21.婚約を解消しよう(ラザール)
「何を言っている。もしかして、わかっていないのか?
お前は学園を卒業したら婚約者と結婚するんだろう?
婚約者は伯爵令嬢だったよな?
だから、お前は伯爵家相当の王領を賜って、伯爵家を作ることになる」
「は?」
伯爵家を作るってどういうことだ?
「……王子教育が終わってないとは聞いていたが。
自分のことくらいちゃんと理解しておけ。
第二妃から生まれた王子は結婚相手の令嬢の家に婿入りするか、
その令嬢の身分にあった爵位を新たに授かるかのどちらかだ」
「……アリアンヌと結婚するから、俺が伯爵になるってことですか?」
「そうだ。わかっていてバルテレス伯爵家に婚約を申し込んだんだと思ったが、
ファロ家の三男がバルテレス伯爵家に婿入りすると報告が来ている。
それならお前は婿入りではなく、新たに伯爵家を作るしかないだろう」
「俺が伯爵……あいつのせいで」
知らなかった。なんだよ、相手の令嬢の爵位にあわせるって。
俺の爵位にあわせるんじゃないのかよ。
「はぁぁ。少しは真面目に勉強しておけよ。
学園を卒業したら、全部自分でやらなきゃいけなくなるんだぞ。
アリアンヌに負担をかけるようなことはするなよ」
「……はい」
最後はため息交じりだった。
やっぱり学園から連絡が来ていたのか。
俺がアリアンヌに課題を任せっきりなのを知っているんだろう。
納得できなかったけれど、とりあえずは返事をしておく。
呆れている兄上にこれ以上何か言えば、怒られるような気がした。
兄上から聞いた話があまりにも衝撃で、どうやってファロ家に帰ったのかわからない。
ファロ家に戻ったら、ディオだけじゃなくマーガレットもいた。
俺が兄上から聞いた話をすると、二人とも驚いていた。
二人も俺があいつと結婚したら伯爵になることを知らなかったらしい。
「嘘だろう。ラザールが伯爵になるなんて」
「それって、侯爵家よりも下になるってことでしょう?
ラザールは王子なのに、そんなの許されるの?」
「母上のせいだ……アリアンヌは伯爵家だけど、
そのうち公爵家の養女になるからって言ってたのに」
そうだ。最初の話と全然違っている。
アリアンヌはデュノア公爵家に可愛がられているから、
結婚するまでには公爵令嬢になっているはずだからって。
そしたら、俺は公爵になっていたはずだ。
それに精霊に愛されている白金色の髪だから、
きっと特級だと言ってたのに、結果は下級以下だった。
髪も汚らしい茶色に変わって、容姿も地味になってしまっている。
それって、あいつがそんなだったから公爵家から縁を切られたんだろう?
性格が悪すぎて、精霊にも嫌われて。
王子妃になるとしても養女にしたくないと見捨てられたから。
どうして俺があんな奴と結婚しなきゃいけないんだ。
誰からも愛されていない、いつもうつむいて黙っているだけの可愛くもない女。
婚約したのは母上のせいなのに、母上はもう自分は関係ないから、
俺に好きなようにすればいいって放り投げた。
腹が立って、最近は母上と顔を合わせるのも嫌で、
王宮に帰らずにここにいるけれど……面白くないことばかりだ。
「全部、母上とあいつのせいなのに、なんで俺ばかりこんな目にあうんだ……」
「ねぇ、もういいんじゃない?」
「何がだ」
「お姉様と婚約解消すればいいじゃない」
「!!」
マーガレットの案はものすごく魅力的だった。
だけど、本当にそんなことをしていいのか?
第二王子の婚約者だぞ?解消なんてしたら、問題になるんじゃないのか?
「お父様が言ってたわ。カリーヌ様に言われたから仕方なく婚約させたけれど、
お姉様は王子妃になれるような人間じゃない。
きっとそのうちカリーヌ様もそれをわかって、婚約解消するだろうって」
「バルテレス伯爵がそう言ってたのか?」
「お父様だけじゃないわ。お母様もよ。
あんなひどい性格のお姉様のことは自分の娘だと思っていないって。
だから、婚約解消したらすみやかに修道院に入れる予定だって」
「修道院か……放り出すんじゃないならいいか」
さすがに平民に落として屋敷から放り出すのは良くないと思った。
地味な容姿とはいえ、令嬢なのは間違いない。
さらわれて売られでもしたらどうなるのかはマーガレットよりわかっている。
「婚約解消になるのは仕方ないわ。だって、お姉様が悪いんだもの。
それに、ラザールが婚約解消したら、その隣国の王女様とも結婚できるんじゃない?」
「王女と結婚?」
「そうよ!そうすればラザールは王族のままでいられるんじゃない?
さすがに王女を降嫁させるのに身分が低いのはまずいでしょう!」
「そうか……あいつさえいなくなれば、そういうこともできるのか!」
俺とマーガレットで盛り上がっていると、ディオがニヤリと笑った。
「心配しなくても大丈夫だ、婚約解消は簡単にできるぞ」
「本当か?」
「ラザールの婚約誓約書はうちが預かっているんだ。
あれさえあれば問題ない。すぐに解消できる」
婚約したのは俺が八歳の時だった。
だから、母上が全部やったせいで書類がどうなっているのかもわからなかった。
ファロ家にあると聞いて、本当にできる気がしてきた。
「よし、じゃあすぐにでも実行しよう!
あいつに気がつかれて騒がれないように」
「ええ、すぐに実行したほうがいいわ。
最近はお姉様の周りに侯爵令嬢がいるから、気がつかれないように」
「よし、A教室から引き離すのは僕に任せてくれ。
今度、嫌がらせでしようと思っていたことがあるんだ」
そう言ったディオがファロ伯爵の執務室から婚約誓約書を持ち出してくる。
これさえあれば、学校にある小さな精霊教会でも解消することができる。
問題はそこにアリアンヌを一人で連れて来なくてはいけないことだ。
計画を練って、二日後に実行することにした。
これで俺は自由になれる。
まだ見ぬ隣国の王女が俺の妻になるのかと想像したらうれしくて、
平民になるアリアンヌことなんてちっとも考えもしなかった。




