25.隠し部屋の夜
「リオ兄様?こんな時間にどうしたの?」
「もう寝る時間だから迎えに来たんだよ」
「迎えに?」
「そう。一緒に寝るから」
「え?」
驚いている間に抱き上げられ、廊下へと連れ出される。
どこに行くのかと思えば、隣の部屋へと入っていく。
隣の部屋はリオ兄様の部屋だったはず?
一緒に寝るって本気だったのかと慌て始めたら、
兄様の部屋には家令のジャンが待っていた。
「アリアンヌ様、お帰りなさいませ」
「ジャン!」
「ゆっくりお話ししたいところですが、今は」
久しぶりにジャンに会えて喜んでいたが、
ジャンとリオ兄様が緊張感のある表情で口をはさめない。
「報告は予想通りか?」
「はい。お急ぎください」
「わかった」
急ぐって?と思っていると、
ジャンは兄様の部屋の奥にある本棚の一番左端の本を抜いた。
ゴゴゴと低い音がして、本棚が右に動いていく。
そこにはもう一つの扉があった。
「あとは頼んだ」
「かしこまりました」
ジャンが開けてくれた扉の中へと入っていく。
扉が閉められた後、向こう側からはまたゴゴゴと音がした。
「そんな不安そうな顔しなくていい。ここは隠し部屋だ」
「隠し部屋?」
「ああ。当主と嫡子にだけ教えられる部屋だ。
屋敷が襲撃された時などに使うんだ。今日はここで寝るよ」
「ここで寝るの?」
灯りのついた部屋を見ると、客室のような感じだ。
必要な物はそろっているけれど、生活感はない。
今まで使ったことはないのかもしれない。
それでも大きな寝台には新しいシーツがかけられ、すぐにでも使えるようになっている。
兄様は私を寝台にそっと寝かせると、どこかに行こうとする。
「リオ兄様、どこに行くの?」
「……いや、さすがに一緒に寝るのはよくないかと思って、
隣の部屋にいようかと」
「ここに一人でいるのは嫌」
「だけどな」
「一緒に寝るって言ったのはリオ兄様なのに」
何が起きているのかはわからないけれど、良いことじゃないのはわかる。
さっき会ったジャンを見て、屋敷内が緊張しているのはわかっている。
まだここに帰ってきたばかりなのに、怖くてたまらない。
一人にしないでほしくて、おもわず兄様の服につかまる。
「……わかった。そうだな。
何もわからないまま一人にしたら嫌だよな」
「ここにいてくれる?」
「いるよ。ごめん、不安にさせた」
「ううん、リオ兄様は悪くないわ」
もう大きくなったのだから、一緒に寝てはいけないってわかってる。
わがままを言ったのは私だから、悪いのは私。
ずっとわがままを言う相手もなく、一人でいたのに、
久しぶりに会った兄様や伯父様と伯母様に甘えて、
タガが外れてしまったんだと思う。今は頑張れる気がしない。
「大丈夫だ。アリアは悪くないよ」
「ん」
するりと隣にもぐりこんできた兄様は私を抱きしめてくれる。
優しく髪をなでられると、幼い頃にこうして寝かしつけてくれたのを思い出す。
そのまま兄様の胸に額をつけて甘えていると、
もう何も悩まなくてもいいんだという気持ちになる。
ここは暖かい。ここなら私は傷つけられない。そんな風に思う。
気がついたら寝てしまっていたようだ。
遠くから誰かが叫んでいる声がする。
「……アリアンヌ、起きてしまったのか。
そのまま静かにしていて」
兄様が小声でささやくのに、黙ってうなずく。
何かが起きている。
私たちがここに隠れている理由が、起きている?
どうやら声の主は兄様の部屋まで来たらしい。
さすがに隣の部屋だからか、声がはっきりと聞こえた。
「ここにもいないのか!アリアンヌをどこに隠した!」
「ですから、アリアンヌ様はいらっしゃらないと……」
「嘘だ!他に行くところなんてないだろう!
