15.あきらめない(リオネル)
「影響どころか、バルテレス伯爵領は大雨の中心地でした。
あの大雨の原因はアリアンヌ様ですから」
「は?」
大雨の原因がアリアンヌ?そんなことは知らないぞ。
「ちょうど九年前のことです。アリアンヌ様が産まれた時、伯爵も伯爵夫人も、
アリアンヌ様を自分の子どもだと認めずに放置しました。
仕方なく使用人たちで面倒を見ていたそうです」
「認めない?叔父上だけでなく、叔母上も?
自分が産んだのに認めないと?」
「ええ、認めなかった理由はわかりませんが。
放置するだけでなく、虐待のようなこともありました。
精霊に愛されているアリアンヌ様をそのような目にあわせれば」
「それは……精霊たちが暴れるだろうな。
だから大雨になったのか」
知らなかった。この国は精霊王の加護があるから、災害が起こりにくい。
それでもごくまれに災害が起こるのは、精霊を怒らせた時だ。
「その当時、アリアンヌ様が産まれたことすら公爵家では知りませんでした。
アリアンヌ様が産まれた一年と三か月後、マーガレット様が産まれました。
それからマーガレット様が害されるかもしれないという理由で、
アリアンヌ様への虐待がひどくなったそうです」
「まだ一歳のアリアンヌが妹に何かするとでも?」
「もちろん、アリアンヌ様はそんなことはしていません。
ですが、伯爵夫妻はそのような妄想に取りつかれているようだったと。
アリアンヌ様が二歳になる頃、どうにもできなくなった弟が私に助けを求め、
そのことでアリアンヌ様の存在が公爵家に伝わったのです」
アリアンヌがうちに来た時は二歳になる頃だった。
育児放棄されたとは聞いていたが、それほどだったとは知らなかった。
「父上がアリアンヌのことを知って、助けに行ったのだな」
「そうです。旦那様だけでなく、奥様もそれはそれはお怒りで。
覚えておいでですか?リオネル様がアリアンヌ様に会った日を」
覚えている。アリアンヌに会った時、俺は八歳だった。
応接室に呼ばれ、行ってみたらソファの後ろに誰かがいた。
後ろをのぞきこんだら、しゃがみ込んで泣いているアリアンヌがいた。
精霊に愛されると言われる白金の髪で顔を隠して、
怖がっているのか少し震えていた。
どうしてかそのまま放ってはいけないような気がした。
すぐ隣にいって同じようにしゃがみ込んで、視線を合わせた。
綺麗な紫色だと思った。涙でおおわれている澄んだ目が綺麗で、
なぐさめたかったけれど、なんて言っていいかわからなかった。
迷った結果、そっと頭をなでることにした。
泣いている時は泣きやむまで待ったほうがいいって母上が言っていた。
どのくらいそうしていたのかわからないけれど、
アリアンヌの涙は止まっていた。
両手をにぎって立たせてあげたら、そのまま俺についてきた。
父上や母上じゃなく、俺を頼りにしてくれるのがうれしいと思った。
それからはこの屋敷になれるまで、ずっと一緒にいた。
一人になるのが怖いのだろうと父上も許可を出してくれたから、
寝る時も手をつないだまま寝ていた。
さすがに俺が十二歳になる時に一緒に寝るのは止められたけれど、
離れたことで妹じゃなく特別な女性なんだって気がつけた。
アリアンヌが俺を特別だと思ってくれるのを待っていた。
ようやく違う意味でそばにいられるようになるはずだったのに。
その日の夜、俺から報告を聞いた父上はなるほどと言った。
「アリアンヌをラザール王子の婚約者にしたのはカリーヌ妃の独断だった。
まぁ、それはそうだとは思っていたが。
陛下とアリエル様はお前とアリアンヌの結婚を認めていたからな」
「俺たちが婚約の約束をする前からですか?」
「前からだ。アリアンヌがうちに引き取られた頃からだな。
だから、お前には王女や公爵家の令嬢からの見合い話は来なかっただろう」
