11.王族の婚約者として
「さぁ、まずはどれだけアリアンヌ様が覚えてきたか、試験をしましょうか」
「はい!」
渡された試験は大量にあったけれど、一枚ずつ丁寧に解いていく。
それをアラベル様がうれしそうに見ているのに気がつきもせず、
目の前の問題に集中していった。
昼休憩を挟んで試験は続いた。
渡された試験を終えたのはお茶の時間を過ぎたくらいだった。
すべての解答を書き終えた後、女官が入れたお茶をいただく。
私が解き終えた試験はすぐに女官が採点していたらしい。
すべての採点が終わった後、評価された試験結果をアラベル様が見る。
「八割以上正解しているわ」
「八割でしたか。申し訳ありません」
「え?どうして謝っているの?」
「……間違えてはいけないのかと」
全問正解か、それに近くなければ怒られるのかと思っていた。
なのに、それを聞いたアラベル様は戸惑ったような顔になる。
「そんなわけないじゃない。どうして?」
「三年前に本と資料を渡された時に全部覚えるようにと言われていたので、
すべて正解しなくてはいけないのだと思っていました」
「ええ?そんなことを言われていたの?
全部読んだだけで覚えられるのなら、王子妃教育いらないじゃない」
アラベル様に言われ、それもそうかと思う。
王子妃教育は学園を卒業する十八歳までに終わればいいと書かれていた。
では、あんなに急いで覚える必要はなかった?
「三年前に渡したのはある程度目を通してきてほしかったのでしょうね。
だけど、まだ九歳じゃない。普通なら覚えられるわけがないわ。
私はアリアンヌが公爵家で教育されていたのを知っていたから、
少しはできるんじゃないかと思って試験をしたんだけど、予想以上ね」
アラベル様は試験の束を女官に渡すと、
陛下のところへ持って行くように指示する。
「試験の結果が良かったので、週に二日程度で終わる予定だと伝えて」
「わかりました」
試験の束を受け取った女官は礼をして部屋から出て行く。
それと入れ替わるように別の女官たちが大きな箱を持って部屋に入ってきた。
「届いたわね。アリアンヌ、これはあなた用のドレスよ」
「私のですか?」
「ええ。このドレスの意味はわかるわね?」
これも試験なのだろうか。箱を開けて見ると、薄黄色のドレスが入っていた。
デザインは控えめで、少しずつ違うものが五着。
「黄色は王族の象徴の色です。精霊王の光をあらわしています。
黄色のドレスを着ることができるのは王妃と王弟妃と公爵夫人だけです。
薄黄色のドレスは王家か公爵家の婚約者であることを示しています」
「ええ、そのとおりよ。ちゃんと理解しているのね。
このドレスはアリアンヌだけが着られるものです。
今、薄黄色のドレスを着る許可が出ているのはアリアンヌと、
エストレ公爵家嫡男の婚約者、ショバルツ公爵家の嫡男の婚約者。
この三名だけです」
王妃の生家エレスト公爵家とアラベル様の生家ショバルツ公爵家。
もう一つ、デュノア公爵家は言わなかった。
リオ兄様はまだ婚約していない?
顔に出てしまったのか、アラベル様が微笑む。
「アリアンヌ、だめよ。その感情は表では出さないでね」
「……はい」
そうだ。私はラザール様の婚約者だった。
特級どころか下級以下だった私はいずれ婚約解消されるだろう。
カリーヌ様が欲しかったデュノア公爵家の後見も得られなかったようだし。
それでも、うれしいと思ってはいけない。
これが知られてしまった時、責められるのはリオ兄様だ。
デュノア公爵家の名を傷つけてしまうことになる。
「申し訳ありません。気を引き締めます」
「ええ。細かいことを言わなくてもアリアンヌなら大丈夫でしょう。
今日はこれで終わります。次は明後日にしましょう。
次からはこのドレスを着てきて」
「はい。わかりました。よろしくお願いいたします」
「ええ。帰りの馬車の手配があるでしょうから、
準備ができて呼ばれるまでこの部屋で待っていて」
「わかりました」
「ああ。あっち側の窓からの景色を見ているといいわ。
この部屋から本宮が見えるのよ。めずらしいでしょう?」
そう言い残してアラベル様が部屋から出て行く。
女官たちも一人を残して部屋から出て行った。
めずらしいと言われると、本宮はめったに行ける場所ではない。
窓から外をのぞきこんでいると、下は外宮から本宮に向かう通路になっているようだ。
本宮でも東側の区画だろうか。文官や女官は見当たらない。
きらりと光るものが見えたようで視線を向けたら、
文官ではない服装の者たちが歩いている。
その一人の髪が白銀なのを見て、思わず声がもれた。
「……リオ兄様?」
そこには三年たって成長したリオ兄様がいた。
その隣には同じように成長したジスラン様もいた。そして、見たことのない令嬢も。
光が反射していてよく見えないが、令嬢の髪は銀色だろうか。
そうなら高位貴族の令嬢?
公爵家でジスラン様に近い年齢の令嬢なら顔見知りだ。
だけど、その令嬢は知らなかった。侯爵家の令嬢だろうか。
侯爵家なら、ジスラン様の婚約者候補ではない?
もしかしてリオ兄様の婚約者候補なのだろうか……。
ふとリオ兄様が振り返ってこちらに顔を向けた気がした。
目があいそうになって、慌てて見えないように窓の下にしゃがみ込む。
「どうかしましたか?」
「いいえ、なんでもないわ」
急にしゃがみ込んだものだから女官に心配される。
立ち上がってもう一度窓の外を見たら、もうリオ兄様たちはいなかった。




