13.仕立て屋と噂話
一度目の王子教育から二日後。
二度目の王子妃教育が行われる日の朝、侍女が朝食と一緒にドレスを運んできた。
マーガレットに踏まれてしまったドレスを確認したら、目立つような汚れや痛みはなかった。
これなら大丈夫だとほっとして着替える。
前回と同じように高齢の御者が一人で迎えに来て、王宮に向かう。
薄黄色のドレスは少しだけ大きかったけれど、裾を引きずるほどではない。
だけど、またドレスに焚火のような匂いがついていて、何の匂いなんだろうと思う。
伯爵家で洗濯用に使う石鹸の匂いなのだろうか?
外宮に着いて指定された部屋で待っていると、
アラベル様が女官ではない女性を連れて部屋に入ってきた。
「おはよう、アリアンヌ。待たせたかしら?」
「おはようございます。いえ、それほどでもありません」
「そう。こちらは仕立て屋ベルリアの主人ベルリアよ」
「ベルリアと申します」
この女性は仕立て屋だったのかと思ったが、なぜかきょろきょろと誰かを探している。
「ベルリア、どうかして?」
「いえ、今日はアリアンヌ様の採寸だと聞いておりましたので、
アリアンヌ様はどちらにと思っただけでございます」
「え?」
この女性は私の採寸に来たのに、誰を探しているんだろう。
目の前にいるのに気がついていない?
不思議に思ったのは私だけで、アラベル様はやっぱりと言った。
「ベルリア、ここにいるのがアリアンヌよ」
「はい?」
「私がアリアンヌよ。アリアンヌ・バルテレス」
「え?そんなはずは」
「ベルリアが今まで会っていたのはアリアンヌの偽物だわ。
こちらが正真正銘のアリアンヌ・バルテレスよ。
第二王子の婚約者として、この薄黄色のドレスを着ているのが証拠よ。
わかるでしょう?」
偽物のアリアンヌでは薄黄色のドレスは着ることができないとわかったのか、
ベルリアはハッとした顔になって、それから青ざめる。
「では、もう三年もお付き合いしているアリアンヌ様と名乗る令嬢はいったい?」
「三年?」
「きっと、妹のマーガレットのほうでしょうね。
バルテレス伯爵が一緒だったのでしょう?」
「ええ、そうです。バルテレス伯爵もいらっしゃいました」
どうしてお父様はマーガレットのドレスを私の名前で作っていたのか。
首をかしげてしまったら、アラベル様が説明してくれる。
「三年前から噂があったのよ。
伯爵家に戻ったアリアンヌが、公爵令嬢のようにドレスや宝石を買いあさっているって」
「……私はこの三年間、一度も服を仕立てていません。宝石も買っていません」
「大丈夫、わかっているわ。
アリアンヌがそんな散財するような子じゃないって知っているもの。
だから、アリアンヌがドレスを仕立てたと言われていたベルリアに頼んだのよ。
アリアンヌの採寸でドレスを作ってほしいと」
少し大きなドレス。そうか。
このドレスはマーガレットの採寸で作られているから大きいんだ。
「……すぐにアリアンヌ様の採寸で作り直させていただきます」
「ええ、おねがいね。
そして、わかっていると思うけれど、
もう二度と偽物へはドレスを仕立てないように」
「かしこまりました」
ベルリアは私の採寸をすると、深々と礼をして部屋から出て行った。
アラベル様はそれを見て、大きなため息をついた。
「ベルリア以外でもアリアンヌの名前で仕立てていたかもしれないから、
王都内のすべての仕立て屋と宝石店には通達を出してもらうわ。
偽物のアリアンヌには売らないように。
本物のアリアンヌが必要な時は王宮の者が買い入れると」
「ありがとうございます。そんなことになっているとは知りませんでした」
「伯爵夫人は妹だけ連れてお茶会に出席しているようね。
アリアンヌがわがままで散財して困ると言ってまわっているのは夫人と妹よ」
「……そうですか」
お母様とマーガレットが私の悪口を言っている……。
私の評判を落として何がしたいのだろう。
そんなことをしたら、バルテレス伯爵家の名前も落ちるだけなのに。
「一度広まってしまった噂を完全に消すことはできないけれど、
これ以上増やさないようにはできると思うわ」
「申し訳ありません。よろしくお願いいたします」
「アリアンヌのせいじゃないわ。さぁ、今日も頑張りましょうか」
「はい」
王子妃教育が終わると、馬車の用意が終わるまで窓から外をながめる。
リオ兄様がいる時もあれば、ジスラン様だけの時もあった。
ちょうどよくリオ兄様たちが通る数秒の間だけ。
それでもリオ兄様を見られるのがうれしくて、毎回のように窓から見ていた。
だけど、三か月もしないうちにリオ兄様もジスラン様も学園を卒業した。
学園を卒業したリオ兄様は王宮に来る用事がなくなったのか、
来ていたとしても時間が違うのかわからないけれど、
リオ兄様の姿を見ることはなくなってしまった。
そして、それからまた三年が過ぎ、今度は私が学園に入学する時期になった。
「アリアンヌが学園に入学した後は、休みの日に王子妃教育を行うことになるわ。
週一回の予定だけど、アリアンヌは優秀だからそれほど教えることは残っていないのよね」
「そうなんですか?」
「ええ。でも、学園の卒業までは続ける必要があるの。
私は指導者でもあるけれど、相談相手でもあるから。
何か困ったことがあったらいつでも相談して」
「ありがとうございます」
王子妃教育が始まって三年間、まともに会話できたのはアラベル様だけだった。
いてくださらなかったらどれだけつらかったかわからない。
お礼の意味もこめて礼をすると、アラベル様はうれしそうに笑った。