リオネルはどこに行ったんだ!」
「リオネル様は王宮に。旦那様たちもそうです」
「……本当にいないというのか」
あの声はお父様?私を探しにここに?
もし見つかったら……また無理やり連れて帰られてしまう?
八年前を思い出して、身体の震えが止まらなくなる。
それに気がついたのか、兄様の腕の力が強くなった。
ぎゅうっと抱きしめられ、少しずつ震えがおさまっていく。
隣の部屋にいたお父様とジャンの声が遠くなっていく。
あきらめて帰ったのだろうか……?
「大丈夫だ。この部屋のことは叔父上は知らない」
「……どうしてここにお父様が」
「おそらく、修道院に行っていないことがわかったんだろう。
それで慌てて探しに来たんだと思う」
「だって、もう伯爵家の籍からは外されているのに」
もう私はお父様の娘でも貴族でもない。
わざわざ連れ戻しに来る理由がわからなかった。
いらなくなったから戸籍から外して修道院に送ろうとしたのではないの?
「叔父上は、アリアンヌのことはいらないと思っている。
だが、アリアンヌが俺たちのところにいるのは許せないんだと思う」
「どうして」
「きっと、アリアンヌが、俺たちが、公爵家が憎いからだ」
「公爵家が憎い?」
ここデュノア公爵家はお父様の生家だ。
結婚してお母様のバルテレス伯爵家に婿入りするまでは住んでいたはず。
なのに、憎い?
「公爵家に生まれたが、家を継ぐことのない二男だったし、
中級だったことも納得がいかなかったらしい」
「それはどうしようもないことなんじゃ」
「そうだ。生まれる場所や身分は自分で選べるものじゃない。
どうやら、そのことで父上や母上と言い合いになったらしい。
その時に上級や特級には気持ちがわかるわけはないと言い返されたと」
「まぁ……」
ずっと下級以下だとまわりから蔑まれたから、気持ちはわからないでもない。
だけど、それを人に八つ当たりするのは違うと思う。
お父様が中級なのは知らなかったけれど、中級はすごいことなのでは?
公爵家の二男、中級、伯爵家の当主。
それはほとんどの貴族から見たらうらやましいと思われるはずだ。
だけど、お父様はそれでは納得しなかった。
お父様とマーガレットの性格を考えたら、納得しないなと思えた。
「だから、自分の娘なのにアリアンヌが白金の髪をもって産まれ、
特級だとわかったから受け入れられなかったのだろうって、
父上は思ったらしい」
「私が嫌われていたのは、特級だと思われたから?」
だから、下級以下だとわかった時、何も言われなかった?
あの時、お父様からは怒りを感じなかった。
もしかして喜んでいたのかもしれない。
「今、アリアンヌは戸籍がない状態だ。
公爵家の養女だと認められたら、叔父上を突っぱねることもできるが、
今の状況だと実の父親だと言われたら断れない。
何らかの手違いで戸籍から外されたようだから保護しに来たと言われたらね、
俺たちはまたアリアンヌを伯爵家に戻さなくてはいけなくなる」
「そんな……」
「だから、こうして隠れたんだ。
俺たちは叔父上には会ってない、だから知らない、
その間に公爵家の籍に入れてしまえばいい。
叔父上は王家には報告しないはずだ。
だから、王宮にいる父上たちのところへは行かないと思う。
明日の午後には手続きが終わる。それまでの我慢だよ」
「わかった……おとなしく隠れているわ」
「わかったら、もう一度眠ろう?
ゆっくり休んで、体調を戻さないとね」
「うん」
事情がわかったからか、今度は最初から安心して眠ることができた。
兄様の腕の中にいることもあるけれど、きっとお父様はもうここには来ない。
そう思ったら疲れを感じて、すぐに眠りに落ちた。




