらこちらに報告が来る手はずになっていた。
もう外は真っ暗なのに、いくらなんでも遅い。
夕食はお祝いになるはずだったのに、報告が来ないせいで盛り上がらない。
食事が終わる頃になって、ようやく報告が来た。
「お嬢様は修道院に訪れませんでした。
夕方まで来るのを待っていたのですが……」
「なんだと!」
「こちらに向かう途中で事故があったという話も聞きませんし、
途中で逃げてしまったということはないでしょうか?」
「……わかった。探してみよう」
お姉様が修道院に向かっていない?
どうして。王家の馬車に乗って、修道院に向かったんじゃ。
「……公爵家かもしれん」
「え?」
「どこかで計画が知られて、公爵家が匿っているに違いない」
「そんな!」
「連れ戻しに行ってくる!」
怒鳴るように叫ぶと、お父様は出て行った。
まさかお姉様が公爵家に?そうなってしまったら、私たちはどうなるの?
夜になってお父様は戻って来た。見つからなかったのか、お姉様はいない。
「屋敷中探してきたが、いなかった。どこに行ったのかわからん」
「そんな……」
「王家に知られるわけにはいかない。
もしかしたら、学園の敷地内に隠れているかもしれん。
マーガレット、明日学園に行って探してくるんだ」
「わかったわ」
たしかに私はお姉様が馬車に乗るところまで確認しなかった。
御者を言いくるめて乗らなかったのかもしれない。
だとしても、学園内で隠れるところなんてあるだろうか。
疑問に思いながらも、次の日に学園内をディオと探してまわる。
ラザールがうろついていると目立つから、二人で手分けして探す。
一日かけて探したけれど見つからず、
次の日は王都内で隠れられそうなところを見て回る。
こんなに探しても見つからないのだから、
さらわれて売られたんじゃないかとディオが言い出した。
それならそれで安心できるからいいんだけど。
もうお姉様のことなんて忘れかけていた頃、
学園から帰ったらお父様が何かの手紙を見てわなわなと震えていた。
「お父様、どうしたの?」
「あいつら……」
「お父様?」
「アリアンヌが、デュノア公爵家の養女になった……」
「はぁ?」
お父様が持っていた手紙を奪うようにして読むと、
そこにはアリアンヌ・バルテレスがデュノア公爵家の養女になったと書かれている。
しかも、陛下の印が押されている正式な通達だった。
「どうして……公爵家にはいなかったのでしょう?」
「どこか、領地かどこかにでも隠していたんだ。
俺を馬鹿にしやがって!!」
「お父様、どこに行くの!?」
「あいつを連れ戻してくる!」
飛び出していったお父様だが、
門番に阻まれて中に入ることもできなかったらしい。
数時間後、怒りつかれたのか、ぐったりした様子で帰ってきた。
「連れ戻せなかったの?」
「ああ。……まずいな。今までのことが知られたら、
この家は終わるかもしれん」
「そんな……」
「あいつが修道院に行っていれば、なんとでも言い訳できたんだが」
「……まだ、大丈夫よ。
こうなったのは全部、お姉様のせいだって噂を流してしまえばいいわ」
「どういうことだ?」
そこからお父様と相談して、
伯爵家から出て行ったのはお姉様の意思だと噂を流すことにした。
お姉様が散財したせいで、バルテレス伯爵家はお金が無くなってしまった。
もうお金が無いとわかったお姉様は、伯爵家を捨てて出て行った。
おそらく伯爵家でひどい目にあったと嘘をついて、
デュノア公爵家の養女になったのだろう。
今度は公爵家のお金を使い果たす気に違いないと。
今までもずっとお姉様はわがままで散財していると噂を流していた。
そのせいか、伯爵家を捨てて出て行ったというのも、すんなりと信じてもらえた。
お姉様が学園に来なくなったこともあって、
学年が終わる頃にはほとんどの学生がそれを信じるようになっていた。