「言われてみれば」
王家と三大公爵家は精霊に愛される血を維持するためにも、
その中で結婚相手を探すことが多い。
第一王女リリアナは俺の二つ下。
ショバルツ公爵家の長女は三つ下。
デュノア公爵家を継ぐ俺に見合い話が来てもおかしくはなかった。
「お前の相手はアリアンヌだと王家も他の公爵家も思っていたから、
リリアナ王女はショバルツ公爵家に降嫁し、
ショバルツ公爵家の長女はエストレ公爵家に嫁ぐことが内定している」
「そうでしたか」
「だから、陛下にとってもアリアンヌとラザール王子の婚約は望んでいないことだ。
アリアンヌは特級だろう。そして、同じ特級であるお前と結婚すれば、
特級の子どもが産まれる可能性が高い」
「王家にとって、それが望ましいと?」
「いくらアリアンヌが特級であっても、伯爵家では王太子に嫁がせることができない。
特級を側妃にするわけにもいかないしな。
だから公爵家に嫁がせ、その娘を次の王太子に嫁がせたいのだ」
もうすでに俺とアリアンヌの娘を望まれているとは思わなかったが、
王家や公爵家の婚約はそういうものなのかもしれない。
国の繁栄のため、精霊に愛されるものを王家に望むのは当たり前か。
「かといって、正式に結ばれた婚約を無理に解消させるわけにはいかない。
ジョスランが婚約解消を望んでいるというのなら、それに乗ってやろう。
カリーヌ妃がアリアンヌをラザール王子の妃にしたい理由を無くせばいい」
「理由は特級だからですか?」
「それだけじゃない。
アリアンヌが妃になればデュノア公爵家が後ろ盾になると思っているんだ」
「そうなればラザールの後見につくだろうと?
うちはもうすでにジスランの後見についていますよね」
「ああ、うちだけじゃない。王弟や他の公爵家もすべてジスラン王子についている。
今さらうちの後見だけを得ても意味はないんだが。
筆頭公爵家ならなんでもできると誤解しているんだろう」
王妃が産んだ第一王子ジスランは王族らしい金髪緑目、しかも上級。
優秀な上に人の話をきちんと聞ける器の大きさもある。
ジスランが王太子になるのは当然で、王弟と三大公爵家が後見している。
ラザールが何をしようと、王太子になることはない。
「デュノア公爵家はバルテレス伯爵家と縁を切る」
「……ですが、アリアンヌが」
「アリアンヌを助けるために縁を切るんだ。
カリーヌ妃はアリアンヌを公爵家の養女にしてから妃にするつもりだ。
それが無理だとわかれば、アリアンヌを手放してくれるだろう」
「そう……うまくいきますか?
アリアンヌの容姿と特級だということだけでも妃に望まれるのでは」
「アリアンヌは特級とはならない」
「父上、何を」
「バルテレス伯爵家の離れは特別なものだ。
あれは狂ってしまった王家のものを閉じ込めるために作られている。
精霊術が使えないように、精霊が寄ってこないようにされている。
アリアンヌが特級なのは変わらないが、精霊が近づけない状況だ。
その状態で精霊教会に行けば、下級か下級以下と判断されるだろう」
「下級か、下級以下……王子の妃には選ばれませんね」
それなら本当にアリアンヌは婚約を解消されるかもしれない。
アリアンヌをあきらめなくていい希望が見えてきた気がした。
「伯爵家の家令には秘密裏に指示を出している。
命の危険や、アリアンヌが耐えきれないと判断した時には、
伯爵が止めたとしても連れ出すように言ってある。
カリーヌ妃があきらめてくれるまでどのくらいかかるかわからない。
……いいか、やけになるな。うちがあきらめてないとわかったら手放さなくなる。
感づかれないように慎重に動くんだ」
「わかりました」
どれくらいかかるかわからないが、アリアンヌをあきらめる気はない。
この気持ちは変わらないと左手の精霊の祝福にもう一度誓った。




