24.目が覚めたら
「……ん」
目を開けようとしたら、開かなかった。
どうしたのかと思っていたら、すぐ近くから声がする。
「起きた?あぁ、目がはれてるのか。ちょっと待ってて」
……今の声は?
起き上がろうとしたら、頭が重い。何があったんだっけ……。
「アリアンヌ?無理しちゃダメだよ。とりあえず目を冷やそう」
「……え?」
そっと抱き起され、懐かしい匂いに思い出した。
「リオ兄様?」
「そうだよ。あぁ、目が開かないから不安なのか。
大丈夫。ずっと一緒にいるよ」
「……ここは」
「アリアの部屋だよ」
誰か侍女が持ってきてくれたのか、目に冷たいものがあたる。
熱をもっていたのか、ひんやりして気持ちいい。
そういえば、泣きつかれてそのまま寝てしまったんだ。
「リオ兄様、今は朝?」
「まだ夕方だよ。落ち着いたら夕食にしよう」
「私、あのまま寝てしまったのね。伯父様と伯母様は?」
「二人はアリアが寝てしまった後、急いで王宮に向かったよ」
「王宮?」
「アリアをデュノア公爵家の養女にするためだ」
私をデュノア公爵家の養女に?
伯爵家の籍を外された私が公爵家の養女になんてできるのだろうか。
しかも、もう第二王子の婚約者でもないのに。
「心配しなくていい。まずは身体を休めてからにしよう。
もう、目は大丈夫かな?」
「ええ……もう大丈夫だと思う」
目に当てていた布を取ると、目が開けられるようになっていた。
まだ少し腫れているかもしれないけれど、熱は引いた気がする。
本当に私の部屋だ。
八年前まで住んでいた部屋をそのまま残してくれていたらしい。
ううん、少しずつ変わっている。
子ども部屋だったはずなのに、まるで今の私のために作られた部屋のよう。
大人向けの家具やカーテンに変えられていた。
「私の部屋をそのままにしてくれていたの?」
「もちろん。必ずアリアを連れ戻すつもりだったから。
いつ戻って来ても使えるようにしていたんだ」
「ありがとう、兄様」
本当に私を待っていてくれたんだと思うとまた泣きそうになる。
涙が枯れるなんて嘘だった。
またあの頃のように泣き虫に戻ってしまっている。
「よし、じゃあ食事にしよう」
「え?」
そのまま抱き上げられ、部屋の外へと連れ出される。
食事室に入ると、私とリオ兄様の分だけ食事が用意される。
「伯父様たちは戻ってこないの?」
「すぐには無理かな。他の公爵家も呼んで話し合いをしていると思う」
「そうよね。簡単には公爵家の養女になんてできないもの」
三大公爵家は王家と同等の身分になる。
その養女ともなれば、簡単に認めていいものではない。
「手続きが面倒なだけで、問題はないよ。
明日の午後には終わっていると思う」
「本当に?」
「嘘はつかない。アリアはとりあえず、体調が戻るまでは休ませるから。
学園はもうすぐ学期末だし、通うのは新しい学年になってからかな」
「……また学園に通ってもいいの?」
「卒業してないと貴族として認められないし。
せっかくの次席なんだ。勉強は嫌いじゃないだろう?」
「知ってたの?」
私の成績まで知ってたなんて。
この八年、リオ兄様とはまったく会えなかった。
数回、一方的に遠くから見ていただけ。
なのに、兄様は私のことをよくわかっているようだ。
「ごめん。アリアからしたら、ずっと一人で頑張っていたと思う。
だけど、忘れたことなんて一度もないから。
会えなかった時のことはゆっくり説明するから。
とりあえず、食事をしよう?」
「わかったわ」
目の前に置かれたスープが冷めないうちにと言われ、素直に従う。
美味しい……公爵家での食事が久しぶりだというだけじゃなく、
リオ兄様と同じ食事ができるのがうれしい。
伯爵家での食事が美味しくなかったわけじゃない。
だけど、離れでひとり食べるのは味気なかった。
「美味しい」
「よかった。好きなだけおかわりしていいから」
「そんなにいっぱいは食べられないわ」
「そうだな。デザートもあるから、好きなものを食べるといい」
「うん。ありがとう」
食事が終わると、またリオ兄様が私を抱き上げて私室まで連れて行ってくれる。
どうしても歩かせたくないのか、すぐに抱き上げられてしまう。
「もう子どもじゃないから、一人で歩けるのよ?」
「わかっているよ。これは俺のわがまま。
やっとアリアが帰って来たんだ。少しでも実感したいんだよ。
さすがにこの後の湯あみは一緒にはいられないからね」
「湯あみは……一緒には無理ね」
記憶にないくらい小さい頃には一緒に湯あみをしたこともあると思うけど、
さすがにこの年になって一緒にというのは無理だ。
私だってリオ兄様と離れたくない気持ちはあるけれど。
私室に戻ると侍女が三人待機していた。
その顔を見て、思わず声をあげた。
「ルナ!サリー!ハンナ!」
「「「アリアンヌ様!おかえりなさいませ!」」」
そこにいたのはずっと私についてくれていた侍女たちだった。
もう嫁いで辞めてしまっていてもおかしくない年齢なのに。
「どうして?嫁いでしまったんじゃないの?」
「もちろん、三人ともとっくに嫁いだ後だよ。
彼女たちはアリアが戻ってきたら専属侍女として働きたいと言っていたんだ。
やっとアリアが帰って来たからね。連絡したらすぐに来たんだよ」
「私のために戻って来てくれたの?」
侍女が嫁いだ後も戻ってくるというのは、めずらしいが無いわけではない。
乳母としての役割があったり、忠誠心が認められた場合は生涯仕えてもらうことになる。
居候に過ぎなかった私のために戻って来てくれるなんて思うわけがない。
驚いていたら、三人は当たり前ですと言って笑った。
「さぁ、アリアンヌ様。しっかりと磨き上げましょうね!」
「ええ、髪や肌の手入れをしっかりと!」
「リオネル様、終わりましたらお呼びいたしますので!」
「わかったよ。アリア、また後で」
三人の熱意に押され、私は浴室へと連れて行かれる。
リオ兄様は笑いながら部屋から出て行った。
また後でって、いつだろうと思いながら、三人に磨き上げられる。
八年も水で身体を拭くだけだったために、洗いがいがあったらしい。
うれしそうに香油でマッサージをする三人に、
こういうのも久しぶりだなと身を任せる。
終わった時にはもう二時間も過ぎていた。
用意された夜着は、するりと腕を通すと柔らかく肌に馴染む。
上質な服を着るのも久しぶりだ。
首元まで包むような夜着は温かく、身体がぽかぽかする。
私室のソファーに座り、湯上りのお茶を飲んでいると、
ドアがノックされる。
入ってきたのは、夜着姿のリオ兄様だった。
「リオ兄様?こんな時間にどうしたの?」
「もう寝る時間だから迎えに来たんだよ」
「迎えに?」
「そう。一緒に寝るから」
「え?」




