弊社の新入社員が呪われすぎている
私は空っぽになった部屋を前に深い後悔を感じることしかできなかった。そこには私の後輩だった彼が住んでいた。
彼に出会ったのは今年の春だった。大学を卒業したばかりの彼はスーツ姿に慣れていなくて、まだ男の子といった感じだった。
指導を任されたのが私だった。3年目で初めてできた後輩だ。がんばろうと思った。
彼の仕事ぶりはというと、教えたことはすぐに覚えてそつなく仕事をこなしていた。適度に働いて給料がもらえればいいというスタンスで何事にも力をぬく省エネをモットーにしているようだった。
そんな彼だったがゴールデンウィーク明けから様子がおかしかった。ぼーっと何か考えごとをしている様子が目についた。心配になり声をかけたが、なんでもないと首を横に振るばかりだった。
それから間もなく彼の母親が亡くなったと知らされた。葬儀のために一週間の忌引き休暇となった。急なことに驚いたが彼は落ち着いていた。ゴールデンウィークにはもう危なかったのかもしれない。
出社してきた彼は急な休みを謝ってきた。私はただお悔やみをいうことしかできない。彼の悲しみは時間が解決してくれるだろう。そう思った。
しかし、彼の不幸はそれからも続いていく。
母親に続き、兄、妹、祖父母、親戚が一か月ごとに亡くなった。こんなことがあるのだろうかと驚いた。祝日のない6月には二人も立て続けに亡くなった。
葬儀からもどってきた彼にどう声をかけようかと迷ったが、彼はすまなそうな表情で「これお土産です」と渡してきた。
気を使わなくていいのにと思ったが、彼は律儀だった。北海道のバターサンド、沖縄のちんすこう。三重の赤福。彼の親戚は全国に散らばっているらしい。
「あいつ、休みすぎじゃないのか?」
同僚や先輩たちから不平の声があがるようになった。私も彼の仕事の分だけ残業も増えていた。だけど、彼を責めることなんてできない。立て続けの不幸にもかかわらず悲しみをみせずに気丈にふるまっているのを見ていたから。特に葬式から帰ってきた後はいつもよりなおさら元気にふるまって見せているのを知っている。
だけど、やっぱり無理をしていたのだろう。
「……次はどうしよう、もう家族いないし」
昼休みが終わり、午後の仕事を始めようとしたときだった。ぽつりとつぶやいた彼のつぶやきがやけに耳にのこった。
立て続けに身近な人を亡くし気が弱くなるのも無理はない。なにか励ましになればと、マンションで飼っている犬の画像を見せた。一人暮らしを始めて寂しさをまぎらわせようと飼い始めたけれど、今では大事な家族だ。
「ペットかぁ……、それいいですね」
心が弱っているとき、ただそばで寄り添ってくれる存在はかけがえのない相手だ。
だけど、そんな彼からとうとう唯一の家族がなくなった。彼はペットの死を悼むために三日間の休暇をとった。今回ばかりは忌引きは認められず有給となった。
このとき、私はもっと何かするべきことがあったかもしれないと後悔することになる。
休暇が明けても、彼は出社してこなかった。
電話も通じない。いてもたってもいられず、上司をともなって彼のマンションをたずねることにした。
大家さんから彼はもういないと聞かされた。まさかとうとう彼にも不幸が……
信じたくなかったのだろう。そんなはずはないと彼の窮状を何度も話した。根負けしたように大家さんは部屋の中をみせてくれた。
からっぽだった。彼はその痕跡も残さず消えてしまった。
もうすべて遅かったのだ。
しかし、そうではないことを後から知ることになる。
上司が彼の実家に連絡したところ彼は故郷に帰ったのだと判明した。彼の母から会社をやめると伝えられた。さらに彼の父からは迷惑をかけたことを謝罪されたそうだ。あれぇ?
不思議に思って上司に聞いてみると
「こういうことはたまにあるんだ」
そういって苦笑しただけで、それっきり彼のことは誰も話さなくなった。
どういうことかわからなかったが、彼の平穏を祈るばかりである。